新しい約束の始まり
数日前、この家に住む一人のおばあさんが、長い人生を歩き終え、沢山の笑顔と沢山の「ありがとう」を胸に静かに旅立ちました。
おばあちゃんっ子だった、孫の莉子は、この日も「おばあちゃん、おばあちゃん」と遺影に呼びかけていました。
小さな莉子には、おばあちゃんの死が理解できず、大好きなおばあちゃんがいなくなった寂しさでいっぱいでした。
そんな莉子を見て、母親の久美子は莉子の手を引いて庭に出ました。
莉子は「おばあちゃん、どこに行ったの?」
母親の久美子に聞きました。
莉子には、大人たちが言っている、「おばあちゃんは、天国に行った」とか「おばあちゃんは、旅立った」の意味が理解できませんでした。
久美子は莉子の傍にしゃがんで、夕方の空を見上げました。
そして「おばあちゃんはね、星の世界に行ったのよ」
久美子がそう言うと、莉子も一緒に空を見上げました。
「おばあちゃんはどの星なの?」
莉子が聞くと、久美子は
「莉子、どの星がおばあちゃんの星だと思う?」
「わかった、あの星」
莉子が指差す空には無数の星たちが輝き始めていました。
そして、そこには莉子の大好きなおばあちゃんがいました。
おばあさんは、優しい天使たちが迎えにきて、天使たちと一緒に光のトンネルを抜け、星の世界につきました。
おばあさんは、気がつくと見たことのない場所にいました。
そこには、優しく光る道が続いていて、数えきれないほどの星たちが静かに輝いていました。
それは目を見張るほどの美しい星の世界でした。
「ここは…」
おばあさんが、あまりにもの美しさに見惚れていると、目の前に立派な衣装を着た、星の国の王様が現れました。
王様はにっこりと微笑み「よく頑張ってくれたね。ありがとう。そして長い旅、お疲れ様」とおばあさんを労いました。
王様は、おばあさんの手を取って「ここは星の世界だよ」と言いながらおばあさんを案内してくれました。
そしておばあさんに、「ここに来た人はね、大事な仕事があるんだよ」王様は優しく語り始めました。
「あなたに、この『糸』を紡いで欲しいんだ」
「私にそんなことができるかしら…」
おばあさんは少し驚いたような、心配そうな顔で王様を見ました。
王様は静かに頷き、「大丈夫、あなたは沢山の優しい愛を持っています。あなたのその愛で、残してきた大切な人たちへの想いを込めて、糸を紡いでいけばいいんですよ」
王様はそう言っておばあさんに、素晴らしく輝く「糸」を渡しました。
王様から渡された「糸」は、柔らかで、でもとても丈夫で、なんともいえない綺麗な光を放っていて、それは不思議な「糸」でした。
おばあさんは、それから幾日も幾日もかけて心を込めて紡ぎました。
「莉子が元気で、笑顔でいられますように」
「久美子が穏やかで、優しい毎日でいられますように」
「…」
「…」
「糸」を紡ぎながらおばあさんの脳裏には、沢山の大切な人たちの、顔が浮かびました。
おばあさんは、沢山の愛を込めて紡ぎました。
星の国へ行ったおばあさんに、悲しみはありませんでした。
残してきた、大切な人たちを思う愛でいっぱいでした。
「糸」は、やがて美しい一枚の布になりました。
おばあさんは、王様に布を渡しました。
王様はその布を受け取ると、にっこりと微笑んで、その布をおばあさんの肩にかけました。
すると、おばあさんの身体は、パアーッと光に包まれ、空で輝く星へと生まれ変わりました。
王様は星に生まれ変わったおばあさんに言いました。
「さあ、大切な人たちが見える場所に行きなさい」
おばあさんは嬉しそうに頷いて、無数の星たちが輝く星の海へと行きました。
そこで輝く星たちは、みな大きくて深い愛で輝いていました。
そして、おばあさんが生きていた頃、空を見上げて、美しい星に手を合わせたように。
ここでは星たちが、残してきた大切な人たちが見える場所で、大切な人たちの、幸せを願って、手を合わせていたのです。
どの星も全てが、穏やかで優しい光を放っていました。
おばあさんは思いました。
なんて素敵なことでしょう。たとえ命が亡くなっても、大切な人を思う気持ちは何も変わらない。そしてお互いがお互いを、いつまでも想い続けることの素晴らしさ。
おばあさんも、急いで莉子たちの見える場所を探しました。
すると、見覚えのある家とその庭に、莉子が母親の久美子と一緒に空を見上げているのが見えました。
そして、莉子が大きな声で「おばあちゃーん。莉子、ここにいるよ」そう言って手を振っているのが見えました。
おばあさんは「ええ莉子ちゃん、おばあちゃんにも莉子ちゃんが見えるわ。これからはずーっと、おばあちゃんは、ここから莉子ちゃんたちを見守っていますよ」
ここからが、おばあさんと莉子たちの新しい約束の始まりです。
終わりに
命は目に見えなくても、心の中で、優しく、強く輝き続けます。
星の世界に行った人たちは、きっと星の世界で優しい光になって、大切な人たちをいつまでも見守ってくれています。