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8 悪役令嬢、光の聖女を追いつめる

 リーゼは、公爵令嬢という立場を使用し、光の聖女カレンの記録を取り寄せた。

 リーゼは魔法学園の寮で生活しているが、家族の元を離れる経験をするためであり、公爵である父もその夫人である母も、歩いていける場所に邸宅を構えている。


 朝、足を延ばして父である公爵家の王都邸を訪れ、一年の半分を王都で暮らす、父でもある公爵と面談した。

 公爵に頼み、ラテリア王子に命じられたと言った結果、昼休みには生徒記録の閲覧を許されていた。


 リーゼはカレンの生い立ちから、魔法学園に入学するまでの記録を読もうとした。

 平民の娘の記録は多くなかった。

 光の聖女カレンの生涯は、現在のところ紙一枚で収まる程度のものなのだ。


「マーベラ、光の聖女様の予定はわかる?」


 昼休み、生徒記録からは何も読み取れなかったリーゼは、親友のマーベラに尋ねた。

 魔法学園には、クラス分けやホームルームのようなものはなく、自分で受けたい講義を選択する。

 誰がいつどこの講義に出るのか、知るには本人の行動を把握するしかない。

 将軍の娘であるマーベラは、令嬢というにはやや豪快に昼食を摂りながら答える。


「午後にある薬草学の授業によく出ているようです。リーゼ様は、薬草学は受講していないと思いましたが」

「ええ。でも、光の聖女様ですもの。ちょっとご挨拶をしておかなくちゃね」


 リーゼが言うと、昼食の機会に公爵令嬢であるリーゼの周囲に集まってきていた、友人達の何人かが薄く笑い返した。

 友人達の笑みに奇妙な違和感を覚えながら、リーゼは昼食を終えた。


 ※


 残念ながら、薬草学の講義にカレンの姿はなく、リーゼは学園の講義が全て終わるまで、カレンを見ることはなかった。

 リーゼが諦めて帰ろうとした時、友人の一人であるミディレアに呼び止められた。


「リーゼ様、カレンをお探しでしたら、二階のロッカーロームにいるようです」


 ミディレアは、くすくす笑いながら言った。


「あら、ありがとう。でも、どうして私がカレンを探していると知っているの?」

「マーベラたちから聞きましたから」

「そう。みんなで探してくれたの? 大した用があったわけではありませんのに」

「はい。存じております」


 笑顔のまま丁寧に腰を折るミディレアの態度を不自然に感じながら、リーゼは教えられたロッカールームに向かった。

 リーゼが向かったロッカールームから、ちょうどマーベラたちが出てくるところだった。

 リーゼは、マーベラに笑いかけられる。


「リーゼ様、ご安心ください。もう大丈夫です」


 マーベラとヌレミアが、優雅に腰を折った。2人が笑いながら遠ざかった。

 リーゼはずっと微笑みをたたえていたが、2人の姿が視界から消えた瞬間、ロッカールームに飛び込んだ。


 ※


 ロッカールームとはいえ、貴族の子女たちが着替える場所である。

 大きなクローゼットが並び、鏡台も着替え用の仕切りもある。

 リーゼが入った時、部屋の隅に破れた服の塊があるのがわかった。


「ひっ……」


 布の塊だと思っていた物が、声を漏らした。

 びくりと震えた。

 怯えている。


「お、お許しを……」


 布の塊に見えたのは、光の聖女カレンだった。

 リーゼは、真っ直ぐに進んだ。

 光の聖女と呼ばれる少女は、破れた服を抱きしめるように肩を抱き、薄汚れた下着の山に埋もれていた。髪は不揃いに切り刻まれている。


 朝もカレンとは会っていた。リーゼが一目で平民だとわかったように、洗練された服装ではなかったし、高価なものは身につけていなかった。

 だが、少なくともぼろ布を抱き締めてはいなかった。

 朝はきっちりと束ねられていた髪が、カマキリの群れに遭遇したかのようにばらばらになっている。


「……カレンね」

「お願いです。もう、私に関わらないでください」

「あなた、光の聖女さまでしょう? そんなことで、人間を導けるの?」


 リーゼの言葉がきつかったのだろうか。カレンは汚れた下着を握りしめ、涙を流した。


「わ、私が光の魔法を使えるのが悪いのですか? 私が、望んだものではないのに……」

「あなた、何を言っているの?」


 リーゼには信じられなかった。光の魔法を使えるという存在は、人間の中でも極めて希少だ。産れながらに力を持ち、その力を人間のために使わないという選択が、理解できないのだ。

 平民の娘だからといって、布の切れ端を抱きかかえている必要があるはずはない。リーゼは座り込み、背中を壁にしたカレンはもはや下がれず、かき集めるように抱えていた布切れに手を伸ばした。


「……どうしたの?」

「じ、自分の服を縫うつもりで、裁縫の先生から頂いたんです。先生からは、私の縫製技術を評価していただいて……楽しみにしていたのに、誰かが……切り刻んで、ゴミ箱に捨てたんです」

「この髪は?」


「ゴ、ゴミ箱から布を集めていたら、お尻を押されて、ゴミ箱の中に入ってしまって……ゴミがついた髪を綺麗にしてあげるって言われて……無理やり、ハサミで……」


 カレンの声は擦れていた。顎の先から、水滴がこぼれた。

 酷いいじめだ。

 リーゼがカレンの髪に手を伸ばす。カレンは怯えたようにぶるりと震えたが、逆らわなかった。


「お裁縫も、貴族令嬢の嗜みとしてなら可愛いものでしょうけど、自分で服を作れるような技術は、反感の対象でしょうね。お裁縫も整髪も心得はないけど、少し綺麗にしてあげましょう」


 カレンに対しては腹を立てていた。力を持つ者が、自分の力を否定するような発言をしたことに、苛立っていた。何より、人間を滅ぼす存在の魔族を受け入れようとする姿勢が嫌だった。

 だが、婚約者であるラテリア王子が贔屓にしている。カレン個人に恨みがあるわけではない。

 リーゼは、カレンに優しく接しようと思った。その手が、何かに阻まれたように弾かれた。


「カレンを虐める黒幕め! これ以上、カレンにつきまとうな!」


 驚くリーゼの耳に、突然第三者の声が響いた。

 リーゼが周囲を見回そうとする。


 周囲ではなくリーゼの目の前、カレンとリーゼの間に立ち塞がるように姿を表したのは、二本足で立つ小さなドラゴンだった。


 人間の滅亡予告日まで98日

 魔族が滅びるまで108日

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