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短編

でも、もう俺と結婚しちゃってるからね。 ~なまけ者令嬢だからいらないって言ったのに、今さら返せと言われても遅い

作者: 紺青

 これは、よくある話だ。


 魔力優位な国で、魔力なしで生まれた公爵令嬢、マリッサ。

 美しいわけでもない。

 他に秀でた能力もない。

 その上、いつもぼーっとして居眠りばっかり。


 ――ついたあだ名はなまけ者令嬢。


 家族には早々に見捨てられ、婚約者が手を尽くすもどうにもならず、成人を前に本人の希望もあって隣国へ渡った。


 そこで、解放しちゃったわけだ。

 自分のスゲー能力を。

 

 本人のクソほどの努力と、夫である俺の深ーい愛の力と、俺の双子の妹の支えもあってのことだけど。

 要は全て、タイミングの問題だってこと。


 だって、誰にも祖国に居た頃にはわからなかったんだから。

 マリッサの魔力なしの原因は、魔力を貯める器が大きすぎて、それが不完全なまま生まれたからだ。


 その器を成長させ、完成させることを体は優先した。

 だから栄養も魔力も、魔力を貯める器に全て注がれた。

 本体のマリッサは、通常の人の十分の一くらいの力で生きていたようだ。

 だから、常に体はだるくて、頭は働かないし、眠い。

 体に十分な栄養が行き届いていないから、体の成長も遅い。


 なんの因果か、俺と妹のアリスと一緒に帝国に来たタイミングで、マリッサの魔力を貯める器が完成した。


 それから、あれよあれよというまに魔法の腕やらなんやらを磨いて、五年後の今では帝国の魔法師団の筆頭魔法師になっちゃって、帝国の黒の魔法師様なんて呼ばれてる。


 かわいそーな女の子が、自分の力を発揮して幸せになりました。

 めでたしめでたしって話なんだけど、この話には続きがある。


 最近、マリッサの祖国を巨大台風が襲った。

 特に王領と筆頭公爵家の領地――マリッサの元婚約者の領地――の被害が大きかったらしい。

 大変だし、かわいそうだけど、王侯貴族一丸となってことにあたればいいだけの話だ。


 それなのに、なにをトチ狂ったのか、王太子夫婦や元婚約者やマリッサの元家族が、帝国にやってきてマリッサに助けを請うた。


 ――え、バカじゃないの?


 誰でもそう思うだろ?


 確かに、マリッサは魔力を膨大に持つし、火・水・土・風の四大魔法全て扱える上に、特殊魔法である治癒魔法や転移魔法なんかも使える。

 一人で氾濫した土地や家屋を修復し、人々を治癒することもできるだろう。確かにお買い得だ。


 でもさー、あの頃なまけ者令嬢だったマリッサをいらないって言って、誰も帝国行きを引き留めなかったくせに、今更すぎない?

 こっちに来てからも、会いに来ることはおろか、手紙の一つも寄こさなかったくせに。

 まぁ、接触しようとしたところで俺かアリスに止められていたけどな。


 マリッサを気に入っている皇帝の許可が出るわけもなく、王太子や元婚約者の言葉に絆されることもなく、マリッサはその話を断った。あっさり、バッサリと。


 それでまぁ、話は終わったんだけど……。



 ◇◇



「お前はこうなることがわかっていたんだろう!」


 呼ばれたから来てやったのに、早々に怒鳴りつけられて気分が萎える。

 皇帝の前でマリッサにコテンパンにされたから、ご立腹のようだな。

 小国とはいえ、立太子して結婚してる王太子サマがさ、帝国の第四皇子に取る態度か?


「留学してお前の国にいた時に、マリッサが化けるなんて誰にも予測できなかった。俺にもアリスにも」


 どうやら、きちんと人払いされていて二人きりのようだ。

 お付きの者に王太子が激高している姿を見せるわけにもいかないもんなぁ。

 防音の魔法もかかっているようだ。


「嘘だろう! お前達はこうなるってわかっていて、俺達をだましてマリッサを連れて行ったんだ!」


「まぁまぁ、落ち着けよ。怒りたくなる気持ちはわかるけど、俺の話も聞いてくれ。

そうだなぁ、どこから話したらいいかな……」


 俺は怒りから地団駄踏んでいる王太子を放置して、座り心地のよさそうなソファにドカッと腰掛けた。

 あーあ、侍女の姿もないし、こいつは興奮しているし、お茶の一つも淹れてくれそうにないな。

 でも、マリッサへの執着を持ったまま帰国させるのも気分が悪い。

 不穏は種のうちに潰すのが信条だ。


 咳ばらいを一つすると、俺は話し始めた。

 マリッサとの出会いから、これまでのことを。



 ◇◇


 

 現在、我が帝国と隣国の王国の間で、ボーボーに燃えている火種のマリッサ。


 俺だって、初めて会った時は驚いたよ。悪い意味で。

 だって、うちの帝国と比べたら、全然小さい王国だけど、その王国に四つしかない公爵家の序列二位。そこの家の長女だっていうのに……。


 小さくてヒョロヒョロで弱っちそうな上に、(オツム)も弱かった。しかも、魔力もほとんど持たない。

 帝国の第四皇子という身分を男爵令息と偽っているとはいえ、留学生である俺達双子の案内役として現れた時は、帝国も舐められたもんだなと思った。


 それなのに……。


「あなたマリッサっていうの? へー、そんな見た目なのに公爵令嬢なの? ふーん。ドノヴァン公爵家なの? 序列二位の水魔法の? ぜんっぜん、見えないわね~。おもしろーい。なんで公爵令嬢なのに最下位のクラスにいるの? あっそう。魔力もない上に頭も悪いの。ふーん」


 帝国の第六皇女である双子の妹のアリスはなぜか、マリッサに食いついた。

 見た目とは違い肝が据わっているのか、アリスが弾丸のように失礼な質問を放っても、臆することなく答えている。ちなみに声も小さすぎて、俺には聞こえない。


 俺とアリスが二人でいると、たいていの女は俺に視線を向けてくる。

 外見がいいという自覚があるからなんとも思わないけど、アリスはそういう態度を取る女とは二度としゃべらない。

 マリッサはアリスをまっすぐに見て話しているので、その点では合格なんだろう。


「……なんか、マリッサってカワイイかもしれない」


 その夜、王都に借りているタウンハウスに帰ってからアリスがぽつりと呟いた。


「時々、お前の考えてること、わかんないわ」


 アリスとは双子ゆえに、性格も考え方も似ていて、お互いの考えていることは嫌というほどわかる。でも、時折分かり合えない部分もあった。


「ほら、公爵令嬢なのに、なんか哀れじゃない? いくら小さな国だからってさ、毛並みが悪すぎって言うの? きれいな白鳥の群れに灰色のみすぼらしい鳥がまぎれているみたいじゃない?」


「お前のカワイイは絶対、いい意味じゃないな……。可哀そうって思うなら、ほおっておいてやれよ」


「えー、無理無理。だって可哀そうでかわいくて、ほおっておけない!」


 それからアリスはやたらとマリッサを構うようになった。

 小さい子供とかペットにするような扱いだったけど。

 放置してもいいけど、皇女であるアリスが公爵令嬢に、あまりにも失礼なことをしたら国際問題になる。だからアリスの監視も兼ねて、なんとなく二人と俺も一緒にいるようになった。


 だから俺だって、今更マリッサを返せって言いに来たお前達と感性は変わらない。

 初めから、きちんと彼女の才能や魅力を見抜いていたわけじゃない。

 ただ、運が良かっただけだ。


 

 ◇◇



 しばらく、学園でマリッサとアリスと過ごすようになって、意外と心地いいことに気づいた。

 マリッサは俺とアリスの緩衝材だった。


 マリッサは、俺とアリスは唯一無二の存在で仲がいいと思っているけど、そうではない。

 俺達の関係はちょっと特殊だ。


 第四皇子の俺と、第六皇女のアリスは大陸の大部分を支配する帝国の生まれだ。

 優秀だけど、女癖の悪い皇帝が皇宮で働いていた男爵令嬢である母に手をつけたことで誕生した。


 基本的に正妃であろうと、側妃であろうと、どこの女が生んだ子であろうとも、全部、王族の籍に入れられて、後宮で一緒くたにされて育てられる。


 皇帝が残虐な暴君で、それでも優秀な施政者だからこそ許されることなんだろう。

 実力主義なせいで、正妃の子だろうと皇位継承権はない。男も女も生まれも、年齢も関係ない。皇帝の血を引いていて、一番優秀な者に跡を継がせると宣言した。


 暗殺未遂や、暴力、策略が渦巻く後宮は、地獄だった。

 母が早々に亡くなり、母の実家が男爵家だった俺達の立場は弱い。

 幸いなことに母の実家が裕福で優しかったので、優秀な護衛や侍女、家庭教師が付けられて、俺達双子は後宮の片隅でひっそりと生きていくことができた。


 それでも周りが敵か、媚び売る者しかいない環境は俺とアリスを荒ませた。

 男爵家から配置される者は優秀だったけど、過酷な環境なので人がすぐに入れ替わり、心を預ける暇はなかった。

 わかり合えて信頼できるのはお互いしかいない。

 本当に仲が良かったわけではなく、一人になるのが怖いから、二人で一緒にいただけだ。

 思春期になると、男女の違いもあって、全てを分かり合えるわけでもなくなり、うざい部分もお互いあった。


 そんな拗らせた関係にある俺とアリスの緩衝材になってくれたのがマリッサだった。


 彼女がいると、アリスの刺々しさや他人に向ける攻撃的な部分がゆるむ。

 互いにどっしりと重く向いていた矢印が違う方向を向いたことで、一息つけるようになった。

 アリスの矢印がマリッサに向かったことで、二人の間にあった緊張感がゆるんだ。


 二人になった時に、アリスがぽつりと本音を漏らした。


「マリッサといると、私のとんがった部分がまあるくなる気がする。私にはルイスしかいない。ルイスのことはなんでもわかるし、唯一信頼できる人間なんだけど、近づきすぎると痛い。それにイラつくこともあるし、うざいこともある。でも、マリッサは私のトゲトゲを吸収してくれて、ちゃんとくっつくことができる。それに、マリッサがいるとルイスが前より近くにいる気がする」


 ――ハリネズミのジレンマ。


 ハリネズミって知っているか?

 ネズミみたいな小さい生き物で、体にトゲトゲが生えている。ぬくもりを求めて近づくけど、近づきすぎるとそのトゲが刺さって痛い。

 近すぎると痛いし、遠いとさみしい。


 そんなハリネズミみたいだった俺達のトゲを無効化してくれたんだ。

 それだけでもスゲーと思わない?


 マリッサは見た目がひょろいくせに、器は広い。魔力だけじゃなく心もな。

 アリスの辛辣で失礼な言葉も、過剰な世話もありがたく受け止めてくれた。

 あいつはあいつで、人とのふれあいに飢えていただけかもしれないけど。


「ルイスがぼーっとしているところなんて、はじめて見たわ」


 アリスに指摘されて、俺のトゲまでマリッサに抜かれたことに気づいた。

 俺は、いつも焦燥感に駆り立てられていた。

 どれだけ知識を入れても足りない。どれだけ魔法の腕を磨いても足りない。


 それは気の抜けない後宮での生活で、自分とアリスの身を守るためでもあり、帝国での不安定な立場ゆえ、将来への不安や焦りがあったんだと思う。


 マリッサを見ていると、焦るのが馬鹿らしくなる。

 本人なりに一生懸命なんだけど、ぼーっとしているし、気づくと眠っている。

 自然と守ってやりたいなぁって気持ちが湧いてきた。

 アリスに毒されていたのかもしれない。

 でも悪い気分じゃないし、マリッサを世話するアリスの横では、息をするのが楽に感じられた。


 だから、まぁ学園でマリッサを二人で囲っていた理由も、ちんけなもので、彼女のスゲー能力を知っていたわけじゃない。

 俺らもお前らと同じように考えが浅くて愚かな俗物なんだよ。


 マリッサ本人も信じてくれないけど、最終学年に上がった時には女の子として彼女が好きだった。

 今みたいに綺麗で、有能になる前のマリッサだ。

 相変わらず哀れでみすぼらしいなまけ者令嬢の頃だよ。


 マリッサの隠された能力を知っていたわけじゃないけど、その頃にはマリッサはバカじゃないって気づいていた。

 マリッサはよく居眠りしていたけど、ぼーっといている時やまどろんでいる時に、耳から聞いたことはちゃんと学習していて、頭の回転も早かった。


 マリッサの事、バカだと思っていたんだろ?

 そりゃ、学園の成績だけ見たらそう思うだろうなぁ。


 はじめの頃、俺とアリスは王国語で話していた。

 留学が決まる前には俺もアリスも、帝国と隣接している国や交流のある七カ国の言語は読み書きできたし、話すこともできたから。


 え? なんで最下位のクラスだったかって?

 そりゃ、最上位のクラスに入って、高位貴族に絡まれたらめんどうくさいからに決まってるじゃん。


 帝国の男爵家の令息が、小国とはいえ留学先の国の爵位が上の令嬢や令息にからまれたり、因縁つけられたりしたら、ぶっとばすこともできないし。


 それにさー、下位クラスなら、友達が出来てふつーに過ごせるかもなんて、ちょっと甘い考えもあったんだよなぁ。人並みに青春したかったんだよ。


 まぁ、結局、下位貴族でも貴族は貴族。

 帝国の貴族と変わんなかったわ。媚び売るか、見下すか。


 話しを戻すけど、はじめはマリッサに気を使って、俺とアリスは王国語で話していたんだ。

 でも、やっぱり帝国で使っていた大陸共用語の方が話しやすいから、二人でいるときはそっちの言葉になっちゃって。そうしたら、あいつ、いつの間にか話せるようになっていたんだよな。

 もちろん、読み書きは壊滅的で、試験の結果もひどかったけど。


 それに気づいてから、耳から知識を入れるようにした。

 アリスもおもしろがって協力してくれたし。

 その甲斐あって、なんとか進級できるくらいの学力は身に付いたってわけ。


 マリッサは眼もよかった。

 魔法実践の授業はいつも、見学だった。

 だって簡単な魔法陣を起動させるだけで、魔力切れで倒れちまうんだから、魔法の実践なんてできるわけないだろ?


「ルイスの魔法陣は正確で綺麗だね。アリスは大雑把な分、起動が早いね」


 魔法を実行するときに、魔法陣と言われる幾何学模様と文字や数字を組み合わせたものを空中に指先で描く。その時、その魔法陣に適した魔力を均一に注ぎ込まなければいけない。集中力と頭脳をめちゃくちゃ使う。


 いつも楽しそうに俺とアリスの魔法を見学していたマリッサが、ふとそんなことを言った。

 俺とアリスの魔法の起動の差はほんの数秒。

 でも、俺の方が若干遅いことには気づいていたし、密かにコンプレックスだった。


 当たり前だけど、アリスと俺は違う。

 やっぱり女であるアリスを守ろうとキバっていたし、俺の方が周りをよく見ていて、繊細で完璧主義なところがあるし、理屈っぽい。

 アリスの方が、楽観的だし、大雑把だ。でも、女の直感とでも言うべき、彼女のカンはあなどれない。


 双子だし、一緒にいるために、なんとなく均一でいないといけないと思っていたけど、そうじゃないのかもしれない。


 それぞれ違って、それでいい。

 なんだか肩の力が抜ける。


「ルイスの魔法陣は本当に綺麗だよね。美しい芸術品みたい……」


 俺さえ気づいてなかった、俺の良さ。

 それに気付いて、ニコニコして褒めてくれる相手に恋に落ちても不思議じゃないだろ。

 俺はけっこう単純でバカな男なんだよ。


 放課後の図書室で、魔法陣の載った教本をマリッサはよくながめていた。


 魔力のないマリッサは空に描くことはできないから紙にペンで描く。


「うーん、ペンで平面に描くのも難しいのに、魔力を注ぎながらってすごいねぇ。ルイスは全属性使えるってことは、注ぐ魔力も変えてるってことでしょう? すごいなぁ」


 よっぽど魔法陣が好きなのか、いつになく口数が多くて、目をキラキラさせて話している。

 確かに、かわいいかもしれないな、アリス。

 心の中で妹の審美眼に共感する。


 かわいそうで、哀れだけど、もうそれだけの存在じゃない。

 

 だけど、その時だってマリッサは、俺の淡い初恋でアリスにとってはペットに毛が生えたくらいの存在だった。


 そんな彼女との関係をすぐにどうこうしようとは思っていなかった。

 ただ、あたたかくて心地いい三人の時間に浸っていただけだった。



 ◇◇



 甘かった。このまま三人で楽園にいるような時間を過ごして、卒業後もなし崩し的に、マリッサを帝国に連れて行けばいいと思っていた。


 でも、マリッサは腐っても公爵令嬢で、筆頭公爵家の婚約者がいて、ついには王太子妃まで動き出した。


 マリッサを更生させるために婚約者は、お前の最愛の王太子妃を担ぎ出したんだ。


 そうそう、なんでも王太子妃――赤百合の姫君なんて呼ばれているんだっけ?――もスゲーかわいそうな女の子だったんだろ?


 早くに母親を亡くして、やってきた後妻と連れ子の義妹がクズで。

 筆頭公爵家の長女で王太子の婚約者だってのに、虐げられていたんだろ?


 なのに健気に努力して、王太子であるお前と協力して、クズどもを断罪しました、と。


 お前の国で大人気だもんなぁ。赤百合の姫君は。


 で、王太子妃サマは、かわいそうなマリッサも自分と同じように逆境を跳ね除けて、ハッピーエンドにしたかっただけなんだよな?


 それから、王太子妃の女官が四六時中、マリッサに付くことになった。

 授業中に眠れば手の甲を打ち、食事は消化の悪いフルコースをつめこませて。

 授業後は王宮に連れて行って、ひたすら叱咤して、勉強を詰め込む。


 俺とアリスはマリッサの婚約者から、マリッサに今後一切近づくなと勧告された。


 彼は小国の公爵令息だ。俺が帝国の第四皇子という札を切ればいい。

 でも、その先は?

 王太子妃が出てきたら、負ける。


 王家と筆頭公爵家を相手にしたら?

 まだまだ力が足りない。


 中途半端に手を出しても、マリッサをどうにもできないと考えた俺はアリスと話し合って、翌日休学届けを出した。


 マリッサ、なんとか持ちこたえてくれ。

 そう祈りながら、アリスと共に帝国へ帰った。


 早々に父である皇帝と交渉した。

 マリッサを帝国に引き取る代わりに、俺とアリスが帝国のために働く。


 皇帝は「好きにしろ」と言って、ろくに書類も読まずに判を押した。


「あーただし、後でもめるとめんどくせーから、金は山ほど払っておけ。出世払いにしてやるよ。王国の公爵令嬢一人でお前達二人がこの国のために働くっていうなら安いもんだ」


 ビビるくらいあっさりと許可が下りた。注意事項はこれだけ。


 俺とアリスは桁違いの魔力量と、魔法の素質を皇帝から引き継いでいた。

 ただやる気がなかったし、くだらない皇位継承権争いに巻き込まれるのが嫌だから、継承権を放棄して、帝国を出て冒険者にでもなろうかと思っていた。


 確かに俺達二人が魔法師団に入ったら、即戦力になるだろうし、トップまで登りつめるくらいの実力がある。


 それだけではなく、皇帝だけがマリッサが化ける可能性を知っていたのかもしれない。


 皇帝の許可が下りたので、次の行動へと移る。


 魔法師団の試験も難なくパスして、母の実家の男爵家でも、彼女を養子にする許可は簡単に下りた。

 じーちゃんとばーちゃん、それに当主をしている伯父さんは商いをしていることもあって、おもしろいことならなんでもOKだから。


 根回しをして王国へと帰ると、まずは姿を隠してマリッサを観察した。

 全てが最短で上手く進んだけど、この国を離れて三ヵ月が経っていた。


 マリッサはしばらく会わないうちに一回り小さくなっていた。

 前はぼんやりしている感じだったのに、今は憔悴している。

 立ったり座ったりするのすら、辛そうだ。

 一体、なにをしたらこうなるんだ?


 アリスが王太子妃の女官に殴りかかりにいくのを、何度も羽交い絞めにして止めるはめになった。


 なぁ、俺も聞きたいよ。

 父親も兄も、婚約者も、そしてお優しい王太子妃サマも、お付きの女官も。

 どこに目がついているんだ?

 マリッサが憔悴して弱っているのに、なぜ誰も気づかなかったんだ?


 顔色も真っ白で、歩くだけで息を切らしている。

 それなのに相変わらず、眠れば手の甲を打ち、勉強を詰め込む。消化の悪いフルコースを詰め込んで、マナーを叩き込む。

 そうすれば、理想的な公爵令嬢ができあがると本気で思っていたのか?


 そうだよな、お前は知らなかったんだもんな。

 なら仕方ないよな。

 だけど、そんな仕打ちをマリッサがされたってことはよーく覚えておいてくれ。

 そんな思いをした祖国へ帰りたいと思うか?

 そこで安心して暮らせるか?


 もし、マリッサに魔力がなくなったらどうする?

 魔法が使えなくなったらどうする?

 また、なまけ者令嬢に逆戻りしたらどうする?


 そうしたら、また同じことするんだろうなぁ。


 なんだよ、お前まで顔色が悪くなってきたな。

 ははっ、あの頃のマリッサみたいだ。


 一日見守って……

 女官に虐げられて

 王太子妃に誹られて

 婚約者に見切りを付けられて

 兄にクソな嫁ぎ先を提案されるのを聞いたよ。


 そんで、その次の日にさ、女官が暴言を吐いたんだ。


「命じられて付いていますが、まったくそんな価値などないように思います。私がこんな話をしても無駄なのでしょうけどね」ってね。


 いや、いいよ。王太子妃サマへの忠誠が深い、いい部下じゃないか。

 で、マリッサは心折れちゃってさー、その場にうずくまっちゃったんだ。


 アリスももう限界で泣きじゃくってて。

 俺だって頭が真っ白になって、自分の選択が間違いだったんじゃないかって考えがぐるぐるしていたよ。

 根回ししてないで、すぐにマリッサをさらって逃げればよかったって。


「アリス……ルイス……あいたい……」


 マリッサのその言葉を聞いて、頭の線がプチッと切れた音がした。


「アリス、医務室に連れて行くから、先回りして人払いして」


 それでも、どこか冷静な頭で告げた。

 マリッサを掬い上げて、上着をかけると足早に歩く。

 壊れそうに軽くて、怖くなった。


 医務室に連れて行ったはいいけど、どうすればいいのか正解がわからない。

 もの思いに沈む俺をよそに、アリスは自分の髪からリボンを引き抜き、そこに魔法陣を描く。

 そのリボンをマリッサの手首にゆるく結んだ。


 魔法陣の描かれたリボンに、文字を書き魔力を通すと、リボンが術者の所へ返る。

 アリスの生みだした特殊魔法。


「ねぇ、マリッサ約束して。どうしても、どうしてもだめだと思った時はね、このリボンに文字を書いて魔力をちょっとでいいから魔法陣に流して。そうしたら、リボンごと私の元に届くから」


 苦肉の策でアリスはリボンを渡したけど、きっとマリッサが助けを求めることなんてないと思っていた。


 でも、マリッサはいつでも予想外の行動をする。


 その日の夜に、「たすけて。はなしをきいて、いっしょにかんがえて」って書かれたリボンがはらりと舞い落ちた。


 転移魔法で、すぐにマリッサの部屋に移動した。

 転移魔法の使用には移動先の座標が必要だけど、リボンの魔法の残滓を指定すればよかった。


 そこで夜通し、マリッサの話を聞いた。

 これまでの辛い境遇と、マリッサの決意を。


 横になると眠ってしまいそうというマリッサを、毛布でくるんで俺の膝の上に抱っこして、アリスは正面に座って、話を聞いた。

 マリッサは時折うとうとして、目をこすりながらも、必死に話した。

 チャンスはその夜しかないって、わかっていたんだろう。


 それを聞いて、俺達の本当の身分と、帝国で根回ししてきたことを話した。


 要は王国の奴らがマリッサを見限るように、きっかけを与えればいい。

 マリッサは、お前達から見限られるように、テストを白紙で出すと決めた。


 その後はご存じの通りだよ。


 あの時、俺がマリッサを帝国で引き取るって話をしにいったら、お前はほっとしていたじゃないか?

 愛しの王太子妃サマをわずらわせる問題児が片付くって。

 王家にとっても、筆頭公爵家と序列二位の公爵家にかかわる問題は頭の痛いものだったんだろう?


 俺の話を聞いてわかっただろ?

 俺はただ初恋の女の子をさらいたかっただけだよ。

 彼女が帝国で筆頭魔法師になる力を秘めているなんて知らなかった。


 それに、彼女に素養はあったけど、死ぬほど努力して才能を開花させたんだぞ?

 もしも、王国にいるときに魔力をためる器が完成していたなら? なんて思っているんじゃないだろうな?

 もし、器が完成したとしても開花しなかった。

 断言できる。


 マリッサは帝国に来て、魔力をためる器が完成して、頭がすっきりして体が成長しはじめても、無理をするくせが抜けなかった。

 誰かさんたちが追い込むから、自分で自分を追い込むことがクセになっていた。


 俺やアリスがついていなかったら、とっくに魔力欠乏症を起こして、意識不明の重体になっていたよ。

 だって、あの状態のマリッサを追い込んでいたくらいだ。

 完全体になったなら、もっと無理強いしていただろ?


 だから、タイミングが悪かったっていう後悔は無駄だからするな。

 お前の国にあのままいて、魔力をためる器が完成していたとしても、今のマリッサにはなってない。


 確かにすごく速いスピードで成長したよ。

 でも、本当に本人の努力のたまものだし、んー、言いづらいけど愛の力もあるんだ。


 マリッサはこの国に来て、勉強して、魔法を一から鍛えて、二年後にやっと魔法師団に入団した。

 魔力もそれを操る力もあったから、実力主義の帝国魔法師団っていうこともあって、それなりに馴染んだ。


 マリッサはリボンの一件があって、困ったことや悩みがあったら俺やアリスに隠さない。


 だからさ、俺と婚約して貴族令嬢やら魔法師団の同僚やらに嫌味を言われて、そのまま俺に報告にきたわけ。

 あーこれ、大事な話に繋がるからちゃんと聞いてよ。


「私、見た目も魔法師としても、貴族令嬢としてもルイスに釣り合わないって言われたの」


「そんな戯言なんて気にしちゃだめよ! むしろ、ルイスこそマリッサにはもったいないわ。でも、残念ながら、ルイスほど実力があって信頼できる奴も他にいないのよね……」


 俺より先にアリスがめちゃくちゃ怒った。


「ふーん、それ言ってきた奴の名前教えてくれる? 顔の特徴だけでもいいよ」


 もちろん俺も腸が煮えくり返って、静かに微笑んだ。


「あのね、だから私決めたの!」


 帝国に来てから、マリッサはアリスに似てしまって、人の話を聞かずに自分の言いたいことを言うようになった。

 まぁ、それも俺とアリスの前だけなんだけど。


「ルイスに釣り合うようになればいいって! 外見も魔法ももっと磨けばいいんだわ」


 なにその結論、かわいすぎる。

 いや、のろけじゃないって。

 でも、マジでかわいすぎない?


 それで有限実行とばかりに、外見や魔法の腕を磨いて、因縁つけてくる女には、自分になにが足りないのか聞いて、いちいち積み上げて行ったんだよ。


 だから、この国にきて四年後に結婚する頃には、誰も俺とマリッサが結婚することにケチをつける奴はいなくなったんだ。


 な? 愛の力ってすごいだろ?

 今の綺麗で可愛くて、スゲー魔法師のマリッサがいるのって、俺のおかげだと思わない?


 今のマリッサは、俺に釣り合うように努力した結果なわけで。

 マリッサがそんなに愛を注げるような相手が、お前の国にいるかな?

 そもそもこんなに愛し合っている夫婦を引き離そうとなんてしないよね?


 おかげでねー、マリッサや彼女の描く魔法陣の美しさに惚れちゃう虫がいっぱい湧いてきちゃって、退治するのが大変だったんだけどね。


 え? 妊娠して魔法を使えない今なにをしているかって?


 残念ながら彼女、なにもしていないと不安にかられて情緒不安定になるんだ。

 だから、仕事をしているよ。

 あんまり魔力を使わないようなゆるーい内勤。


 魔法紙に魔法陣を描く仕事をしている。

 え? マリッサが魔法陣を描いた魔法紙だけでも欲しい?

 それは金額次第かな?

 皇帝を通してくれる?


 それに、わかってる?

 自分の属性魔法じゃなくても起動できるけど、魔力量が足りないと起動しないよ。

 要は高価な魔法紙を買ったところで、マリッサのフルパワーの魔法には敵わないってこと。


 妊娠中でひましてるなら、あわよくば王国に来て、魔法の指導だけでもしてほしかったんだろうけど、色々残念だねー。

 なにをされるかわからないから、彼女は絶対に王国に行かせない。

 いいかげん、諦めてくれないかな?


 これが最後の手段だったって、なに言ってんだよ。


 頭下げて、泥まみれになって、動けばいいだけだろ?


 プライド捨てて、土魔法や風魔法の素養のある序列三位、四位の公爵家とか、そのほかの貴族に頭下げて助力を願って。

 現地に行って、できることをするだけだろ?

 庶民に人気の赤百合の姫の出番だ。

 慈悲深い王太子妃サマなら、泥にまみれて働けるだろう?

 火魔法しか使えなくても、人力でできることなんて、被災地にはたくさんある。


 着飾って、渡航費用かけて帝国まできて、頭下げて、マリッサ一人を連れ帰って、簡単に解決しようとするなよ。

 確かに実現したら、結果的にはコスパはいいのかもしれないなぁ。


 でも、人の心ってのを無視しすぎじゃないか?


 あれ、どうしたの? 俺がこの部屋に来た時の勢いがなくなっちゃったね。

 ああ、やけ酒かい?

 俺は酒はいらない。

 ここで毒でも盛られたらたまらないし。


 やっと、わかってくれたみたいだね。


 マリッサを失ったのは自分達のせいで、もし俺達がかっさらっていかなくても、どのみちマリッサを偉大な魔法使いにすることはできなかったって。

 そして、マリッサがお前の国に行くことも協力することもないって。


 ああ、でも手ぶらで国に帰るのもかわいそうだな……。


 一個だけおもしろいこと教えてやるよ。

 お前の国では、黒ってさ、平民の色だと思われているだろ?


 赤が火。

 青が水。

 緑が風。

 茶が土。


 王族の直系男子は白銀か。女に生まれたら魔法属性の色。

 ははっ。王族の男子は髪の色を偽るために、体に魔法陣刻むなんて正気の沙汰じゃないな。

 ああ、ごめんごめん。王国の大事な秘密だったな。

 一介の皇子ごときが知ってて、ゴメンな?

 

 そもそもさ、バカみたいに魔法属性と色を守ろうとしているけどさ、黒って全属性の色って知ってた?

 知らないよな。

 帝国では至高の黒って呼ばれて、尊敬の対象なんだけど。


 え? マリッサは魔法判定で土属性って出てたって?

 ああ、あの前時代的な測定器ね。学園でも使っている。


 あれだと、一番得意なものが出るだけだよ。全属性でも微妙に得意不得意あって、均等ではないからね。


 だから、俺とアリスの留学時も、魔力量は低で、属性一個ずつしか出てないだろう?

 魔力量も、注ぐ魔力をコントロールすれば誤魔化せちゃう、その程度の代物だよ。

 正確な測定をしたかったら、帝国の魔法師団に頼めよ。

 まー、高くつくけどな。


 じゃぁ、もう聞きたいことはないかな?


 あ、俺から一つだけいい?


 マリッサの事、なまけ者令嬢だからいらないと言ったのに、今さら返せって言われても遅いんだよ。


 もし今後、マリッサや子供に手を出そうとしたら俺とアリスがお前の国、なーんにも残らないくらい焼き尽くすから。


 それぐらいの力があるってお前も知ってるだろ?

 俺はマリッサをしのぐくらいの力があるし、双子のアリスもそうだってこと忘れるなよ。


 じゃぁ、達者でな。

 もう、会うこともないと思うけど。



 ◇◇


 王太子の滞在する客室を出ると、そこにはアリスがいた。


「どう、アリス?」


「バッチリよーん。しかし、トコトンやったね~」


「マリッサが危険にさらされたり、俺がブちぎれて王国を燃やし尽くされるよりマシだろ?」


 王太子の心を折るだけでは足りない。

 王太子妃や元婚約者、そして側近や護衛や女官たち。彼女の元父と元兄。

 いっぺんに相手をするのもだるいし、同じこと何回も話すのもめんどくさい。


 だから、アリスに頼んで、王太子との会話を届けてもらったんだ。王国から来ているお客様全部の客室に。

 報連相は大事だからな。

 俺の思いやお願いを共有してほしいからな。

 あと、マリッサの真実も。

 二度とバカなことを考えないように。


 ちなみに、父である皇帝もおもしろそうだから聞きたいって言うから、一言も漏らさず聞いていたはずだ。

 王太子と俺の会話をつまみに、さぞかし上手い酒を飲んでいることだろう。


「ふふふっ、この袋の中にあるのはなんでしょう?」


「さては、相手の反応を写し取ったな? 水晶が入っているんだろう?」


 魔法師団で研究職についているアリスは、新しい魔法陣の開発に余念がない。

 きっと袋の中にある水晶には、目の前の相手を一定時間、鏡のように写し取る魔法陣が刻まれている。

 アリスの持つ袋の中でじゃらじゃらと、お客様の数の水晶が音を立てる。

 確かに、あの会話を聞いた奴らがどんな反応をしたのかは気になる。


「せいかーい。マリッサと鑑賞会しよー」


「相変わらず悪趣味だな……」


「ルイスほどじゃないもーん。ふふ、どさくさにまぎれて、のろけちゃって。あの時の皇太子の顔ときたら……」


「ほら、行くぞ」


 アリスと共に、愛しい奥さんの元へと足早に向かう。

 

 いろいろゴタゴタしたけど、これでやっとケリをつけられたか?


 これでみーんなハッピーなかんじのエンドを迎えられただろう。

 俺達も彼らも。

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