表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今日も、精霊と魔法日和  作者: July
第1章 風のペンダントと、嘘をつけない少女
4/16

1

 翌朝、路地の空気はひんやりとしていた。


 夜露が石畳に淡く残り、店の前に伸びる細い影は、朝の静けさをそのまま映している。


 ルアは店先の木戸を開け、外の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 その瞬間、指先に小さなざわめきが触れる。


(……風が落ち着かない)


 昨日のミナと、そのペンダントに宿る風精霊。


 表向きには回復したように見えたが、不安の震えが残っていた。

 まるで、ミナの心の揺れをそのまま映しているように――。


「……様子を見に行った方が、いいかもしれないな」


 そう呟きながら店の中に戻った矢先。


 ――コン、コン。


 控えめに戸を叩く音。


 ルアが振り返ると、扉の向こうにはあわてた様子のミナが立っていた。


 昨日よりも顔色が良くない。

 小さな肩は強張り、胸元のペンダントを握る手は赤くなるほど力がこもっている。


「ル、ルアさん……! たいへん、なの……!」


「ミナちゃん、どうしたの?」


「これ……! また……!」


 ミナが手を開くと、昨日は輝きを取り戻したはずのペンダントが――今日は冷たく沈黙していた。


 表面は薄く曇り、風精霊の気配はほとんど感じられない。


 まるで再び心を閉ざしてしまったかのように。



 ルアはミナを店の中へ入れ、椅子に座らせると、ペンダントをそっと手に取る。


「……昨日より、深いところへ閉じこもってるな。ミナちゃん、何かあった?」


「……えっと……」


 ミナはぎゅっと唇を噛む。

 昨日の少女の優しい風とは違い、今日は心の奥に暗い影が落ちている。


「……友だちと……仲直りできなかったの……」


「うん」


「ちゃんと謝ったの。でも……“行きたくないなら、そう言えばいいのに”って言われて……。その子、怒ってて……」


 声は小さく震えていた。


「わたし……それ以上話すのが怖くて……泣いちゃって……。そしたら、これがまた冷たくなって……!」


 ミナは涙をこらえて顔を上げる。


「ルアさん……! どうしよう……! 精霊さんが……わたしのこと嫌いになっちゃったのかな……!」


 その問いは、ミナがずっと胸に抱えていた恐怖そのものだった。


 ルアは静かに首を振る。


「嫌いになったわけじゃないよ。ただ、ミナちゃんの気持ちが“本当のところ”まで届いていないだけ」


「……本当の、ところ?」


「うん。ミナちゃんが“怖い”って思っているのは謝ることじゃない。“嫌われること”が怖いんだろう?」


 ミナはびくりと肩を揺らし、ゆっくり頷いた。


「……うん……」


「精霊はね、人の表面の言葉じゃなくて、心の奥を感じ取る。だからミナちゃんが心の奥で“怖いよ”って泣いていると、精霊もそばで泣きたくなるんだ」


 ミナの目が丸くなる。


「……じゃあ、どうすれば……?」


「ミナちゃんが、“嫌われるかもしれない”って気持ちも含めて、そのまま友だちに伝えることだよ」


「……そんなこと言ったら、もっと嫌われちゃう……!」


「そう思うよね。でも、嘘でごまかすより、心の奥を伝えた方が……友だちにもきっと伝わるだろうし、精霊も安心するよ」


 ミナは涙を浮かべたままペンダントを握りしめる。


「……怖いよ……でも……伝えたい……」


「その気持ちがあれば、きっと大丈夫」


 ルアはペンダントに宿るかすかな気配へ意識を向ける。


(……聞こえるかい? ミナちゃんは、逃げてるんじゃない。勇気を出そうとしてるんだ)


 微かな風の震え。

 閉ざされた翅が、ゆっくりと内側で震えている。


(君はただ、見守っていればいい。ミナちゃんが本当の気持ちを言えたら……きっと、また風が吹くから)


 精霊の気配は返事こそ弱かったが、確かに動いた。


 ルアは目を開ける。


「……ミナちゃん。今日、学校は?」


「……午後から……」


「じゃあ、それまでここで少し落ち着こう。精霊もミナちゃんも、ゆっくりでいいから」


 ミナは胸に抱えたペンダントを見つめ、こくりと頷いた。



 そのときだった。


 ――カラン……。


 揺れるはずのない鈴が、勝手に鳴った。


 無風の店内。

 扉は閉じている。


 ルアはゆっくりと顔を上げる。


 ミナも驚いたように周囲を見回した。


「ルアさん……いまの、風?」


「風じゃない。……精霊の気配だ」


 ルアの声が低くなる。


 店の奥――昨日、眠らせたはずの土のゴーレム。

 そこから淡い砂の匂いがした。


 ルアが歩み寄り、そっとゴーレムのそばに膝をつく。


 ひび割れた身体の隙間から、淡い光がこぼれていた。

 ほんの小さな、生まれたての火のような光。


(……目覚めた?)


 昨日、眠りについたばかりの土精霊が、もう動き始めている。

 本来なら半日は深く眠るはずだ。


 ルアは眉を寄せた。


(……おかしい。なにか、土の側で強い感情が動いた?)


 ミナが不安げに近づく。


「ルアさん……ゴーレムさん、どうしたの……?」


「少し……早く目が覚めただけ。けれど――」


 ルアの言葉はそこで止まる。


 ゴーレムの身体に宿った光が、ふっと揺らいだ。


 まるで誰かに呼ばれたかのように。

 遠くから、強い感情が精霊を引き寄せているような……そんな気配。


(……誰かが、精霊を求めている? それも、普通じゃない強さで)


 それは昨日の青年でも、ミナでもない。

 まったく別の、もっと深い叫び。


 ルアは小さく息を飲んだ。


(……この街の“どこか”が、揺れている)



「ルアさん……?」


 ミナの声が震える。


 ルアはすぐに微笑んで見せた。


「大丈夫。ミナちゃんのペンダントのこと、まずはそっちを優先しよう。精霊を安定させるには、ミナちゃんが一番落ち着くことだよ」


「……うん……」


 ミナはまだ不安そうだったが、ペンダントを胸に抱え直した。


 ルアは店の奥――光を宿し始めたゴーレムをじっと見つめる。


 街の空気が静かにうねっている。

 風が、土が、どこかで泣いている。


 そして――その中心にある“誰かの強い願い”が、ルアの安穏とした日々を、少しずつ揺らし始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ