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私が悪役令嬢にならないと人間が滅亡するらしいので  作者: 西玉


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66 結婚式の惨劇

 魔王城の大広間に、魔族達が立ち並んでいた。

 リーゼの正面から最も奥まった位置に向かい、真っ直ぐな赤い道が伸び、魔族を左右に分けている。

 赤い道は絨毯ではなく、出席した魔族達が、自ら手首を切り、道を染めるための血を流しているのだとわかる。


 その道は、やや低くなっているのだろう。

 居並んだ魔族達全員の手首から、血が流れ落ちている。

 時折、青い色や緑色が混ざるのは、魔族の血は必ずしも赤くはないことを意味している。

 リーゼの登場に、魔族達が動揺するのがわかった。


 花嫁の姿ではない。

 魔族にとって、純白のドレスはむしろ不吉ですらあるようだ。

 魔族達が囁き合っているのが聞こえる。

 リーゼの視線の先に、立ったままの年老いた魔王がいた。


 いつものように玉座に腰掛けた姿ではない。

 立っているために、より大きく見える。

 だが、期待に胸を膨らませた魔王の姿を、リーゼは可愛いと感じた。

 血で彩られた道を、リーゼは微塵も俯くことなく、胸を張り、歩を踏み出した。


 マーベラがリーゼの手を取って付き従う。

 靴が濡れ、ドレスの裾が汚れた。

 上等な絹のドレスは、赤い道に溜まった魔族の血を吸い上げる。

 魔王の元に着くまでに、ドレスは赤く染まっているかもしれない。


 突如、左右の魔族が歌い出した。

 魔王を讃え、魔族を賛美し、花嫁を祝福する歌だった。

 魔王の前に、魔族式のドレスを着た、魔族将軍レジィが膝をつき、リーゼに与えられる指輪を掲げていた。


 魔族式のドレスとは、大事なところを隠す最低限の衣装しか身につけないものだ。

 集まった魔族達も、多くが全裸に近い。

 だが、魔王は魔族達に一切の関心を向けていない。

 魔王のいる際奥の壇上には、左右に魔族の長老達が居並び、リーゼを品定めするかのように見つめていた。


 年老いた魔族は、いずれも肉体の露出が一歳ない重そうな服を身につけている。

 リーゼは歩を進め、しだいにドレスが重くなっていくのに気づいた。

 足を動かすのにも苦労するほど、ドレスが体に纏わりつく。

 魔王が中央に立ち、両腕を広げた。


「さあ! 全てを解き放ち、我が元に堕ちるがいい。我が妻よ」

「魔王! 覚悟!」


 叫んだのは、リーゼではない。

 リーゼの手をとり、やや後方に付き従っていたマーベラだ。

 叫び、飛び上がった。

 傷つき、衰弱した体とは思えない跳躍だった。


 手には、フォークを持っていた。

 宙に浮いたマーベラの背中に、指が生えた。

 マーベラ背中から、魔王の指が生えた。

 魔王が、素手でマーベラの腹部を貫通させたのだ。


 真っ赤な手に、血飛沫が迸る。

 リーゼの頬に、マーベラの温かい血潮がかかった。

 マーベラの体が、力を失う。

 その首に、食いついた者がいた。


 魔王だ。


 力を失い、ぐったりしたマーベラの首をへし折り、その首元に噛みつき、噛みちぎったのは魔王だ。

 魔王のひと噛みで、マーベラの肉体から、噴水のように血液が噴き上がった。

 リーゼは頭からマーベラの血を浴び、もはや全身が赤く染まっていることを疑う余地はなかった。


 魔族を恨み、リーゼの言葉を理解できなかった、現在では人間随一の戦士は、魔王に食い殺された。

 幼い頃からの親友を、目の前で食らっている。人でもない存在に、リーゼはこれから嫁ごうとしている。


「ああ……あああああああああっっっ!」


 自分でも気づかないうちに、リーゼは叫んでいた。


 ※


 真っ赤に染まった腕が、大広間の床に落ちる。

 落ちた腕に、誰かが飛びついた。飛びつき、かぶりついた。

 それが誰だったのか、リーゼにはわからない。

 魔王はマーベラの内臓を食らい、肉汁を飛ばし血液をほとばしらせ、心臓にかぶりついた。


 肉体が四散して、リーゼの周囲に落ちる。

 そのうちのひとつが、たまたまリーゼの胸にぶつかった。

 リーゼは、両手で支えた。


 マーベラが、首から上だけになって、リーゼの手の中にあった。

 瞳は光を失い、ただ白く濁っていた。

 リーゼは、自分の精神が崩壊する音を聞いた。


「控えよ。余の妻である」


 魔王が、全身を真っ赤に汚して怒声を放った。

 リーゼは、マーベラの首を持ったまま、その声が自分に向けられたものではないことを、ぼんやりと意識した。


 背後に向けて発せられたのだと思い、振り向いた。

 魔族たちが、老若男女を問わず、欲望に満ちた目で、手を伸ばせば届く距離にいた。

 真っ赤に染まった顔をして、牙だけが白く見えた。

 リーゼは、意識せずマーベラの首を落とした。


「私を、食べたいの?」


 リーゼは問いかけていた。

 魔族達は答えない。だが、表情が雄弁に語っていた。

 リーゼは、自分のドレスに手をかけた。

 純白だったドレスが、赤く濡れ、湿っていた。


 自分の胸元を両手で掴み、左右に引きちぎった。

 普段のリーゼであれば、その力はなかったはずだ。

 崩壊した精神が、肉体に異常な力を与えていた。

 引きちぎり、引き裂き、下に落とした。


「私は、マーベラとは違う」


 リーゼは、床に落ちた生首を指差しながら、ゆっくりと一歩を踏み出した。

 魔族達に触れようとした。

 だが、むしろ魔族達が下がった。


「怪我をしたこともなく、美しくあることを義務付けられてきた。私より美味しい人間などいないわ」


 リーゼが前に出る。その分、魔族達が下がる。リーゼは続けた。


「私を食べたければ、魔王におなりなさい!」

「よく言った!」


 リーゼの背後で、魔王が快哉を叫んだ。

 魔族達が、一斉に平伏した。

 何かが起きた。

 それを感じたリーゼが振り返る。


 魔王が、変わっていた。

 いつもの重く分厚い衣を脱ぎ捨て、醜く、弛んだ皮を晒していた。

 その皮が、裂けていた。

 体の中央、人間であれば男性器がある位置から亀裂が走り、全身に及んだ。


 魔王の皮が剥がれる。

 脱皮したのだと、リーゼは感じた。

 古い皮を脱ぎ去った魔王は、若返っていた。

 曲がっていた背骨はまっすぐに立ち、居並んだどの魔族より逞しく均整の取れた筋肉を晒した。

 体の中央で、屹立したものは潤いを求めるように脈打っていた。


「リーゼは、余の妻である。異議があるものは申し出よ!」


 魔王が宣言した。


「おめでとう御座います。魔王陛下、お妃殿下! 万歳、万歳、万々歳!」


 広間が揺れるような歓声が上がる。

 魔王が両腕を広げていた。

 何を求められているのか、わかった。

 リーゼは、ゆっくりと移動した。


 全身が赤く染まっていることはわかっていた。

 目の前の男が、マーベラを食い殺したのだと理解していた。

 ドレスを自ら破り、自分が魔族式の姿なのも知っていた。

 リーゼが壇上に戻る。


 魔王が目の前にいた。

 若返った魔王は、美しく整った顔立ちをしていた。

 だが、長く伸びた角と残忍な性格は隠せない。

 魔王はリーゼに口づけをしようとした。


 リーゼは、全力でその頬を張り飛ばした。

 魔王は動かず、受け入れた。

 会場全体が、硬直したように静まり返った。


「私は、あなたのものです」


 リーゼは、涙が流れ落ちたのを感じた。

 まだ、涙を流せるだけの感情が残っていたのだと、不思議に感じた。


「当然だ。余以外の誰にも、触らせん」


 魔王は笑った。

 魔王はわかっていない。リーゼの親友を、目の前で食い殺したことの意味を、理解していない。

 リーゼは歯を食いしばった。


 だが、それ以上は何もできなかった。

 目の前が暗くなり、音が遠ざかった。


 リーゼは、精神が限界を越えたのだと理解しながら、暗闇に落ち込んだ。


 人間の滅亡予告日まで22日

 魔族が滅びるまで32日

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