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私が悪役令嬢にならないと人間が滅亡するらしいので  作者: 西玉


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65 結婚式 始まる

 リーゼは目覚めた。

 枕元に、読みかけの本が投げ出されていた。

 読みながら、眠ってしまったのだ。


「お早うございます、お嬢様」


 エリザのいつもの呼びかけが、死刑判決のように聞こえた。

 リーゼは、読みかけだったロマンス小説を持ち上げ、丁寧に閉ざした。


「いよいよね」

「準備はできております」

「ありがとう」


 リーゼが寝台から降りた。

 時刻がいつもの起床時間だと、リーゼは感覚で確信していた。

 ならば、エリザはいつもより早起きして、リーゼのために支度したことになる。

 それ故の礼だった。


 簡単に朝食を済ませる。

 エリザが用意した衣装を見つめる。

 公爵令嬢として恥ずかしくない婚礼衣装の隣に、人として恥ずかしい破廉恥な衣装がある。

 リーゼは、あえて人として恥ずかしい衣装を手に取った。


「お嬢様?」

「保険よ。この服ならドレスの下に着ていても、見た目は全くわからないわ。この上から下着を身につけたところで、わからない……これ、服って言うのかしら?」

「聖典には、何か書かれていましたか?」


 リーゼもエリザも、ロマンス小説のことを『聖典』と呼ぶようになっていた。

 それほど、ロマンス小説に依存していた。

 リーゼは、寝巻きを脱ぎながら嘆息した。


「私と同じ境遇にいた方はいらっしゃらない。それだけはわかったわ。でも、やるしかないわね」


 リーゼが着替える。

 その隣で、エリザは頷いた。


「リーゼ様なら大丈夫と言った魔王様の言葉、わかるような気もします」

「辞めて。恥ずかしいわ」


 リーゼは、ちょうど魔王が花嫁衣装だと言って持ってきた衣装を身に付けたところだった。


「恥じらう姿も、とても初々しいですね。これは……たまりません」

「よだれを拭ってよ。エリザ、これから着替えには呼ばないわよ」

「失礼いたしました」


 リーゼは、本当に魔族の花嫁衣装の上から下着を身につけた。


「普通はコルセットをするのですが、どうしますか?」

「そうね。一応お願い」

「はい。でも……緩すぎますね」


 胴体を締め上げる女性特有の補助具をリーゼの体に巻くと、すっきりと胴体を巻いた。

 圧迫すらされていない。


「やめておきましょう」

「ええ。それでもいいわ」


 エリザがコルセットを捨てる。

 リーゼが純白の衣装に袖を通した。

 マーベラが起きてきたが、何も言わずに部屋に戻った。

 まだリーゼのことを許していないのだ。

 リーゼは自ら化粧をし、その間にエリザが髪を結い上げた。


「リーゼ様、お時間です」


 呼びかけた声に、リーゼは立ち上がる。


「シャギィ、無事だった……訳ではないみたいね。私のために、御免なさい」


 戸口で声をかけたのは、魔族の侍女シャギィだった。

 体が縮み、膝下ぐらいまでしか身長がない。

 五体を八つ裂きにされ、二人になったのだと聞いていた。

 元の大きさに戻るのは、時間がかかるのだろう。


「私などのために、勿体無い。リーゼ様、本当にお綺麗です」


 言葉を失ったように立ち尽くす小さなシャギィに、リーゼは笑いかけた。


「ありがとう。魔族にも、わかってくれる人はいるのね」

「まるで、別人のようです。脱皮されたのですか?」

「いえ……いつもとは、ちょっと違う服を着たのよ」

「結婚式なのにですか?」


 シャギィが首を傾げた。

 どうやら、理解してくれたというのは誤解だったようだ。

 リーゼは、自らの部屋を出た。

 あえて、マーベラを呼んだ。

 全身が傷だらけの親友は不機嫌な表情を崩さなかったが、それでもリーゼの招聘を断らなかった。


「シャギィ、この服は、魔族の方からは奇妙に見えるでしょうけど、普通の魔族の衣装ではダメなのよ」

「どうしてですか?」


 返事をしてくれないマーベラではなく、魔族としての常識を持つシャギィに話かけた。

 背後には、珍しく部屋を出たエリザも付いてきている。


「魔王様は言ったわ。魔王様は古い魔族で、年老いた魔族は、子孫を残せる能力があることを、結婚式で示さなければならないって」

「はい。それは、その通りです」

「魔王様は、はっきり言わなかったわ。魔王様が、まだ子孫を残せることの証明を私とするっていうことは……魔族の皆さんの前で、子作りをするということではないの?」


 結婚式が行われる会場の入口で、リーゼが立ち止まり、シャギィを振り向いた。

 マーベラは険しい顔をして、エリザは視線を伏せた。


「まさか、お嬢様にそんなことをさせるはずがありません」


 エリザは否定する。だが、シャギィは違った。


「場合によっては、そうなるかもしれません」

「場合によってはって、どういう意味なの?」


 リーゼの口調が激しくなった。魔族に対した話している時には、珍しいことだと、自覚があった。


「魔王様のような古い魔族の方は、機能的に子をなすことが難しいと言われています。でも……若返ることもあります」

「若返る? それは……肉体がという意味なの?」

「はい。そのために、極度の興奮に陥ることが必要です。魔王様が期待しているのは、そのことでしょう」


「若返ると、見ればわかるの?」

「わかります」

「もし、若返らなかったら?」


「年老いた体でも、子供をなせることの証明をするでしょう」

「……具体的には?」

「先ほど、リーゼ様がおっしゃった通りです」


 リーゼは眉間に皺を寄せた。


「リーゼ、どうする? 私とて、リーゼに恥をかかせたくはない」


 マーベラは言った。シャギィを見て、言葉を選びながら言っているのがわかった。

 武器は持っていない。取り上げられているはずだ。

 だが、鍛えたマーベラであれば、リーゼを締め殺すこともできるだろう。

 リーゼはマーベラから、エリザに視線を向けた。


「お嬢様……」


 言葉もない。リーゼは、小さく頷いた。


「ロマンス小説『ドゥラメンテの翼』に出てくる悪役令嬢キャシーいわく、『ギャップこそ正義』。キャシーはその言葉を実行し、町中に性病を蔓延させ、世界を滅ぼそうとした」

「……リーゼ、何の話をしているのだ?」


 マーベラが呆れたように口を開けた。


「リーゼ様、この向こうが式場です」


 前に侍女シャギィがいて、扉を手で示した。

 リーゼが再び振り返る。

 背後にもシャギィがいる。

 どうやら五体を八つ裂きにされ、二人に増えたと言うのは本当だったようだ。

 前後を魔族の侍女シャギィに挟まれ、リーゼは扉の前に立った。


「マーベラさん」

「私でいいのか?」

「ええ。あなたがどれだけ私を恨もうと、私を殺すとしても、私の信頼は揺るがない。お願い。マーベラさんでなければいけないの」

「わかった」


 マーベラがリーゼの隣に立ち、手をとった。


「花嫁のご入場です!」


 扉の向こうから、高らかに声が響く。


「お嬢様、ご武運を」


 エリザの声が遠くに聞こえた。

 扉が開く。


 リーゼは、魔族たちがひしめく魔王城の大広間に足を踏み出した。


 人間の滅亡予告日まで22日

 魔族が滅びるまで32日

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