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夜の街は、昼間とは違う顔を見せていた。
静けさの中に潜むざわつき――それは風でも、音でもなく、心の揺れだった。
ミレイアは迷いなく先を歩く。
その足取りは一定で迷いがなく、まるで行きなれているかのようだった。
「道、知ってるんだね」
ルアが尋ねると、ミレイアは少しだけ振り返り、淡く笑った。
「呼ばれています。火の精霊は……助けを求めるとき、必ず“揺らぎ”で知らせます」
「ゆらぎ、か」
「はい。人が涙をこらえるときと、よく似ています」
その言葉に、ルアは小さく目を伏せた。
精霊たちが共鳴していた理由――それは“強すぎる孤独”からだ。
◆
街外れの古い家が見えてくる。
壊れかけた柵、灯りの消えた窓、無人の玄関。
しかし――。
家の奥から、ぼうっと赤い光が揺らめいていた。
「あれが……?」
「はい。火のランタンです。けれど――もう限界が近い」
近づくほど、空気は熱を帯びていく。
けれど、それは暖かさではなく――焦げる寸前の感情だった。
ルアは扉をノックしたが返事はない。
ミレイアは静かに囁く。
「入ってください。もう待っていられない」
ルアは頷き、ゆっくり扉を開けた。
◆
中は薄暗く、家具は最小限。
しかし部屋の中心――古びたランタンの前で、小さな少女が座り込んでいた。
年齢は十歳前後。
肩までの黒髪、目は腫れ、握りしめた布の端には涙の跡。
少女はランタンに向かって、小さく呟いていた。
「……どうして……消えてくれないの……?」
その声は怒りではなく――哀願だった。
ルアはやわらかく声をかける。
「君……ここで何を?」
少女はびくりと肩を震わせ、振り返る。
その瞬間――ランタンの火が激しく揺れ、まるで身を守るように少女の前へ立ち塞がった。
「……いや……こないで……!」
火が少女の感情を代弁するかのように荒れ狂う。
(……精霊が、人を“守りすぎている”)
ルアはゆっくり膝を折り、少女と同じ目線に降りた。
「怖くない。僕は火を消しに来たんじゃない。君と話しに来たんだ」
少女は唇を噛む。
「……話しても……意味ないよ……だれも、信じてくれない」
「それは――ランタンの火が言ったの?」
少女は首を振る。
「違う……わたしが……わたしに言ったの」
ランタンの火が、悲しげに揺れる。
ミレイアが小さく呟く。
「……精霊は“持ち主の心の声”に敏感です。
この子自身が自分を否定している――だから火が荒れている」
ルアは少女に優しく問いかける。
「君の名前は?」
「……サラ……」
「サラ。君がランタンに願ったこと――聞いてもいい?」
サラは涙を堪えながら、小さな声で答えた。
「……『もうひとりぼっちになりたくない』って……お願いしたの」
「なるほど」
ルアはゆっくり微笑む。
「それなら――火の精霊はちゃんと願いを叶えようとした」
「……なのに……なんで暴れるの……?」
その問いに、ルアはそっとランタンへ手を伸ばし――触れる直前で止める。
「それはね――君が、自分まで燃やそうとしているからだよ」
少女の瞳が揺れた。
「……わたしを……?」
「寂しい。苦しい。消えたい。
そう思った瞬間、火精霊は“それすら願いだ”と思ってしまうんだ」
「――っ!」
「だから、怖がらなくていい。
火精霊は君を傷つけたいんじゃない。
離れない“約束”を守っているだけなんだ」
◆
ランタンの炎が小さく震えた。
まるで、言い訳を探す子どものように。
ルアはランタンに語りかけた。
(……君は悪くない。でも――正しく願いを受け取れなかったんだね)
炎が静かに返事をする。
(うん……)
サラは泣きながら問う。
「……じゃあ……どうすれば……?」
ルアは答える。
「――願い直すんだ。
精霊は、修理されるのではなく、言葉で結び直される」
火の揺らぎが止まった。
サラは震える声で、ゆっくり、ひと呼吸置いて言う。
「……“もうひとりにはなりたくない”じゃなくて……
“だれかと一緒に生きたい”って……言いたい……」
ランタンの火が、ゆっくりと優しく灯りへ戻っていく。
赤ではなく、柔らかな橙色。
荒れ狂う炎ではない――「寄り添う灯り」だ。
ルアは微笑み、そっと言った。
「それが本当の願いだよ。サラ」
サラは火を抱くように両手を伸ばし、涙とともに微笑んだ。
「……ありがとう……」
◆
修復は成功した。
しかし――店へ戻る帰り道、ミレイアは空を見上げた。
「……ルア。
今日の火の精霊だけではありません。
街中で――精霊たちが“呼び声”を上げ始めています」
「……やっぱり、そうか」
ルアの声は低く、静かだった。
「終わりは……もうすぐだね」
ミレイアは頷く。
「ええ。
世界が、あなたを必要とし始めています。
精霊王――ルア。」
夜風が揺れ、遠くでどこかの魔道具が小さく鳴いた。




