02
ラングレード辺境伯であるお父様の、一日独占権をもらった日。
私は早朝から張り切ってお弁当を作った。
さすがにお父様と私だけとはいかず、冒険者登録済みの専属侍女マイラと、父の側近ダズさんの分も必要だ。
手づかみで食べることを考え、爆弾おにぎり各種と、おかずクレープ各種だ。
具材にハンバーグや唐揚げ、ナギラの蒲焼き、卵焼き、鶏そぼろ、ポテトサラダなどを、料理長にも手伝ってもらい、作り上げた。
この具材ならおにぎり、この具材ならクレープと、料理長と試作をつまみながら作っていく。
ついでに料理長は大量に追加作成し、屋敷のみんなの昼食にするとのこと。
爆弾おにぎりは新しいレシピだと、ホクホク顔だ。
見た目で具材がわからないギャンブル性が、みんなに面白がられるだろうと、ウキウキと具材を仕込んでいた。
あとはパンケーキを焼いて、手でつまめる程度の大きさに切り、焼きたてを魔法空間に収納した。
花蜜を採取して、かけて食べる予定だ。
場所はメノアという街の近くにある森だ。
エルランデ領域だが、マスクル領に近い場所で、王都の森より少しは手応えのある魔獣が出る。
とはいえマスクル基準では弱い魔獣だ。
実は私、座標型の転移だけは、学園の長期休暇で辺境に帰ったときに、マスターしたのです。
フリーディアちゃんの冤罪事件解決のため、マーベルン先生に転移魔法を使ってもらった際、転移魔法の習得を強く勧められた。
長期休暇でその特訓がなされ、座標型転移だけは、出来るようになりました。
転移先に魔方陣を用意しておくことで、その場所に転移できるようにしている。
転移魔法は、事故を防ぐために転移先の空間をまず切り離して整え、そこに転移をするという仕組みだ。
前もってその空間を確保する魔方陣を設置するのが、座標型転移だ。
前準備なく、行ったことのある場所への転移魔法もあるが、そちらはかなり難易度が高い。
なぜなら遠隔で、感覚のみで、転移先の空間を整えるという離れ業が必要だから。
マーベルン先生からは、成人までにはそちらも覚えようねと、言われている。
あのとき無茶振りをしたと思ったが、先生の無茶振り返しがひどい。
ちなみにその転移の勉強で、時間停止型の空間収納がなぜ稀少なのかに気づいた。
空間魔法として最初に学ぶことが多いのは、転移魔法に必要な空間の切り離しの概念だという。
それは実際にある周囲の空間を、切り離すという概念だ。
私はマーベルン先生から、転移は後回しで、先に収納魔法を教わった。
そのときに、別次元の空間という概念で、収納空間を作るように言われた。
空間どころか時間軸も飛び越えた、別次元という概念。
そこが肝だったのだ。
別次元の空間という捉え方が、なかなか難しい。出来る人が少ないという。
でも私はできた。なので時間停止の収納魔法が使えるようになった。
もし転移魔法を先に習得していた場合、時間停止なしの収納になっていたと思う。
空間というものの捉え方が、違うからだ。
そのことに気づいて、先に収納魔法を教えてくれたマーベルン先生は、やはりすごい先生だと思った。
メノアの街の近くには、ラングレード辺境伯家で購入した小屋がある。
そこに転移の魔方陣を設置し、狩猟や採取に来られるようにしていた。
最近はゴルダさんとの森歩きは、もっぱらこちらの森になっている。
この小屋の確保も、お父様にして頂いたので、わがままだったと思うのだけどな。
お父様としては、王都で仕事漬けのときに、マーベルン先生に連れてきてもらうから、自分たちのためでもあるという。
戦闘民族マスクルは、机仕事ばかりだとストレスがたまり、脱走して魔獣討伐などで体を動かしたくなる。
お父様はマシな方だけれど、そういう気分になることは、よくあるそうだ。
そんなわけで、この日もお父様は、魔獣が出ると絶好調だった。
フッと気合い一閃で、魔獣が出てきたと思ったらもう片付いている。
「お父様、すごい! あれを一瞬で倒すなんて、すごいです!」
冒険者基準での魔獣討伐レベルでは、Bランク相当の魔獣だった。
そこそこ強い冒険者たちが、数人がかりで倒すやつだ。
それを単独で一閃。
解体はあとでと、魔法空間に放り込む。
後始末がなくて楽でいいと、お父様は笑っている。
おいしいお肉だからね。解体してもらって、みんなで食べたいものだ。
「お父様、あの鳥形魔獣、図鑑で見ました! おいしいやつです!」
「よし、任せなさい」
お父様は大柄な体格だが、身体強化のスピードタイプというか、気がついたら鳥型魔獣の傍にいて、また一閃。
動体視力が追いつかないと、瞬間移動でもしたのかと思うほどのスピードだ。
身体強化も頑健型とスピードタイプなど、少しずつクセが異なる。
ダズさんは頑健型で、一撃がとにかく重い。そして相手の攻撃が通りにくい。
なのでお父様を本当に守らなければならないときは、盾になるという。
そんな事態はあまり想像がつかないが、隣国との戦争の際、横から出てきた特殊魔獣にお父様はうっかりやられたという。
もちろん倒したが、崖から落ちて治療が遅れ、長く怪我から回復できなかった。
ポーションの治療は、怪我から時間がたつと治りにくくなるのだ。
あのときは、色々あってダズさんたち側近とは、はぐれてしまっていたという。
そんなふうに、父やダズさんは魔獣を討伐し。
私は目についたものを採取していく。
「この花蜜は、こう自然に液が流れるものを採取して、最後このくらい残すのです。最後まで入れると、えぐみが出ます」
「そういうものか。アリスはよく勉強しているね」
採取で知識を披露すると、お父様に褒められる。
そしてお父様が魔獣を倒すのが格好良くて、テンション高く褒め倒す。
お昼が来て、具材のわからない爆弾おにぎりを皆で食べて。
何が出たかと盛り上がり、食べたいものの予想をつけて、外れて笑ったり。
最後の休憩では、魔法空間に入れていた焼きたてパンケーキに、採取した花蜜をかけた食べた。
王都の森で採取できる胡蝶花の花蜜もおいしいが、この季節のこの場所でだけ採取できる花蜜も、ほっぺた落っこちるほどおいしかった!
同行していたマイラとダズさんも、とろけそうな顔をしていた。
もちろんお父様もだ。
お父様は甘い物が好きだが、あまり大っぴらにしていない。
でも、おいしそうに食べるので、屋敷の中ではバレバレだったりする。
料理人たちも、お父様のデザートは大盛りにしている。
私もとっておきの甘い物は、お父様の執務室に突撃して、一緒に食べようとする。
なので私には、お父様も甘い物好きを隠していない。
隠している理由を訊いたら、以前貴族女性に、甘い物は苦手だろうと決めつけられたそうだ。
その人は、男の人の甘い物好きは、みっともないと言っていたらしい。
特にお父様のような美丈夫には、似合わないと力説されたそうだ。
それを聞いて、みっともないなら隠さなければならないと、思ったそうだ。
私には、その貴族女性の価値観の方が、どうかと思う。
甘党男子も可愛いじゃないか!
かっこいい男性が、可愛い面があるとか、最高ではないか!
それがわからないとは、何とも勿体ない話だ。
帰り道に、父が少し気まずそうに言った。
「今日のコレは、アリスティナではなく、私へのご褒美ではないのか」
どうやら今日の森への遠足は、お父様も満喫してくださったらしい。
私へのご褒美で付き合ったはずなのに、自分ばかりが楽しんでいないかと、心配になったと言う。
私としては、お父様も私もどちらも嬉しい休日だったなら、何よりだと思う。
でもやはりお父様としては、私へのご褒美という判定に、ならなかったらしい。
ご褒美、難しい。
改めて宝石や装飾品などはどうかと訊かれ、それなら魔宝石が欲しいと希望した。
魔宝石に陣を刻んで、魔法効果のある装飾品を作ってみたいのだ。
結局は素材かと、お父様は苦笑していた。
私としては、お父様と一緒にいた一日は、いちばんの贅沢だった。
忙しい辺境伯を、独り占めしたのだから。
魔宝石に陣を刻んで魔法を入れる技術は、魔道具のベルヘム先生も出来ると以前聞いていた。
なので買ってもらった魔宝石を先生に見せると、眉を寄せられた。
「買ったものより、特殊魔獣の魔石を自分で加工した方が、アリスティナ様なら、いいものが出来ると思う」
なんと、魔宝石は高魔力な特殊魔獣の魔石を加工して、作れるらしい。
そして自分で加工して作った魔力を馴染ませた魔宝石の方が、効果の高いものが作れるという。
私の魔法空間には、魔石も色々とある。
魔道具に使うには高ランク過ぎる魔石は使えず、今まで死蔵していた。
それらが良いのではないかというのが、ベルヘム先生の意見だった。
以前、ゴルダさんたちからもらったお土産が、いくつか該当した。
あとお父様にその話をしたら、手持ちの特殊魔獣の魔石をいくつもくれた。
まずは魔宝石に加工する技術を教わった。
高魔力な魔石に、魔法素材になるよう自分の魔力を均一に浸透させていき、むらなく色味がきれいに変われば完成だという。
そしてまた夢中になった。
加工時のわずかな魔力の込め方や、元の素材の性質で、色味が様々に出るのだ。
青でも濃さや深みが違ったり、赤系統や琥珀っぽい色など、意外な色に変わるのが楽しい。
均一に魔力を馴染ませるのが難しく、最初のうちは斑の模様が出てしまった。
それらは魔道具の魔石としてなら利用できるというので、別枠で置いておく。
きれいに色が出たものだけを、魔宝石として扱う。
少し焦がしたパンケーキのような色を、ゴルダさんの瞳っぽいなと思った。
夜明け前のほんのり明るくなってきた青は、お父様の瞳の色だ。私も同じだ。
紫色っぽい中に、殿下の瞳も見つける。
あと少し違ったラベンダーっぽい色味は、フリーディアちゃんの瞳。
レオルド様やロイド様っぽいのもあるなと思って、ふとそれらは横によけた。
装飾品は、身内か婚約者から贈るものだ。
それ以外からだと、下手をすれば求婚と取られる可能性もある。
女の子同士でリボンなどを贈り合う程度はともかく、基本的に高価な装飾品を贈るのは、マズイ。
なので、作るとしたら、お父様とゴルダさん、そしてライル殿下だ。
そして本番の、魔法を入れ込んだ魔宝石の製作に入った。
魔宝石の技術は、魔道具造りとはまた異なる。
効果の方向性を決める陣を刻み、込める魔力のイメージで効果が変わるという。
ただし、陣と魔力を込めるときのイメージが異なると、効果は激減する。
守護の陣で、全方位バリアは有効だが、攻撃イメージにしてしまうと、ほぼ効果がない。
でも守護メインの、相手の攻撃を反射する場合、主体は守護のイメージであれば効果が発揮される。
そしてコツは魔力を込めすぎないこと。
容量を超えると、せっかく加工した魔宝石が割れるそうだ。
なので練習用に、魔力は均一だがきれいな色にならなかった魔宝石で、守護の陣を刻み、魔法を込めてみた。
このくらいかなと思って止めたつもりが、割れた。
なるほどと、次に練習用になる魔宝石を手にとり、作業を続ける。
夢中になると睡眠時間を削りそうになり、マイラに止められる。
学園の後期授業もあるので、少しずつの作業になる。
魔宝石の加工の練習から始まり、ひと月ほどかけて作成した。
お父様とゴルダさんには、戦闘の邪魔にならないように、体の表面に薄くシールドが出るタイプをイメージした。
お試しで作ったものを、ダズさんに渡して試してもらうと、狙った効果が出てくれたので、心の中で拳を突き上げた。
ダズさんにはそのままプレゼントした。
ダズさんも私のお父さん的な人なので、誤解は産まない。
自分が一番にもらったと、なぜか喜ばれた。いや、試作品だから。
そして完成した魔宝石をブローチにして、お父様にプレゼントをしたら、結局は自分に返ってきたと、喜びながらも落ち込まれた。
いや、私も作ってて楽しかったから、素直に喜んでください。
ゴルダさんに渡すときは、その仲間のデオールさん、アダムスさん、ジオさんにも試作品だったものを渡した。
こちらは少し金具をつけて、根付けのようなものにした。
ゴルダさんのものだけ、こだわりの瞳の色だったので、他の三人には少し拗ねられたけれど。
だってゴルダさんは私のお父さんだもん!
そう主張すると、ゴルダさんが感激していた。
さてさて、ライル殿下には、他の人たちとは違う効果にしてみた。
基本的に荒事をされるわけではないのだから、ここはちゃんとした結界効果のある、身を守るものにしたい。
殺意や衝撃、危機感で発動する結界タイプだ。
手を広げた範囲くらいを、きっちり覆うタイプだ。
そして明確な物理攻撃と魔法攻撃は、反射する効果もつけた。
あまり効果が強すぎると魔宝石の消耗が激しくなるのだが、発動する機会があれば、という話だ。
発動する状況なら、是非とも身を守ってもらわねばならないのだから、これでいいのだ。
こちらもマイラに試作品を渡して、試してもらった。
効果は確認できたが、攻撃魔法が本当に跳ね返ってきて、驚いて涙目になった。
弱い魔法な上、自分でも結界魔法は展開していたので、無事だったけど。
侍女頭のテネッサに目撃され、マイラともども小一時間の説教をされた。
マイラに巻き込んでごめんねと、こっそりと謝った。
婚約者へのプレゼントなので、お父様のものと同じように細工師に依頼をして、洒落たブローチにしてもらった。
殿下の誕生日にお渡しすると、こちらも感激された。
あとアルトさんが拳を突き上げていた。
うん。殿下は危険が多かったらしいからね。アルトさんも苦労してきただろうね。
後日、殿下から自慢されたロイド様とゼネス様、そしてロイド様から聞いたレオルド様が、私に依頼してきた。
自分と婚約者セットで、魔宝石の装飾品を作りたいのだが、魔宝石部分の加工をしてもらえないかと。
ロイド様とナナリーちゃん、ゼネス様とメリルちゃん、レオルド様とフリーディアちゃん。
みんな私のお友達だし、それっぽい色はあったけれども!
私は職人ではない。
だからそこ、フレスリオ様まで依頼してくるの、やめてもらえませんかね!
本編エピローグで、贈り人の例で出した物語が、例に出すために設定を考えたら面白くなってきたので、本格的に書こうと準備をしています。
なので、こちらは本当にまったり更新で遅くなります。
他にアリスティナの曾祖母の話で「前世将軍だったおっさんが辺境伯家の令嬢になっていた件」というタイトルの話も考えてみたのですが、そちらは私に書き切れる気がせず、放置決定となりました。