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今日も、精霊と魔法日和  作者: July
第4章 火のランタンと夜の迷子
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1

 風が止まった。


 店に吊られた鈴が、少女の声に応じるかのように微かに震えたまま沈黙する。


 銀色の髪を持つ少女は、店先に立ちながら、一歩も動かない。

 その瞳は静かで、しかし揺るぎない意志を秘めていた。


 まるで――ずっと前からルアだけを探していたように。


 ゴーレムが戸惑いの声を漏らす。

「……い、今……精霊王、と……」


 少女はゆっくりとルアへ歩み寄る。

 足音は軽い。だが、その存在は空気よりも重かった。


「あなたを探していました。……ずっと、ずっと前から」


 ルアは穏やかな笑みを浮かべたが、その奥には緊張が走っていた。


「……名前を聞いても?」


「――ミレイア。

 “境界きょうかいの精霊”です」


 ゴーレムが驚愕する。


「境界……!? そんな存在……とっくに――」


「消えた、か。そう思われていることは知っています」


 ミレイアの声は淡々としていたが、どこか哀しみが滲んでいた。


「でも私は消えていません。消えない理由がありました。

 ――あなたを、迎えに来るためです」


 ルアは微かに目を伏せた。


「僕はもう、“精霊王”ではないよ。

 ただの、人間界で魔道具を修理する店主だ」


「……いいえ。世界はあなたを忘れていません。

 精霊たちも、人も。

 本当は――あなたの帰りを待っています」


 静寂が落ちる。

 店の奥の水鏡が震え、棚にいる火の精霊が小さく火花を散らした。


 ミレイアはゆっくり視線を落とし、店に並ぶ魔道具を見つめる。


「……ですが、あなたが《戻らない》なら、世界は変わり始めるでしょう。精霊たちは、自分の居場所を見失い始めている」


「居場所……?」


「はい。精霊は“願い”と“契り”によって存在しています。しかし今、人々の願いは迷い、歪み、途切れ始めています。あなたが感じている揺らぎは――その前兆です」


 その言葉に、ルアの胸がざわめいた。


(……やはり、あの震えは偶然じゃなかった)



 ミレイアは柔らかく息を吸い込み、静かに続けた。


「わたしは――あなたに頼みたいことがあります」


「頼み?」


「はい。

 “灯し火の導き手”――火の精霊のランタンを修復してください。

 今夜が限界です」


 ルアは眉をひそめた。


「ランタン……?」


「街の北、小道を抜けた先の古い家にあります。

 持ち主は少女――夜に迷う心を持つ子です」


 ゴーレムが不安げにルアを見る。


「……迷う心……?」


「おそらく、感情の暴走。

 “怒り”か、“孤独”……もしくは――」


 ミレイアは静かに言った。


「――“助けて、と言えない泣き声”」


 ルアは息を飲む。


(……それは、精霊が最も反応する感情だ)


 精霊は涙に弱い。

 特に――抑え込まれた涙に。


 ミレイアは続ける。


「そのランタンの火は、持ち主の心の揺れに引きずられ、今――暴れようとしています。

 止められるのは、世界でただ一人――」


 彼女はルアに手を伸ばした。


「――精霊王。あなたしかいません」


 しばらく沈黙があった。

 ルアは視線を落とし、少し寂しげな笑みを浮かべた。


「僕は王になるためにここに来たんじゃない。

 ただ、人の声を聞きたかった。精霊の涙に寄り添いたかった。

 あの日を忘れるためでも――その続きを望むためでもなく。……逃げたんだよ。王座から」


 ミレイアはゆっくり首を横に振る。


「いいえ。あなたは“逃げた”のではありません。

 ――選んだのです。

 精霊も、人も見捨てず、どちらにも背を向けなかった」


 その声は柔らかく、しかし揺るぎなかった。


「だからこそ――今、あなたが必要なんです」


 ルアはしばらく考え、やがて静かに頷いた。


「……分かったよ。案内してくれる?」


 ミレイアの表情が初めて、ほんの少しだけ和らぐ。


「はい。

 今夜――火が暴走する前に」


 ルアはマントを羽織り、小さな道具袋を腰に結び、店の灯りをひとつ消した。


 精霊たちが息を飲むように、静けさが満ちる。


「行こう。

 迷子のこころを迎えに」


 ミレイアは一歩先を歩き、夜の街へと進む。


 その背中を追いながら、ルアは思う。


(――奇跡は、“壊れた魔道具”ではなく、“壊れそうな心”から始まる)


 そして、路地裏を抜けた先の夜の街に、ランタンの火が――揺らめいた。

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