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メカニックは呟きながら謎を解く

作者: 朱雀新吾

 帝国一の戦闘ロボ『SEGサイモン・エンド・ガーファンクル』が破損した。


 パイロットは帝国の英雄セイクリッド・モーメント。


 敗北ではない。帝国領域宇宙空間を侵犯してきた敵国、共和国の無人ロボを289機破壊した後、背中のブレードを保管する鞘部分に被弾。そのまま戦闘を継続し更に123機を破壊した後、オペレーターによる燃料減少の指摘を受け、帰還した次第である。

 共和国のロボを撃墜しているので、少しの破損等、問題にならなかった。

 テレビでは敵機襲来から帝国全土を守ったセイクリッド・モーメントを称える放送を行っている。

 流星の様に帝国に現れ「奇跡の機体」SEGの適合者となり、当時の帝国の不利な状況をひっくり返した英雄。

 誰でも操縦出来る「全適合主義」に逆行し「完全適合主義」の元に天才マッド科学者サイモン博士が作った機体SEG。誰も操縦出来なかった機体を、共和国の空襲から逃れる為に逃げ込んだ研究所内で見つけたセイクリッド・モーメントが苦し紛れに操縦してみたところ、奇跡的に適合して、共和国軍を追い払ったのだ。

 その初陣を「二世紀前に滅んだニホンのロボットアニメの様だ」と帝国メディアが騒ぎ立て、伝説が始まった。

 なので、SEGは帝国にたった一機しか存在しない。

 それを破損した訳だが、背中に背負うブレードを自動で挟み込む収納機関であり、修理に関してもさほど費用は掛からないだろうと司会者は笑顔で言う。

「敢えて、動力に近い胴体や神経回路が組み込まれた頭部を避けたのかもしれませんね。ロボ工学に詳しい帝国大学のエディさん?」

「はい、この鞘部分のみ、他の装甲よりも固い素材、ヤマハルコンで出来ています。攻撃用のブレードを収納する鞘ですから、頑丈に作られているのです」

「ほう、ではセイクリッド氏は敢えてその部分で攻撃を受けた?」

「可能性はあります。まあ、装備に関しての詳細な情報は軍の機密ですので憶測の域を出ませんが」

「これ以上の発言は当局から目を付けられてしまいますね」

 お約束のやり取りなのだろう。司会者がそう言うとスタジオで大爆笑が起こる。

「このヤマハルコンですが、ヤマダ金属という、旧ニホンの自動車メーカー製でして、軽く強い素材として開発したとの……」

 そして、話題は鞘部分の素材に移っていった。


「……帝国が被弾の情報を公開したことが、驚きだな。『木を隠すなら森の中』ってこと?」

 今回の件に、引っ掛かりを覚える男が、特に意味もなくことわざをつぶやく。帝国軍のメカニックチーフ、田中創八である。

 まず、SEGの被弾箇所に関してシンプルに困っていた。腕や関節等なら替えの部品はあるし、外してはめ込めば良い。

「背中のブレード保管鞘か。独自パーツじゃないか」

 専用パーツがあるとないとでは、手間が違う。

 殆どのロボには専用パーツがある。帝国量産機の「RHCP」や「QUEEN」ならどこを破損してもパーツの交換だけで事足りるのだが、宇宙に一機しかないSEGとなるとそうもいかない。

 被ったキャップの唾を更に深く顔に沈めて、創八はチーフルームを後にする。

 扉を開けた先にすぐメカニック事務所があり、金髪パーマの事務員女性に声をかける。

「デイジー。知っているだろうけどSEGの鞘部分が破損。購入したい」

「了解」

 すかさずメカニックのマイケルとその相棒のケビンが口を挟んでくる。

「ヤマハルコンって素材売りだよね? ソウハチ、これって僕達が製作しないと駄目?」

「その素材、滅茶苦茶硬いんでしょ? それで鞘の補修なんて、鍛冶屋仕事じゃん」

 まあ、鍛冶屋仕事もメカニックの仕事だけどね、とマイケルがケビンを茶化す。

「でも、ソウハチがSEG開発チーフだから、データは残っているか」

「ていうか、希少な部分の破損なら、まだ全壊の方がマシだよね」

 マイケルがメカニックの本音をぶちまけると同時に、デイジーが電子カタログの値段を見ながら眉間に皺を寄せる。

「へい、チーフ。これ、次買う時はきっと値上がりしてるわね。放送を見て、民間の重機ロボや警備ロボ会社からも受注が来ているみたい。勿論、軍需が優先だけど、ヤマダ金属側も勧告喰らわない程度には足元見てくると思う。当然よね。折角の技術なんだから、独占契約するぐらいの甲斐性が帝国にあればねえ。まあ、量産機じゃないしラインも作れないから。本当、救世主機体って、漫画やアニメみたいにはいかないわね」

「帝国ドリームじゃん。ヤマダ金属の株価も爆上がり?」

 そんなに上がるなら買っておけば良かったと、ケビンがため息を吐いた。

「だけど、メンテは当然頻繁にするけど、SEGの敵機からの被弾なんて、初めてじゃない?」

「……そう言われて、みれば?」


 会話から判断すると、メカニックチームは今回の件に創八程の違和感を覚えてはいないみたいだ。


 今回の件で、創八が引っかかっていること。

 帰還の際、セイクリッドが喚き散らさなかった。

 普段から傲慢な態度な彼が「修理、頼む」とだけ言ってコクピットを降りた。

 初めの大きな違和感は、これであった。


 そして、更に大前提の大違和感がある。


 SEGが被弾すること自体、である。

 ほぼ、ない。

 いや、絶対ないのだ。


 セイクリッドがSEGを操縦して被弾するなど、万が一でもありえない話なのだ。

 では何故?

 油断? 油断しても彼は被弾しない。

 だが、実際には彼は被弾した。

 一体何があったのか?

 調査、するべきなのだろうか。上に報告、すべきか。


 ――まあ、僕は僕の仕事をするだけだ。「思い立ったが吉日」とも言うし。

 帝国の利益の為に働く、それが創八の使命であった。


 機体の損傷個所を見る為にドックへと向かい、データルームに上がる。

 データルームは地上11階のガラス張りで、ロボの顔が真正面に来るように設計されている。理由は顔が見えると格好良いからだ。


 マイケルも来ていて、一緒に破損個所のデータを見る。

「ブレード保管部鞘が破損、といっても流石ヤマハルコン。歪んでいるだけだね」


 ヤマハルコンはヤマダ金属にしか作れない。だが、軍需企業ではないから戦闘用の加工は軍にしか出来ない。

 製作時のデータを見て、マイケルが口笛を吹く。

「流石はソウハチ。鞘を一発で作らずに、18のパーツに分けてボルトアップで装着しているんだね。じゃあこのA-2のパーツだけ作成すれば終わりじゃん」

「その通りさ。出来るだろう、マイケル?」

「それでも面倒なのよねー」

 データ入力すれば後は作業AIが金属を切断、溶接して作ってくれるのだが、それでもマイケルは渋い顔だ。

「ロボの小指の接続と、どっちが良かった?」

「うーん。加工の事を考えたら鞘で、接続処理を考えたら小指だね。ていうか小指はプログラマーの作業だと俺は常々言ってんですけど」

 創八は笑って頷いた。

 戦闘ロボの小指のパーツはメカニック泣かせである。ロボが握った銃やブレード等の照準を自動で調整する機能が備わっている。その初期接続、調整作業が難解なのだ。

「小指の接続が嫌で腕ごと取り替えた」という事案もあるぐらいである。だけど、それは費用の問題で禁止されている。

「中間国ドルがいつまでも安いのが悪い! あんなに性能良いのに小指だけ安く買えるんだもん!」

 マイケルが叫ぶと、創八は笑った。


「安いで思い出した。値上がりする前にヤマハルコンをデイジーに多めに発注してもらってるから、新武器、作れる?」

 その言葉にマイケルは目を輝かせる。

「新武器! 作る作る!」

「要はブレードもヤマハルコンで作れないかな、と」

「分かった!」

「素直だね。10秒前に製作は嫌だって言ってたじゃない」

「新武器は良いの! ロマンなんだから」

 それから創八は即座に図面を作成し、鞘の修理と新ブレードの作業工程をマイケルと共有した。

「……これが本当の『飴と鞭』。いや、『ブレードと鞘』ってことかな?」

 上機嫌になったマイケルを傍目に、創八はそうつぶやくのだった。


 修理の段取りは出来た。

 次は原因だ。


 創八はチーフルームに戻り、端末でSEGの戦闘履歴を見る。

 芸術的な履歴だ。座標から座標への移動にかかる時間と判断能力が神の領域だ。数十機からの弾幕を踊る様に避け、正確にブレードで反撃している。

 SEGの機体の最大の特徴は「演算能力」である。

 周囲100キロの敵機、味方機、状況を全てデータ化し、次の行動を1000パターン用意。その選択肢の中からパイロットが一瞬でベストの1を判断、実行する。

「ほぼ超能力」と言われる超人セイクリッドの直感力でしかSEGは扱えない。

 そもそも共和国は形骸化した軍需財閥の手前、壊させる為に無人ロボを送り込んできているという噂がある程なのだから、ロボの性能の差は歴然であった。


 この戦闘履歴から読み取れるのは、彼の被弾は「故意」だということだ。


 理由はなんだ。

 たしか、彼には逃亡の前科があった。

 ――その時は相棒のオペレーターに連れ戻されたんだっけ。


 ◇ ◇  ◇


「これは、メカニックチーフ。どうされました?」

 セイクリッドの専属オペレーターのシンシア。青髪美人眼鏡の冷たい視線がオペレーター室に入った創八を生暖かく迎えてくれた。

「単刀直入に聞くよ。シンシア、今回の被弾の件……」

「ありえない?」

 被せるような返答。

「確かに、彼が被弾したことはない。共和国も在庫をサクサク処分してくれるから、重宝されてる」

 流石は天才オペレーター。相手方の事情も把握している。

「だけど、ゼロなんてことはないわ。油断よ、ただの」

 その、頑なな態度が、答えでもあった。

「……教えてくれ。あの日なにがあった」

「それはメカニックとして? 帝国の犬として?」

「メカニックとしても、犬としてもだ。君の力になれる、と思ってね」

 そう答えると、シンシアはふん、と同族嫌悪に似た表情を浮かべる。


「金に困っていた?」

「彼は高給取りよ」

 分かっている。

「寝返り?」

「敵機数百破壊しておいて?」

 たしかに。

「亡命?」

「SEGには遠隔爆弾が搭載されているわ」

 帝国は裏切りを、許さない。


「…………」

「…………」


「……報告するしか、ないのか」

 とうとうその言葉をつぶやいてしまった。創八の負けを認める言葉だ。

 シンシアは小さくため息を吐くと、創八に左の手の甲を見せた。

「……なるほど」

 それで殆どの合点がいき、創八はシンシアに礼を言って部屋を後にした。


 シンシアは軍部から特殊任務を受けている。

「セイクリッドの監視と、才能の流出の防止」だ。

 本来、シンシアが今回の件を一番に調査しなくてはならない。

 なのに、彼女が何の疑問も挟まない。

 つまり、今回の件は事故――な筈ない。彼女も絡んでいる、のだ。

「たしか、シンシアには手術を待っている病気の弟がいたっけ……」


 そもそも、今回の件は上に報告する程の内容ではない。破損は修理すればよい。ただ、創八がなんとなく放っておくとよくないと「確信」しているだけだ。


「故意被弾の疑い有」と報告すると調査局が動き出し、セイクリッドは処分される。

 今、彼以上のパイロットは帝国にいない。

 上層部は融通が効かないし軍部は規律が絶対だ。

 奇跡の機体を疎ましく思う量産型企業の派閥もある。

 今、帝国の未来は創八が握っているといっても過言ではなかった。

 メカニックとして、帝国の犬として、どうするべきか。


「……『沈黙は金、言わぬが花』。それが身の為か」

 だが、創八の推測と予感が正しければ、そう簡単にはいかないみたいだ。


 はあ、とため息を吐くと同時に、眼鏡の美女の顔が浮かんできた。

「僕は自律型だってのに……オペレートされている気分だ」

 忌々しくつぶやくのだった。


 ◇ ◇  ◇


 数日後、修理が終わったことを創八はセイクリッドに告げた。

「そうか。ごくろうさん」

 ごくろうさん。やはりらしくなさ過ぎる。というか、腹芸が出来なさ過ぎる。

 ボサボサ髪の金髪に、半そでTシャツにジーパン。およそパイロットらしからぬいで立ちだが、彼こそが帝国一のロボ乗りセイクリッド・モーメント、21歳である。


「見事なまでの破損個所でした。まるで、鞘を狙って避けたかのように」

 牽制のその言葉に英雄は怪訝そうな表情で直ぐ反応する。

「こう言いたいわけか。俺がわざと被弾した、と」

「セイクリッドさんがあの敵数で被弾すること自体が、不可能ですので」

「はは。それは俺を買い被りすぎだ」

「ここ数年間の貴方の動作履歴を落とし込んだ戦闘端末があるのですが、被弾の確率が何%だったか、聞きます?」

「…………」

「0%です。更に敵機体百機が半径500メートル内から同時多発攻撃を仕掛けてきた場合でも被弾率は0%です。なんとか被弾させようと、まずSEGの両腕と両足を捥いだ状態で、コクピットを目隠し、更にパイロットが凶悪宇宙インフルエンザに罹患している時のみ、5%の確率で被弾、とようやくなりました」

「…………バケモノじゃねえかよ。俺もロボも」

「なんとも返答しかねます」


「ぼーっとしてたんだよ」

「そんな脳波は見受けられませんでした」

「考え事」

「それでも貴方なら避けられます」

「……このクズ鉄野郎」


 創八は困ってしまう。下手すぎる。これならブラフの為に数年間にわたってわざと敵から被弾しておいて欲しかった。


「結論から言いますと、お金です」

 単刀直入に創八は言った。

「お金の為に、貴方はわざと被弾した」

「金なら稼いでるよ」

「それでは足りなかったんですよ。まったく」

「俺はお前の何倍も貰ってるぜ」

 月で50万帝国ドルは貰っている筈だ。帝国軍のエースパイロットだから、当然である。

「羨ましいです。だけど、帝国ドルが億、必要だったとしたら?」

「な、何で億も金がいるんだよ。亡命でもするって、のか」

「救命です」

「…………」

 そこまで言うと、セイクリッドは黙った。

「オペレーターのシンシア。彼女の弟は難病です。あなたはその子を救う為に、お金を稼ごうとした」

 これは裏を取ってはいない。ただ突き付けただけだ。だから、誤魔化そうと思えばいくらでも誤魔化せる。だが、彼は認めるだろうと、創八は予感していた。

「……認めるよ。あの忌々しいオペ女が弟の病気がってウジウジ泣きやがるから! この俺様がなんとかしてやろうって思ったのは、まあ、本当だ」

「……いや、好きなんでしょう……そういうの、マジでいいですから、だるいですから」

「は!? なんだってこの野郎」

 創八の吐き捨てたつぶやきを聞き、セイクリッドはいきり立つ。

「だが、それが俺の被弾と何の関係があるってんだよ」

 彼らには莫大な金が必要だった。それと被弾の関連性を創八が語る。

「ヤマハルコン、ですよ。先日までは無名だったヤマダ金属。その株価がグングン上がっていますね。誰かが被弾してくれたお陰で」

「…………」

「数か月で10倍に上がる見込みだそうです。100万帝国ドル買っていたとして、利益は1000万」


 金属会社の株価を上げる為にその部位に故意に被弾するなんて話、聞いたことがない。

 これがインサイダー取引、となるのか。それは特に気にしていない。彼の小遣い稼ぎ程度、上がもみ消す筈だから。

 それよりも軍部的に問題なのは、故意に帝国のロボを破損した、という事実である。帝国への背信行為は、アウトだ。


「俺を脅すのか?」

「え、いや、違いますけど」

「違う?」

 思っていた答えではなく、セイクリッドは目を丸くする。

「貴方を脅しても告発しても、帝国の不利益にしかならないじゃないですか」

「じゃあ、どうするつもりでこんな話をしてきたんだ?」

「それはこちらこそ。どうするつもりなんですか? まだ手術代には足りませんよね? まさか、また同じ所を被弾するつもり?」

「いや、次はさ! SEGの頭にツノあるじゃん? あれにわざと当てて。あれってただの飾りなんだけど、デザインした会社の株が今安くてさ!!」

 創八は大きくため息を吐いた。

「……これこそ本当の『株を守りて兎を待つ』ですね。話をして本当に良かった……。あのね、それを続けると流石の僕も看過できなくなります。連続して故意の被弾ですからね。確実に調査が入り、バレます。処分されますよ」

「……じゃあ、どうすれば」


「そもそも自機を傷つけるという前提を捨てて下さい」

「でもよ。敵機を破壊した所で共和国のパーツは帝国では作ってないし、敵国の株は買えねえじゃねえか」

「今回のヤマダ金属でいくら稼げました?」

「2000万帝国ドル」

「手術代、足りるんですか?」

「……足りない。1億3000万帝国ドル足りない」

 肩を落としたセイクリッドを初めて見る。


「セイクリッドさん。実は一つだけ、あるんですよ。敵機を攻撃して、稼げる箇所が」

「本当か!? どこだ?」

「…………」

 セイクリッドの問いに創八は黙って、そう、シンシアの様に、手の甲を掲げ、その後、小指を立てて見せるのだった。


 ◇ ◇  ◇


「さて、今週の帝国軍ピックアップ!」 

 アナウンサーが叫ぶ。テロップには『SEGの小指狩り! 共和国軍に大打撃!!』と輝く文字が。

「共和国無人ロボの小指狩りですが、昨日の出陣で2000本を突破しました」

 番組が用意した「小指メーター」には「2000」と電飾で表示されている。

「最初は何故敵機を破壊しないのか、と批判が出たのですが実は深い戦略がありまして。ですよね、ロボ工学に詳しい帝国大学のエディさん?」

「はい。実はロボの小指には戦闘での自動照準という重要なシステムが搭載されてまして。ここを破損すると機体は動かせるんですが、戦闘が成立しなくなります」

「わお!? 本当? でも、それってロボの弱点ですよね? テレビで放送しても? 当局にしょっぴかれない?」

 司会の不安をエディは一蹴する。

「あはは。弱点といえども、そこを狙って破壊するなんて、並のパイロットには無理です。普通に機体ごと破壊する方が百倍楽です」

「でしたら、セイクリッド氏の操縦は……」

「神業ですよ」

「ですが、何故また撃破せずに、小指だけを?」

「ここが絶妙な点でして。共和国のロボは無人ですが、小指を失って照準が効かなくなった機体は、当然帰還させて、自国の戦艦や内地のドックで修理しなくちゃならない」

「はいはい」

「この小指の修理というのが、メカニックからすると複雑で、頭を抱える作業なのですよ」

「ほう、それならもう帰還させずに自爆させちゃえば?」

「にしては機体全体の破損が少な過ぎます。小指の取り換えで修復可能な機体を数百機宇宙空間で自爆させた、という事が国民に知られたら大変な不満が出る。軍事費は国税ですから。小指修理は手間を考えなければかなり安価なのです。それに今の与党は平和共和党ですが、野党の自由共和党がその点の責任を追及してくるでしょうね」

「あー、共和国はジャーナリズムが強いですからね。その点、我が帝国放送は帝国の言いなりです」

 そう言って司会者がおどけたポーズをとると、スタジオが爆笑に包まれた。

「国民感情等を鑑みて、共和国はロボを嫌でも帰還せざるを得ないんですよね」

「共和国への嫌がらせという訳だ。さあ、そしてこの小指を作っているのが中間国の精密機器メーカーなのですが、搭載されている修正AIの性能が段違いとのことで、今現在帝国からも問い合わせが殺到して…………」


 ◇ ◇  ◇


「マジかよ。まったく機能しねえ」

 小指の接続を解いた状態の戦闘シミュレーションを操作し、セイクリッドは驚愕する。

 銃は愚か、ブレードすら相手に当たりはしない。

「小指の自動照準がなくても手動でいけると思うでしょ? 無理なんです。回避AIに躱されてしまいます。小指は大事なんです。ほら、力士も小指でまわしを握るから、小指を折ったら休場するって言いますし」

「??」

「失礼、滅びた国の国技の話でした」

「ていうか、中間国が小指製造しなけりゃ、戦争なくなんじゃね?」

「周辺国が許しませんよ。誰も平和なんて望んでないですから。戦争は儲かりますからね。勿論、小指を自作出来ればいいんですが、またこの中間国の小指が安い。独占してるんだからもっと吹っ掛ければいいのに。だから競合がいないんです」

「分かった。じゃあ、俺は小指を狩ればいいんだな」

「その通り」

 敵機の中で、唯一帝国にも同じものが流通している。それが小指なのだ。

「で、その前に中間国の小指の会社の株を買う」

「ええ。中間国なら株の売買も可能です。今、中間国ドルはとても値下がりしてますから。あと、単発買いなんてリスク抱えないで、他の小指関連銘柄も幾つか押さえておくんです」

「小指関連銘柄ってなんだよ」

「そうですね。小指に搭載された修正AIの部品関連株。指連想なら、人差し指型の差し棒作ってる会社や、薬指なら……指輪とか?」

 そして創八は意味ありげにニヤリと笑った。

「…………! てめえ」

「弟さんの手術も中間国で受けさせましょう。中間国の方が医療技術も上です」

「だけど共和国のロボは壊さなくていいのかよ。造反じゃねえの?」

「戦闘ロボが破壊されずに在庫が残るのも痛手なんです。メカニックの本音だと、全損の方が楽な場合もありますし」

「マジかよ」

「修理しなくていいですからね。それこそ、共和国の軍需財閥なんかはロボを国軍に大量に売り込めますし」

「あー、なんかたまに明らかにわざと壊されにきてる系の無人機、いるもんな…………」

「誰も損しないし造反にもならない。自機の持ち株企業の部品のみに被弾させるよりは、よっぽどね」


 かくして、小指狩りが開始された。


 ◇ ◇  ◇


 テレビの特集を見ながら、メカニックルームの面々が口を開く。

「こんなクレバーだったっけ。英雄様」

「メカニック目線だよね。全損200機より小指破損の100機来られた方が、絶対に嫌だもんな」

「共和国のメカニックがかわいそう……。絶対寝てないよ」

「で、それを送り出したらまた小指だけなくして帰ってくるんでしょ?」

「拷問じゃん……バレない様に遠隔自爆させるよ」

「それが、共和国じゃ国民にバレちゃうんでしょ」

「報道規制さまさまだな。帝国民で良かった」

 丁度そこに、セイクリッドがやってくる。

「お、ご本人様登場じゃん。珍しい」


「……お前達のチーフに用があってな」

 創八は席を立ち、二人はドックへと向かった。


「手術は成功した」

「お金は?」

「中間国の株でおつりがくる程儲けたさ。ええと、シンシアからも礼を」

「いえ。私は儲け方を教えただけですから」

「手術の段取りもしてくれただろ。で? 小指狩りは続けた方がいいのか?」

「やめましょう。遅かれ早かれ、小指を壊されたロボは自爆するようになります」

「はー、それだけ面倒くさいんだな」

「というか、財閥が文句を言います。新しいロボを作れずに在庫ばかり溜まるとね。儲けないと気が済まない人種ですから」

「財閥が儲かる為に、戦争があるんだな」

「なので、次は首狩りです」

「は?」

「鞘の次は小指、その次は首を狩って一儲けと行きましょう」

「首って言うけど、共和国の無人機、キョウワメタルってのが首に使われてて頑丈だぜ」

「はい。でも大丈夫です。既にSEGのブレードをヤマハルコン製に替えています。これなら首もスパスパ斬れます。ワイドショーも首メーターを用意してくれますよ」

 そこでセイクリッドは理解した。

「……ここでまた、ヤマダの株が、爆上がりするってことか?」

「はい。ああ、あと関連銘柄で時代劇チャンネルや、刀や骨董関連の先物取引もしておいて、損はないかと」

「……メカニックってより、トレーダーだな。アンドロイドが株やっていいの?」

「人間がパソコン使ってするのと何も変わりませんよ」

「やっぱり、ニホン人を模しているから、すげえの?」

「さあ、ニホンは滅び、ニホン人もいませんから。一応ニホン人がベースですけどね。ですが、僕は帝国の利益になるようにプログラミングされています」


 セイクリッド・モーメントを帝国に留まらせること。それが帝国の利益。

 恩を売って、損はない。


「そうか。ソウハチ、だったな。俺のことはセイと呼んでくれ」

「……はい、セイ」

 そして、セイクリッドは上機嫌に去っていった。


 認められて嬉しい気持ちはあるが、創八も、ただオペレートされただけだった。

 彼女から。


 確信が持てずに「上に報告するしかない」と言ったのは、降参の証だった。ヒントをくれないと告げ口するぞ、と暗に伝えたのだ。

 なので、彼女はヒントをくれた。

 彼女から見せられたものは、薬指の指輪だった。

 それを見た創八は、彼女が自分の任務を果たしたことを知った。

「セイクリッド・モーメントと恋仲になり、帝国に留まらせる」という任務を。

 それを知った創八は、セイクリッドが造反にならないように振舞う以外、なかった。でなければ創八が帝国の利益を損なうことになってしまうからだ。

 指輪を見せつけるだけで、シンシアは創八の行動を決定づけた。

 セイクリッドの想いが暴走していることを創八に気づかせ、修正させたのだ。まさに創八を照準修正用の小指として利用したというわけである。

 更にはついでとばかりに自分の弟の手術代も手に入れたのだから、たいした女だ。


「……これが本当の『ロボの小指、女性の薬指』ってやつか」

 特に意味もないその言葉を、さも意味ありげに創八はつぶやき、ドックを後にした。

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― 新着の感想 ―
巨大ロボ好きなので読み始めましたが、謎解きに引き込まれてあのオチ!面白かったです。 他にどんな小説書いている方かと思って作者ページを拝見すると、異世界落語の人だ!(失礼)となりました。 次回作も期待し…
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