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今日も、精霊と魔法日和  作者: July
第3章 土の守り手と古い約束
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1

 翌朝、魔道具店の扉を開けると、路地の空気は静かに息をしていた。

 昨日まで街を覆っていた微かなざわつきが消え、まるで休息に入ったような静寂があたりを包んでいる。


(……土の精霊が落ち着いたおかげだな)


 ルアは棚を確認しながらひとつひとつ精霊の状態を見ていく。

 風、火、水――どれも穏やかだ。

 だが――土だけが、少しだけ違う呼吸をしていた。


 店奥の机の上には、先日眠らせた小さなゴーレムが横たわっている。

 その土色の身体には、細かなひびが入り、胸元には小さく象眼細工のような紋が刻まれていた。


 ルアは静かにゴーレムの額へ手を当てた。


「……そろそろ、目を覚ます頃だね」


 その言葉に応えるように、土の中から小さな鼓動が伝わってくる。

 石と土でできた身体とは思えないほど柔らかく、暖かい感触。


 そして――。


 ――ぱちり。


 ゴーレムの目に宿る光が、ゆっくりと灯った。



「……う……?」


 小さな声が、土の中から零れ落ちた。

 精霊の声は耳ではなく、心に響く。


 ゴーレムは上体を起こし、周囲を見回す。

 視線がルアにとまると、わずかに身体が震えた。


「……ここは……? 主人は……?」


 ルアはゆっくり首を振った。


「君の契約者は、もうこの世界にはいないよ」


 その瞬間、ゴーレムの目の光が揺れた。

 深い悲しみとも、理解ともつかぬ波紋。


「……そう、か。では……私は……守れなかったのか」


「違うよ。最後まで守った。彼は、君が側にいてくれて安心して眠ったんだ」


 ゴーレムの小さな肩が震える。


「……私は……まだ……守るべき者がいるのか?」


「契約者の息子さん……リメルさんは君に謝りたいと言っていた。君が壊れそうになるほど願いを背負ったこと、感謝していたよ」


 その言葉が届いたとき、ゴーレムの身体に微かな変化が生まれた。


 ――胸元の紋様が、かすかに光る。


(……あれは……“契約の継承”)


 古い契約魔術では、契約者の願いが正しく引き継がれたとき、精霊は新たな契約対象を選ぶ――もしくは自ら定める。


 ゴーレムは小さく息を吸うように胸を膨らませた。


「……私は……まだ守りたい。あの子を……リメルを」


「そう言うと思ったよ」


 ルアは優しく笑った。


 ゴーレムは立ち上がり、ぎゅ、と拳を握る。

 その姿は、小さくても――たしかに誇りある守護者だった。



 その時だった。


 ――コン、コン。


 扉を叩く音。

 だが、いつもの遠慮がちな来客の音とは違う。


 重い。

 迷いと、恐れと――覚悟の響き。


 ルアが扉を開くと、そこにはひとりの老人が立っていた。


 背筋は曲がり、歩みは遅い。

 しかしその瞳だけが、鋼のように澄んでいた。


「ここが……“精霊の声を聞く者”の店か?」


「ようこそ、魔道具店ルアへ。どうぞ、お入りください」


 老人はゆっくりと中へ入り、懐から古い包みを取り出した。

 布包みを開くと――古びた土色の石板が現れた。


 そこには、見覚えのある紋様……。


 目の前のゴーレムと同じ契約印。


 ルアの呼吸がわずかに止まる。


(……これは――)


 老人の声は震えていたが、その言葉には確信があった。


「……私は、この石板に宿る精霊に……どうしても伝えたいことがある」


 ルアは静かに老人を見つめた。


「誰かを――許せないのですか。それとも、謝りたいのですか?」


 老人の拳が震えた。


 そして唇が、絞り出すように動いた。


「……“ありがとう”と、伝えたいのだ」


 その瞬間――。


 店の精霊たちがざわり、と小さく揺れた。


 水鏡が震え、風精霊が羽音を立て、小さな炎が灯ったランタンが光を増す。


 言葉ではない。

 祈りでもない。


 これは――“届き損ねた想い”。


 ルアはゆっくりと老人の手に触れた。


「……なら、精霊は必ず応えます。あなたの言葉が本物なら」


 老人の手が震えながら、石板の上に置かれる。


 その瞬間――。


 石板が淡く光り、店中の魔道具が微かに息を吸うように震えた。


 そして――。


 眠っていた精霊が、静かに目覚めた。


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