表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今日も、精霊と魔法日和  作者: July
序章 「精霊王、路地裏に降り立つ」
1/16

1

街の喧騒から離れた裏路地は、朝も夜も静けさをまとっている。大通りを歩く人々は、いつだって目の前の賑わいだけを追い、ほんの数歩先に続く影の道へ気づくことはない。

 その影の道をさらに進むと、ぽつりと一軒、木の温もりをそのまま閉じ込めたような小さな店が現れる。


 ――《魔道具店ルア》。


 華美な装飾も、煌びやかな看板もない。扉に吊された鈴も、誰かが触れない限りは風に揺れて音を立てることもない。それでも、この場所には不思議と人の気配が漂っていた。

 まるで、誰かが訪れるのを静かに待っているかのように。



 店の奥では、静かな気配がひとつ、木漏れ日のように揺れていた。


 店主――ルア。

 柔らかい金髪は肩口でふわりと揺れ、薄い緑色の瞳はどこか遠くを眺めるように穏やかだ。年齢は若く見えるが、落ち着いた佇まいは年輪のような静かな深さをまとっている。


 細い指先が、小さなガラス瓶を撫でた。

 中には、かすかな風のさざめきのような光が宿っている。


「……もう少し、かな。焦らなくていいよ」


 語りかけるような囁き。

 ルアの声に応じるように、瓶の中の光がわずかに瞬いた。


 その光の正体は――精霊。


 この世界の魔道具のほとんどには、精霊が宿っている。火、水、風、土。それに加え、光や影、音、植物――もっと繊細で小さな属性を持つものもいる。


 彼らは人と契約を結ぶことで、魔道具に力を与える。だが、力が途切れたとき、その原因は「故障」ではない。


 ――ほとんどの場合、精霊と人との間の“心のすれ違い”だった。


「君も、持ち主と喧嘩したの?」


 問いかけるルアに、瓶の中の光がちかりと瞬く。まるで「まあ、そんなところ」と言いたげだ。


 ルアは微笑むと、その瓶をそっと棚に戻した。まるで幼子を寝かせるような丁寧な所作だった。



 静寂に包まれた店内には、さまざまな魔道具が眠っている。


 風を吹かせるペンダント。

 未来を映す水鏡。

 土の精霊が宿る小さな守り手――ゴーレム。

 炎を操るランタン。

 音を形にする石。


 それらは、いずれも「壊れた」と持ち主に言われてここへ運ばれてきた道具たちだ。


 だが、ルアに言わせれば――。


「壊れてなんかいない。ただ、疲れただけ」


 精霊は繊細だ。


 人の言葉ひとつ、人の表情ひとつで喜んだり落ち込んだりする。

 そして誤解したまま、道具の奥で沈黙してしまう。


 その声に耳を傾け、もう一度人と精霊をつなぎ直すことこそが、ルアの仕事だった。


 ……しかし。


 彼の素性を知る者は、誰ひとりとしていない。

 店主ルアは温和な精霊術師――それは表向きの肩書きにすぎない。


 本当の名は、かつてすべての精霊を統べる者。


 ――精霊王ルア。


 大地が震え、風が駆け、海と炎が歌い、世界が生まれ変わるたびに精霊王の名は語られた。


 その名は、世界の祝福そのものだった。


 しかし今、精霊王はこの裏路地で、外からの光さえ遠い小さな店にひっそりと佇んでいる。


「……あの頃とは、世界も僕も変わったからね」


 呟きは静かに空気へ溶ける。

 誰も知らない過去。

 誰にも明かさない理由。


 ただひとつ確かなのは――ルアが望んでこの場所にいるということだけだった。



 そのとき、コトン、と店の外で小さな音がした。

 木箱の角が石畳に触れたような、軽い衝撃音。


 ルアはすっと瞳を上げる。

 来客の気配。気配は人のものだが、何かに怯えているように揺らいでいる。


 扉の前で、しばらく足踏みする気配があった。


 ――入るべきか迷っている。


 この店によくあることだ。

 “壊れた魔道具”を持ってくる人々は、たいていの場合、どこか心に迷いを抱えている。


 やがて、ためらいがちに扉が叩かれた。


「……あ、あの……すみません……」


 不安げな少女の声。

 ルアは静かに口元を緩めると、扉へ向かった。


「どうぞ、入っていいよ」


 優しい声が路地の影へ溶けた。

 そして――小さな奇跡の物語は、また静かに幕を上げる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ