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私が悪役令嬢にならないと人間が滅亡するらしいので  作者: 西玉


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73 王国の人間たちとの再会

 魔王がリーゼの耳を塞ぐ。

 同時に、王城の前庭に降り立ったドラゴンが咆哮した。

 囲むように舞い降りたドラゴンと魔族将軍たちも耳を塞いでいる。

 空気が震えた。


 音は振動だ。

 魔王が使役する暗黒ドラゴンは、その咆哮で堅固な建造物すら破壊できるのだ。

 咆哮が続く。

 王城にヒビが入る。


 外壁が崩れ出した時、王城から光の矢が飛んできた。

 魔王の腕の一振りで、光が霧散する。

 暗黒ドラゴンが咆哮を止めた。

 王城から、大勢人間を引き連れて姿を見せたのは、ゴルシカ王国国王グルーシス3世だ。


 すぐ後ろに、リーゼを全権大使に推したリム大老と、現在では主席宮廷魔術師となったヌーレミディアが従っている。

 その周囲を、近衛隊と呼ばれる騎士たちが囲んでいた。


 ドラゴンに跨った魔王と将軍たちに対して、あまりにも脆弱な出迎えである。

 魔王がその気なら、簡単に全滅するだろう。

 国王に自ら出てくるという選択をさせたのが、おそらく自分の存在だと、リーゼは唇を噛んだ。


「魔王陛下とお見受けする」


 人間であれば十分に距離をとった場所で、国王は足を止めた。


「いかにも。余が魔王である。貴様は?」

「私は、ゴルシカ王国国王、グルーシス3世」

「そうか。死ね」


 魔王の攻撃手段は無数にある。

 リーゼは、魔王の前に飛び出していた。

 ドラゴンの背中の上で椅子に腰掛けていたリーゼは、咄嗟に飛び出し、魔王の前に立ちはだかって両腕を広げた。


「我が妻よ。どうした?」


 魔王が言い放つ。リーゼの背後で、人間たちがざわめくのが聞こえた。

 リーゼは全権大使として魔王領に向かった。

 だが、リーゼが魔王の妻となっていることは、知る由がない。


「陛下、約束が違います。勇者さえ殺すことができれば、残りの人間の処分は、私にお任せいただけるのでしょう? あれは国王ではあっても、勇者ではありません」

「ははははははっ! さすがは我が妻だ。よかろう。余を滅ぼせる人間は、勇者のみ。人間どもよ、勇者を差し出せ。さすれば、どう死ぬかは、リーゼが決めるであろう」


 魔王の言葉は、ただ話しているだけで怒声のように響いた。

 リーゼは、リーゼの言葉を受け入れた魔王を信じ、魔王に近づき、囁いた。


「旧知の者たちです。少しだけ、人間たちと話をさせてください」

「リーゼと人間が近づくのを、余は好まぬ」

「レジィや他の魔族たちとの浮気、許してあげますわ」


「……本当か?」

「次からは、私にわからないように、上手くおやりなさい」

「心得た」


 魔王は笑い、リーゼは魔王に背を向けた。

 魔王の指示で、暗黒ドラゴンが首を下げる。

 リーゼはひとり、ドラゴンの首を滑り降りた。

 蒼白な顔で、ゴルシカ国王がリーゼを見つめている。

 リーゼは、真っ直ぐに国王にむかった。


「人間最後の国王陛下に、ご挨拶を」

「リーゼ、無事だったか。ヌーレミディアから、リーゼが魔王と共にいるという報告がなければ、余がこの場にくることはなかった」


「承知しております」

「魔王領に向かう途中で、魔族に襲撃されたという噂があった。一時は、魔王領にたどり着く前に死んだのではないかと思ったぞ」

「私が死んでいたら、すでに人間は1人も生き残ってはいないでしょう」


 リーゼは小声で、国王は早口で捲し立てた。

 人前に出ることが当然の国王が、緊張している。


「やはりそうか。リーゼ、詳しく話せるか?」

「なりません。魔王様は、私が人間と触れ合うことを好みません」

「どういうことだ?」

「私は、溺愛されておりますので」

「……ほう」


 感心するように声を漏らしたのは、国王の背後で耳をそば立てていたリム大老だった。

 リーゼは、口の前に指を立てた。

 リーゼたちの会話は、どんなに小声で話そうと聞かれているだろう。


 無数の音が飛び交う中で、必要な会話だけを拾うことは難しい。

 だが、魔王をはじめ魔族の将軍たちがリーゼの一挙手一投足に注目している。

 リーゼは声を出さず、しかも短時間で意思を伝えなければならない。


「魔王軍は、私が魔王城に到着したおよそ一月前、人間を滅ぼすために全魔族を送り出すところだったのです」


 リーゼは口に出した。これは聞かれてもかまわない。逆に何も話さずにいれば、魔王は不審に思うだろう。


「なっ!」


 国王が絶句する。


「それを止めたのが、リーゼということなのですね?」


 主席宮廷魔術師であるヌーレミディアも、緊張した声を出した。

 リーゼは、ヌレミアの母親に告げた。


「私は、現在は魔王陛下の正式な妻です。たかが主席宮廷魔術師が軽々しい呼び方は慎むように」

「……人間を売ったのですか?」


 ヌーレミディアの声が尖る。国王が黙らせた。


「済まぬ。非礼を詫びる」


 国王の侘びは、リーゼの背後、やや距離をとって人間たちの様子を見ている魔王に向けられていた。

 人間の王とは、意味が違う。魔王は、魔族の中でも突出した強さを持つ者でなければ務まらない。


「ヌーレミディアの非礼は許します。私は、お嬢さんを守れなかったのですから」

「ヌ、ヌレミアは? 無事なのでしょう?」

「死にました」


 リーゼははっきりと言った。事実を誤魔化すことはできない。

 人間に優しく接することは、魔王が望まない。

 ヌーレミディアが膝を落とす。

 誰も慰めない。それどころではない。


「では、ラテリアはどうなった?」

「死にました」

「……そうか。せめて、最後は……」

「魔王陛下のお怒りをかいました。最後まで、愚かな殿下でした」


 王が拳を握りしめる。

 リーゼは真っ直ぐに王を見つめた。


「私と結婚してから、魔王陛下は人間のことなど忘れていました。必要がなかったのです。残された人間の戦力など、魔族にとっては脅威ではありませんでしたから」

「そなたの……いや、下手は言うまい」


 リーゼは頷き、続けた。


「なぜ、勇者を呼び寄せたのですか? 魔王陛下にとって、唯一脅威となる存在です。勇者さえ引き渡せば、人間の始末は私に委ねるとまで、魔王陛下はおっしゃったのです」

「我々とて、何もせずに滅びるわけにはいかんのだ。勇者を生き延びさせることができれば、希望はある。そう思うことが、なぜ悪い?」


 人間の側には、魔王城の出来事を知る術がなかったのだ。

 リーゼだけでなく、ラテリア王子の生死も不明だったはずだ。

 リーゼにしても、知らせる方法がなかった。


「魔王陛下に感知された以上、逃れることはできません。勇者を殺すまで、魔王軍はゴルシカ王国を破壊し続けます。ここにいるのは、魔王陛下と将軍のうち6人だけですが、全魔族軍がこの場所に向かっています」

「……人間が生き延びる方法は?」


 国王が苦しげにうめく。


「ありません。勇者を守って総攻撃を受けるか、勇者を差し出して、私の手で殺されるかです。魔族たちは、人間たちが勇者を守って、交戦する事を望んでいます。その方が、暴れられますから」

「リーゼ、そなたは、自分の手で人間を滅ぼすと言うのか?」

「はい」


 言いながら、リーゼは手を複雑に動かした。

 手話だ。

 通常、手話は耳が不自由な者が使用する。


 だが、王族や王族に連なる大貴族たちは、国の危機に際して独自の意思疎通の手段を構築していた。

 リーゼは公爵令嬢である。

 王族に連なる大貴族の令嬢として、幼い頃から教え込まれていた。


『人間は、どの程度生きられる?』

『10日後に、魔族は滅びます。そこまで、私が引き伸ばします』

『本当か?』


『予言のようなものです。ですが、それを信じるしかありません』

『では、勇者を差し出せば、人間はこれ以上、死なずにすむのか?』

『私を信じてください』

『わかった』


 リーゼが人間を自ら滅ぼすと宣言するの同時に、手話も終わっていた。


「少し、時間が欲しい」

「お早く。いつまでも待たせられません」


 リーゼが上空を振り返った。

 魔族軍の将軍たちに遅れること数分で、まだ若いドラゴンたちに跨った魔族の兵士が上空に到達していた。

 街壁の外で上げられた鬨の声が、王城まで聞こえてくる。


「魔王陛下はここにおり、攻撃命令は出されております。すでに、王都の外壁まで、魔王軍は到達していましょう」

「わかった」


 王は応じた。勇者は引き渡される。

 リーゼは魔王を振り返る。


 魔王は小さく頷き、人間たちに向けるのとは全く違った優しげな眼差しで、リーゼを腕に抱いた。


 人間の滅亡予告日まで0日

 魔族が滅びるまで10日

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