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私が悪役令嬢にならないと人間が滅亡するらしいので  作者: 西玉


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78/78

78 私が悪役令嬢になったから、人間は滅びずにすみました

 リーゼは公爵令嬢だった。

 生粋の大貴族であり、王族に名を連ねてこそいなかったが、王族の血筋も引いている。

 どんな罪を犯そうが、通常の牢屋には入れられない。


 貴族を閉じ込める専用の塔がある。

 だが、リーゼは牢に入れられた。

 地下にあり、湿気が多く、不衛生であり、臭い。

 そのような場所で、リーゼは過ごした。


 出される食べものは腐りかけていた。

 だが、リーゼは指折り数え、安らかに時を待った。

 リーゼが待ったのは、魔族が全滅すると予言された時である。


 リーゼがどう数えても間違いなく魔族がいなくなったと判断した後、リーゼは、ようやく解放されたような気分で、誘われるままに眠りについた。

 あるいは、リーゼを呼ぶ声がなければ、そのまま眠り続けたかもしれない。

 リーゼは体を起こした。


 牢は扉で塞がれており、中からは通路も見ることができない。

 牢の中に、老いた人物がいた。

 豊かな白髪を脱ぐと、見事に禿げ上がった丸い頭が露出した。


「陛下、どうしてこのようなところにいるのですか?」

「リーゼよ……魔族は滅んだ。突然、死に絶えた。リーゼ……そなたには、わかっていたのか?」


 王の口からその事実を聞き、リーゼは改めて胸を撫で下ろした。

 全ての魔族が憎かったわけではない。

 面倒を見てくれた侍女のシャギィ、友達だと言った魔族将軍レジィ、夫となった魔王は、最後までリーゼを愛していた。


 だが、魔族が滅びなければ、人間は生きられない。

 リーゼは、やり遂げたのだ。


「何を、でございますか?」

「余は世継ぎを、宮廷魔術師は後継者を、大将軍は新しい力を、全て失った。だが、その全ての犠牲で、魔族を滅ぼせたのなら、あの子らの犠牲は無駄ではなかった。余は、そう信じていいのか?」


「魔族の死因はなんですか?」

「病死だと思われる。だが、不自然だ。魔族は病気にはかからないと言われていた。なぜ、このタイミングで突然、そのような病気になったのだ? どうして、人間には何ら影響がない?」


「私に、そのようなことがわかるはずがありません」

「……そうだな。その通りだ。だが、あえて聞こう。もし、リーゼが魔王の妻とならなかったら、人間は今日まで生き延びられたのか?」


 リーゼは迷った。言うべきだろうか。

 それは違う。

 リーゼは感じた。

 ただ、何も知らせないのも、不義理に感じられた。


「私に、わかるはずもありません。ただ……私が魔王城に着いた頃、今からひと月以上前ですが、魔王軍は、人間を滅ぼすために全軍をあげて出発しようとしていました」

「なんと! では、それをどうやって止めた? いや、長引かせたのだ?」

「お分かりでしょう」


 リーゼは、自らの手を見せた。

 小指がない。

 リーゼは、魔王の気を引くためのあらゆる手段を講じた。

 自分の指を切り落としたのも、その一環だった。


「なるほど。実はなリーゼ、魔族の恐怖から解放され、国民は娯楽を求めておる。大きな祭りを催し、その最大の見せ物に……」


 国王は口を濁した。

 リーゼは微笑んだ。


「国を売り、勇者を殺害した、悪役令嬢の処刑を求めているのですね。陛下……陛下はまだ、国王であらせられますか?」

「……すまん」


 国王は、初めから王冠を脱いでいた。

 リーゼは察していた。

 国王は、退位させられたのだ。

 退位させられた上で、真実を知るために、リーゼに会いに来たのだ。


「何を謝るのですか? 私を、処刑したかったのではないのでしょう?」

「余に、もっと力があれば……」

「陛下、私は、ラテリアを死なせました。覚悟はできています。ラテリアと結婚していたなら、私は陛下を義父上と呼んだはずです。これからは、義父上と呼びましょう。義父上は、なにとぞご自愛を。長生きなさって下さい。そうでなければ、死んでいった者たちが浮かばれません。その中に、私も加わるのですから」


 王だった男は泣き崩れた。

 リーゼは、再び寝台に横になる。

 何度も謝りながら、男が出ていく。

 リーゼは再び眠りに落ちた。


 その後も、何度も寝ては起きることを繰り返した。

 何日も経過している。

 魔族が滅んでから、どれだけの月日が経ったのかわからない。


 その頃になり、再び面会を求める者が牢を訪れた。

 リーゼは目覚めていた。

 その姿を見ると、立ち上がり、膝をついた。


「お辞めなさい。私は、あなたを責めるつもりはないわ」

「いえ。ヌーレミディア様、私はヌレミアさんを……死から逃れさせられませんでした。ヌレミアさんは、拷問され、苦しみながら死んだのです。許されることはないでしょう。私に、死罪を告げにきたのでしょう?」


 リーゼが言うと、主席宮廷魔術師ヌーレミディアは、苦しそうに眉を寄せた。

 娘の最後を聞き、辛くなったのだ。


「あの子は、役割を果たしたのです。あの子があなたに渡した魔法薬が、現在の結果をもたらしたのでしょう?」


 ヌーレミディアは真っ直ぐにリーゼを見ていた。

 何を言って欲しいのか、リーゼには手にとるようにわかった。

 今更、自分を偽ることはできなかった。立ち上がり、告げた。


「わかりません。魔王領で再会した時には、ヌレミアさんはもう、言葉を話せる状況にはありませんでした。ただ……そうですね、ヌレミアさんが持ち込んだ魔法薬には、色々とお世話になりました」


 リーゼは、失った小指を見せた。

 ヌーレミディアは、寂しそうに息を吐いた。


「私にとっては、あの子が全てだった。あなたを信じ、あの子が苦しみながら死んだのなら、母親として、あなたのことは許せない。ただ……この国の主席宮廷魔術師としての私が、あなたが人間を生き延びらせるために全力を尽くしたのだと告げている。リーゼ……これを使いなさい。あなたの中に居る最後の魔族を、外に出せるわ。3日後、処刑人たちがこの牢を訪れる。その時、誰か1人を連れて行くでしょう。それが、赤子であろうと、死んでいようと、魔族を優先して連れて行くわ。それからあとは、この牢には誰もこないの」


 言いながら、ヌーレミディアは皮袋に入った瓶を置いた。

 リーゼは、今となっては懐かしい魔法学園の授業で、見たことがあった。

 中身を取り出す盗賊の小瓶と呼ばれる魔道具だ。

 小さくなった口を押し当てれば、中身だけを瓶の中に移すことができる。

 リーゼは、意識せずに手を自分の腹部に当てていた。


「お心遣い、感謝します」

「あなたの両親も、あなたを許しはしないでしょう。それでも、生きなさい。悪役令嬢になりきることもできたのだから、あなたなら、生き延びられるわ」

「ヌーレミディア様、厚かましいのは承知のうえですが、お願いが御座います」


 リーゼは、牢の中で再び膝を折った。


「……何かしら?」


 立ち去ろうとしていたヌーレミディアが、怪訝そうに眉を寄せる。


「いまや、全ての魔族が死んだはずです」

「ええ。そう願うわ」

「魔王城に、まだ人間が残っています。聖女と呼ばれたカレン、私の侍女エリザ、それと……ヌレミアさんとマーベラさんの侍女です。魔物が徘徊しています。自力では戻れません。助けてあげ下さい」


 ヌーレミディアは、大きく息を吐いた。


「ヌレミアの最後を、侍女なら見ているかもしれない。わかったわ」


 主席宮廷魔術師が応じた。

 リーゼは、安心して頷いた。

 再び1人になり、リーゼはただ、盗賊のへそくりと呼ばれる魔道具を見つめて過ごした。

 すでに、決心は固まっていた。


 3日が経過した。

 ヌーレミディアが処刑人と呼んだ者たちが、リーゼの牢の中に入ってきた。

 顔を覆う仮面をつけていた。

 おそらく、見えていない。


 ただ、自分達の役目を果たすことしか頭にないのだろう。

 リーゼの牢で、誰か1人を連れて行くはずだ。

 それは、魔族を優先する。

 処刑人たちは、リーゼの腕を掴んだ。

 リーゼは、静かに立ち上がる。


「さあ、連れて行きなさい」


 処刑人たちは、リーゼに言われるまでもなく、リーゼを処刑台に連行した。

 首吊り台でも、断頭台でもなかった。

 リーゼを待っていたのは、広場に立てられた杭と、大量の薪だった。

 簡単には死なせてもらえない。


 リーゼは、杭にしばりつけられた。

 民衆が叫んでいた。魔法薬を嗅がされた。臭いで分かった。簡単に死ねなくする薬だ。

 視界の端に、叫ぶ元国王の姿が見えた。

 遠くに、顔をしかめた魔術師が見えた。


 民衆の中に、両親の姿を見た。

 足元に、火が点った。

 煙が上がり、じわじわと、足が焼けた。

 焦げ臭い匂いに、脚の感覚がなくなっても、リーゼは意識を失わなかった。


 リーゼの体が軽くなる。

 肉体がみ燃え、腹から何かが転がり落ちたのだと感じた。

 リーゼの腹から出た赤子を、民衆が騒ぎ立てて殺した。

 リーゼは魔族を滅ぼし、多数の人間を生きながらせた。


 リーゼは、最後の瞬間まで、自らを罵る人々の姿を瞼に焼き付けた。

自分から悪役令嬢になったヒロインの物語、完結です。

最後までお付き合い頂いた皆様、ありがとうございました。

感想や評価を頂けると幸いです。次作への励みにします。

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