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9 悪役令嬢、ヒロイン虐めを決意する

 翌日には、魔法学園は光の聖女カレンの噂で持ちきりだった。

 午前の最初の講義を受け、休憩時間に次の講義で使用する書籍を確認していたリーゼ目の前に、影が落ちた。

 いつもはリーゼを待ってくれている友達たちの姿はなく、目の前で影を落としたのは、この国の後継者であるラテリア王子と取り巻きの男子数人だった。


「リーゼ、話がある」

「お昼までは待てないのですか? ラテリア様」


 ラテリアの取り巻きの男たちは、公爵家や伯爵家に連なる子息たちである。

 エクステシア公爵令嬢のリーゼと婚約中でありながら、別の公爵家の男子を従えていること自体、リーゼに対する威圧であるかのように感じられた。


「昼休みまで待ったら、その間にまた、リーゼはカレンに嫌がらせをするだろう。カレンに謝るように言ったはずだぞ。リーゼもわかっているはずだ。現在の人間全体にとって、光の聖女がどれほど大切か」

「私が? カレンに嫌がらせを?」


「ああ。昨日、カレンにひどい嫌がらせをしたんだろう。大事な服を切り刻まれて、ゴミ箱に入れられ、泣いていたカレンが、有り余る才能でドラゴンを召喚したそうだ。まだ小さく、可愛いドラゴンかもしれないが、ドラゴンを召喚できる人間なんて聞いたことがない。しかも、そのドラゴンを従えたとなれば、カレンはまさに人間族の希望だ。いくらリーゼでも、これ以上、カレンに付きまとわせるわけにはいかない」


 リーゼは、熱っぽく語るラテリア王子を凝視していた。

 たしかに、昨日リーゼとカレンの前に、小さなドラゴンが立ちはだかった。

 リーゼはカレンに何もしていない。虐められていたのは知っている。昨日見かけたときは、酷い有様だった。


 だが、リーゼはカレンを助けようとしたのだ。助けようと手を伸ばし、突如出現した小さなドラゴンに跳ねのけられた。

 小さいとはいえドラゴンだ。本当にカレンの力で召喚したとすれば、稀有な力の持ち主なのは間違いない。それに、事情はどうあれカレンを守ろうとして立ちはだかったドラゴンと事を構えることはせず、リーゼは、昨日はカレンに触れもせずに寮の自室に戻ったのだ。


「私は何も……いえ、カレンが言っているのですか? 私に、嫌がらせをされたと?」

「さあ。それはわからない。カレンは優しい娘だ。リーゼを名指しして非難したりはしないだろう。だが、カレンが酷い虐めを受けていたのは間違いない。リーゼの友達連中が、カレンを虐めているのを見られている。リーゼの指示じゃないのか? リーゼが命令して、カレンを虐めさせていたんだろう」


 リーゼは諦めた。自分が何もしていないと言っても、リーゼの友人達がカレンを虐めたというのは事実なのだろう。布切れを抱えてゴミを被っていたカレンがいるロッカールームから、笑いながら出て来た友人たちの姿も見ているのだ。


 リーゼの友達たちの行動の評価は、最も地位の高いリーゼに跳ね返ってくることは、自覚しなければならない。

 リーゼ自身が何もしていなくとも、リーゼがやったこととして認知されるのだ。


「そうね。だってカレン、平民の出のくせに、光の魔法に適性があるからっていうだけで、調子に載っているんですもの」


 光の魔力に適性があるからといって、調子に載っている。リーゼは、カレンがそう噂されるのを聞いたことがあった。だから、口にした。リーゼ自身は思っていなくとも、リーゼが虐めたことになっている以上、否定する意味はないと考えたのだ。


「……リーゼ、もうわかった。カレンと仲良くしてくれと言っても無理なのだろう。頼むから、カレンに近づくな。それを守ってくれたら、僕からは何も言わない」

「ええ。それがいいみたいね」


 リーゼは、カレンに恨みはないし、ラテリア王子に贔屓にされていること以外は、憎くもない。だが、ラテリア王子に誤解されるなら、むしろ近づかない方がいいのだろうと感じていた。


「頼んだぞ」


 ラテリア王子と、取り巻きの子弟達が立ち上がる。

 ラテリア王子の取り巻き達がいるのは、これが初めてではない。だが、いつもリーゼに優しかった。決して、無言で睨みつけたりはしなかったはずだ。

 リーゼは、次に出席するはずだった講義には向かわなかった。


 ※


 リーゼは昼食時に、いつもの友人達に囲まれていた。


「光の聖女カレン……」


 賑やかに談話していた友人達が、リーゼの呟きと同時に押し黙った。

 まるで、世界が呼吸を止めたかのような静寂が訪れた。


「リーゼ様、あのような下賤の者のこと、気になさる必要はございませんわ」


 いつものミディレアがリーゼに笑いかける。


「あの子、私を怖がっているみたい。それに、ラテリア様の態度……残念だけど、もう決まりだと思うわ」

「リーゼ様、それ以上は……」


 父を将軍に持つマーベラすら、首を横に振る。


「ラテリア王子は、随分お気に入りみたいね。あの女のこと」


 リーゼは言った。同時に、友人達が顔を見交わした。

 リーゼの目から、涙が溢れた。

 夢で告げられたこともある。リーゼは悪役令嬢にならなければならない。だが、その過程で何が起きるのかは、何も告げられていない。

 あえて悪役を演じるよう意識しなくても、愛する男を奪われたら、憤るのは当然だ。


「許せませんわ」

「身の程を教えてやりましょう」

「でも……ラテリア様から、あの女に近づくことは禁じられてしまったわ」


 リーゼは爪を噛んだ。ラテリア王子もカレンも許せない。先ほどまで、特に気にしていなかったのに、突然二人を憎く感じた。

 ラテリア王子に誤解されていると知ったからかもしれない。あるいは、これがリーゼの役割なのかもしれない。


 夢のお告げがなければ、リーゼは我慢したのだろうか。

 いや、夢での約束を守らず、王を呼び捨てにしなければ、リーゼはなにも知らず、ただ人間の滅びを受け入れるしかなかったのだろう。

 リーゼがなにも知らず、ラテリア王子は光の聖女カレンと共に、仲良く死んだのかもしれない。おそらくそこに、リーゼの居る場所はなかったのだろう。


「……まずは証拠……それから、報復の手段を考えましょう。リーゼ様、母の力を借りることをお許しください」


 リーゼの友人の1人、大魔導士を母に持つヌレミアがリーゼの手をとった。

 リーゼの友達は全員が貴族だが、リーゼの肌に触れることを許しているのは、マーベラとヌレミアだけだ。


「こちらこそ、お願いするわ」


 人間は1人残らず死亡する。リーゼには、もはやそのことを疑うことができなくなっていた。


 人間の滅亡予告日まで97日

 魔族が滅びるまで107日

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