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今日も、精霊と魔法日和  作者: July
最終章
16/16

精霊王の帰還と小さな奇跡

街の中心から少し離れた丘。そこは古くから精霊が集う場所だった。

 夜空には星ではなく、精霊たちの光が群れを成して浮かび、ゆっくりと渦を巻く。


 土、水、風、火――

 それだけではない。

 音、影、木々、夢、記憶……形を持たない精霊たちまでもが姿を現していた。


 ミレイアが静かに呟く。


「精霊たちは……“王”を待っています」


 ルアは空を仰ぎ、苦笑した。


「僕を王と呼ぶには……あまりにも平凡な見た目じゃない?」


「平凡な姿でいたいと願ったのは、あなた自身です」


 ミレイアの声は優しい。

 それは責める声ではなく――理解の声だった。


 

 丘の頂に立つと、その中心にひとつの魔道具が置かれているのが見えた。


 ――古びた笛。

 精霊言語で作られた唯一の楽器。


 かつてルアが、すべての精霊と意思を交わすために使っていたもの。


(……まだ残っていたのか)


 その笛には、ひびが入り、光が漏れ出ている。

 まるで――泣いているかのように。


 ルアが笛に触れると、笛の奥から声が響いた。


『……どうして……戻らなかったの……』


 ルアは優しく答える。


「ごめんね。君を捨てた訳じゃないんだ……ただ……人と精霊の境界を越え続けることに、疲れて、休ませてもらってたんだ」


『……でも……寂しかった……』


「知ってるよ。ごめんね」


 笛の声は震え、光が弾ける。


『……帰ってきて……精霊王……』


 ルアは眉を下げ、そっと笛に触れた。


「いいよ。

 ――ただし条件がある」


 精霊たちのざわめきが止まる。


 

「僕はもう、あの頃の“王”じゃない。

 命令するためでも、支配するためでもない。

 精霊も人も――願いを交わし合えるようにしたい。」


 風精霊がさざめき、水精霊が波紋を広げる。


「契りは命令じゃない。

 従属でもない。

 選び合うものだ。

 ――それが、僕の答えだよ」


 

 沈黙のあと――

 光の渦が揺れ、精霊たちの声が重なった。


『――それでいい』


『共に望む』


『選び合う契りを』


『精霊王ルア』


『わたしたちは――あなたを迎える』


 ミレイアが静かに微笑む。


「ルア。

 あなたの望んだ世界が――今、始まるのです」


 

 笛が光り、そのひびがゆっくり修復されていく。

 それは魔道具ではなく――約束が直っていく音だった。


 ルアは笛を静かに胸に抱き、ぽつりと言った。


「でも――明日も店は開けるよ。

 魔道具は壊れるし、人の心もまた迷う。

 僕はそれを直す――ずっとね。」


 風が笑うように吹き抜け、精霊たちが優しく散っていく。


 ミレイアは隣で小さく頭を下げた。


「精霊王。……いえ、ルア。

 これからも――よろしくお願いします」


 ルアは微笑んだ。


「こちらこそ」

 翌朝。

 路地裏の魔道具店には――。


「すみません! 水鏡がまた黙っちゃって!」


「こちらの杖、火花が止まらなくて!」


「精霊さんが拗ねて出てきません!」


 ――新しい依頼者が列を作っていた。


 ルアは看板をくるりと回し、今日も静かに宣言する。


「――営業中」


 



風が吹く。

魔道具が微笑む。

そして――奇跡は今日も、路地裏で静かに編まれていく。

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