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今日も、精霊と魔法日和  作者: July
第4章 火のランタンと夜の迷子
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2

 夜の街は、昼間とは違う顔を見せていた。


 静けさの中に潜むざわつき――それは風でも、音でもなく、心の揺れだった。


 ミレイアは迷いなく先を歩く。


 その足取りは一定で迷いがなく、まるで行きなれているかのようだった。


「道、知ってるんだね」


 ルアが尋ねると、ミレイアは少しだけ振り返り、淡く笑った。


「呼ばれています。火の精霊は……助けを求めるとき、必ず“揺らぎ”で知らせます」


「ゆらぎ、か」


「はい。人が涙をこらえるときと、よく似ています」


 その言葉に、ルアは小さく目を伏せた。


 精霊たちが共鳴していた理由――それは“強すぎる孤独”からだ。



 街外れの古い家が見えてくる。

 壊れかけた柵、灯りの消えた窓、無人の玄関。

 しかし――。


 家の奥から、ぼうっと赤い光が揺らめいていた。


「あれが……?」


「はい。火のランタンです。けれど――もう限界が近い」


 近づくほど、空気は熱を帯びていく。

 けれど、それは暖かさではなく――焦げる寸前の感情だった。


 ルアは扉をノックしたが返事はない。

 ミレイアは静かに囁く。


「入ってください。もう待っていられない」


 ルアは頷き、ゆっくり扉を開けた。



 中は薄暗く、家具は最小限。

 しかし部屋の中心――古びたランタンの前で、小さな少女が座り込んでいた。


 年齢は十歳前後。

 肩までの黒髪、目は腫れ、握りしめた布の端には涙の跡。


 少女はランタンに向かって、小さく呟いていた。


「……どうして……消えてくれないの……?」


 その声は怒りではなく――哀願だった。


 ルアはやわらかく声をかける。


「君……ここで何を?」


 少女はびくりと肩を震わせ、振り返る。

 その瞬間――ランタンの火が激しく揺れ、まるで身を守るように少女の前へ立ち塞がった。


「……いや……こないで……!」


 火が少女の感情を代弁するかのように荒れ狂う。


(……精霊が、人を“守りすぎている”)


 ルアはゆっくり膝を折り、少女と同じ目線に降りた。


「怖くない。僕は火を消しに来たんじゃない。君と話しに来たんだ」


 少女は唇を噛む。


「……話しても……意味ないよ……だれも、信じてくれない」


「それは――ランタンの火が言ったの?」


 少女は首を振る。


「違う……わたしが……わたしに言ったの」


 ランタンの火が、悲しげに揺れる。


 ミレイアが小さく呟く。


「……精霊は“持ち主の心の声”に敏感です。

 この子自身が自分を否定している――だから火が荒れている」


 ルアは少女に優しく問いかける。


「君の名前は?」


「……サラ……」


「サラ。君がランタンに願ったこと――聞いてもいい?」


 サラは涙を堪えながら、小さな声で答えた。


「……『もうひとりぼっちになりたくない』って……お願いしたの」


「なるほど」


 ルアはゆっくり微笑む。


「それなら――火の精霊はちゃんと願いを叶えようとした」


「……なのに……なんで暴れるの……?」


 その問いに、ルアはそっとランタンへ手を伸ばし――触れる直前で止める。


「それはね――君が、自分まで燃やそうとしているからだよ」


 少女の瞳が揺れた。


「……わたしを……?」


「寂しい。苦しい。消えたい。

 そう思った瞬間、火精霊は“それすら願いだ”と思ってしまうんだ」


「――っ!」


「だから、怖がらなくていい。

 火精霊は君を傷つけたいんじゃない。

 離れない“約束”を守っているだけなんだ」



 ランタンの炎が小さく震えた。

 まるで、言い訳を探す子どものように。


 ルアはランタンに語りかけた。


(……君は悪くない。でも――正しく願いを受け取れなかったんだね)


 炎が静かに返事をする。


(うん……)


 サラは泣きながら問う。


「……じゃあ……どうすれば……?」


 ルアは答える。


「――願い直すんだ。

 精霊は、修理されるのではなく、言葉で結び直される」


 火の揺らぎが止まった。


 サラは震える声で、ゆっくり、ひと呼吸置いて言う。


「……“もうひとりにはなりたくない”じゃなくて……

 “だれかと一緒に生きたい”って……言いたい……」


 ランタンの火が、ゆっくりと優しく灯りへ戻っていく。


 赤ではなく、柔らかな橙色。

 荒れ狂う炎ではない――「寄り添う灯り」だ。


 ルアは微笑み、そっと言った。


「それが本当の願いだよ。サラ」


 サラは火を抱くように両手を伸ばし、涙とともに微笑んだ。


「……ありがとう……」


 



 修復は成功した。

 しかし――店へ戻る帰り道、ミレイアは空を見上げた。


「……ルア。

 今日の火の精霊だけではありません。

 街中で――精霊たちが“呼び声”を上げ始めています」


「……やっぱり、そうか」


 ルアの声は低く、静かだった。


「終わりは……もうすぐだね」


 ミレイアは頷く。


「ええ。

 世界が、あなたを必要とし始めています。

 精霊王――ルア。」


 夜風が揺れ、遠くでどこかの魔道具が小さく鳴いた。

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