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今日も、精霊と魔法日和  作者: July
第3章 土の守り手と古い約束
12/16

3

 石板に宿る土精霊の光が落ち着くと、店の空気がゆっくりと緩んでいった。


 精霊はもう怒っていない。

 傷ついてもいない。

 ただ長い年月分の言葉を受け取り、静かに休息を求めているようだった。


 ローレンは震える手で石板を抱きしめ、深く頭を下げた。


「ありがとう……精霊よ。長い間、我が家を見守ってくれて……」


 その声は、崩れ落ちるような弱さではなく、祈りにも似た静かな敬意だった。


 ゴーレムがゆっくりと歩み寄り、老人の袖を小さく引いた。


「……あなた……泣いているのか」


 ローレンは涙を拭いながら、微笑む。


「……ああ。だが、悲しみの涙ではない」


 ゴーレムは小さく、こてりと身体を傾けた。


「……なら、よかった」


 ルアはそっと二人(ひとりと一体)を見守りながら、机に置いていた契約用の小道具を手に取る。


 古いものと新しいものを繋ぐための儀式――**継承契り(けいしょうのちぎり)**だ。


「ローレンさん。あなたの願いが終わった今、次に決めるべきことがあります」


「……次?」


「精霊を眠らせるのか、それとも――新たな契約者へ引き継ぐのか」


 ローレンは驚いたように目を見開いた。


「この子は……まだ、役目を果たせるのか?」


 ルアは微笑んだ。


「ええ。むしろ、今だからこそ。

 精霊は“役割”ではなく“願い”で動きます。

 守りたい相手がいる限り、役目は終わりません」


 ローレンはゆっくりと視線を落とし、考えるように目を細めた。


「……ならば……孫に……」


「ローレンさん……確認ですが、あなたのお孫さんはリメルという名では?」


「そうだが……孫を、リメルを知っているのか?」



 リメル……その名前に、ゴーレムの目の光がふるりと震えた。


「……リメル?」


「ローレンさん、このゴーレムの契約者はあなたの息子さんで、リメルさんがここに預けに来たんですよ。ゴーレムに謝りたいと。」



「ああ。リメルらしい……あの子は優しい。少し不器用で、時に自分を責めるが……心はまっすぐだ」


 ゴーレムは静かに拳を握る。


「……守りたい。今度こそ……リメルを」


 その瞬間、ゴーレムの胸の契約紋が淡く輝き始めた。

 精霊自らが、次の契約者を選んだ証だった。


 ルアは頷き、契約道具を広げる。


「では……始めよう。

 これは精霊と人を結ぶ、新たな誓いだ」



 静かな儀式は、炎や呪文とは無縁だった。

 必要なのは――指先に刻む簡素な印と、たったひとつの言葉。


「――繋ぐ(つなぐ)」


 ローレンとゴーレムが同時にその言葉を口にした瞬間、淡い光がふわりと舞い上がった。


 光はゆっくりと老人から離れ、遠くにいるリメルへ向かうように、路地の風へ溶けていった。


 まるで――**「ちゃんと、見守ってるよ」**と伝えるように。


 ローレンの瞳に宿る涙は、もう震えていなかった。


「……これでいい。ようやく、胸が軽くなった」


 ルアは微笑み、小さく頷いた。


「あなたの願いは届きました。精霊も、もう恨んでいません」


「……ありがとう、ルア殿。本当に……」


 老人は深く礼をし、静かに店を後にした。

 去り際の足取りはゆっくりだが――迷いは消えていた。



 扉が閉まると、店内は再び静けさを取り戻した。


 ゴーレムはしばらく扉を見つめ、そしてぽつりと呟いた。


「……人は、不思議だ」


「そうだね」


「嘘をつき、間違え、傷つき……それでも、願いを持ち続ける」


 ルアは少し考えて、答えた。


「精霊は正しいことを求める。

 でも人は――“正しいより、後悔しない答え”を求める」


 ゴーレムはゆっくり頷いた。


「……なら、私は……守ろう。リメルとその願いを」


「うん。それが君らしい」


 ゴーレムはルアの言葉に小さく胸を張った。


 



 その瞬間――。


 ――カラン。


 あの、風のない店内では鳴らないはずの鈴が響いた。


 ルアの表情が、わずかに変わる。


(……またか。いや――これは違う)


 開いた扉の向こうに立っていた人物を見て、ゴーレムも息を飲んだ。


 そこに立っていたのは――


 少女。


 しかし、ただの少女ではない。


 淡い銀色の髪。

 透き通る瞳。

 その身体から、精霊と同じ気配が漏れ出している。


 少女はルアを真っ直ぐに見つめ、静かに口を開いた。


「――やっと見つけた。

 精霊王ルア」


 店内の精霊たちが、一斉に震えた。

 世界が、静かに動き出した気配がした。

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