表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私が悪役令嬢にならないと人間が滅亡するらしいので  作者: 西玉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/78

62 魔術師ヌレミアの使命

 ヌレミアは起きていた。ベッドの上で、まるで置物のように壁に立てかけられている。

 実際には背を預けているだけなのだが、全身が包帯に覆われているので、置物のように見えている。


「ヌレミアさん、大丈夫……ではないわね」


 リーゼは声を震わせた。

 リーゼが近づいても、ヌレミアは動かなかった。

 ベッドの下に膝をつき、手に触れた。


「……リーゼ……様……マーベラ……」


 途切れがちな声で、ヌレミアが声を絞り出した。声を出すことで、全身が痛むのだろう。その度に身震いしている。


「ああ。リーゼ様を連れてきた。確かに、リーゼ様はあたしたちを裏切った。だけど……」


 リーゼが片手をあげた。マーベラが黙る。


「ヌレミアさん、この部屋の会話には気を付けて」

「リーゼ、ヌレミアは、もう目が見えないんだ。拷問の最中に、視力を失った」


 マーベラが言った。つまり、筆談はできない。


「リーゼ様……」


 ヌレミアが声を絞り出す。


「ヌレミアさん、無理はしないで」


 ヌレミアは、リーゼをまだ敬称をつけて呼ぶ。

 リーゼがそのこと自体を恥ずかしく感じた。

 ヌレミアは続ける。


「……殺してください」

「ヌレミアさん?」


 リーゼは、聞き間違えかと感じた。マーベラが補足する。


「レジィは、ヌレミアの悲鳴が聞きたいために、決して死ぬことを許さない。もう……ヌレミアは戻らない。まともな生活はできない。リーゼ、ヌレミアは、死ぬことしか望んでいない。歯も全て抜かれた。舌を噛むこともできない」

「私を呼んだのは、そのためなの? どうして、マーベラさんがしないの?」


 リーゼは、涙をこぼしていた。ヌレミアの惨状に、自分を責めた。


「ヌレミアの頼みです」

「私は……どうすればいいの?」


 ヌレミアが、はじめて声以外の動きを見せた。

 腕を動かし、何かを指そうとしていた。


「ヌレミア、もう、あたしたちの荷物はない。全て奪われた」


 マーベラの言葉に、ヌレミアが荷物を探しているのだとリーゼは理解する。


「ヌレミアさん、薬ね?」


 リーゼが尋ねると、ヌレミアは頷いた。


「私がレジィの屋敷を出る時、少しもらったのがある。それで足りるかしら」


 リーゼは立ち上がり、城に持ち込んだ荷物の中から、バッグに入ったヌレミアの薬瓶を持ってきた。


「ヌレミアさんの侍女が、私にくれたの。どんな効果があるか、わからないけど」


 再びリーゼがヌレミアのそばに膝をつく。

 バッグを開ける。ヌレミアには見ることができない。


「ヌレミア、やるぞ」

「……うん」

「マーベラさん、何を……」


 リーゼの問いには、行動で示された。マーベラはヌレミアの包帯を解いた。

 痛むのか、ヌレミアが呻く。

 包帯が解かれ、腕が現れた。

 爪が剥がされ、骨が砕かれ、皮が剥がされていた。

 もはや、手であることすら疑われた。


「リーゼ、ヌレミアは、瓶に触れば中身がわかる」


 マーベラは言った。ヌレミアから聞いていたのだろう。

 ヌレミアがリーゼに薬瓶を贈ったことも、中身の正体も、まだまともに話せるうちに、伝えていたのだろう。

 リーゼは頷いた。


 マーベラが、薬瓶の中から一本を、ヌレミアに傷ついた手に握らせた。

 ヌレミアはしばらく掴んでいたが、やがて手を離した。瓶が床に落ちる。

 マーベラは、別の瓶を握らせた。


 しばらく、それを繰り返す。

 最後の一本になり、ヌレミアは別の動きを見せた。

 わずかに、握った手をマーベラに近づけた。


「わかった。これだな」

「マーベラさん。一体……」

「ヌレミアが国から持ってきたのは、ほとんどがただの飲み薬だよ。これだって、大差ない」

「なら……いいえ。いいわ。これは、ヌレミアさんに飲ませればいいの? それとも……」


 リーゼが尋ねると、マーベラは声に出さず、リーゼが自ら飲むように促した。


「ヌレミアの命は、付きかけている。死ねないのは、心残りがあるからだ。それを、無くしてほしいってさ」

「……わかったわ」


 ヌレミアの心残りとは、持ってきた瓶の一本を、リーゼに飲ませることなのだろう。

 その意味はわからない。だが、断ることはできなかった。

 リーゼは渡された瓶の封を切り、中身を飲み干した。


 冷たく、ドロリとした喉ごしの液体だった。

 味はない。

 ただ、鼻をつく匂うが駆け抜けた。


「……これでいいのね?」

「そうだな。ヌレミア……ヌレミア、どうした?」


 マーベラが、傷だらけの親友を振り向いた。

 リーゼに渡す一瓶を選んだ直後から、反応がなくなっていた。


「ヌーベラさん、ヌレミアさんは寝てしまったの? 深夜だもの。無理はないわ」

「死んだ」

「えっ?」

「でも、よかった。ようやく、楽になれたのだ」


 リーゼは、マーベラの脇からベッドに飛びついた。

 ヌレミアの手を取り、呼びかけた。

 反応はない。

 わかっていた。


 ヌレミアが死にかけていることは、レジィの屋敷にいた時からわかっていた。

 あの時の様子を思い出せば、よく今まで生きてこられたのだと感心したくなる。

 だが、信じたくなかった。リーゼはヌレミアの体に触れた。

 手に触れた感触があまりにも軽いことに、リーゼは怯えた。

 手が濡れた。指先が血に染まった。


「マーベラさん……ヌレミアさんは、私の部屋に着いたときには、生きていたの?」

「何とも言えないな。あるいは、死んだまま動き続けていたのかもしれない。使命を果たすため、死んでも動き続ける呪いを自分にかけていたのかもしれない。ヌレミアなら、それも可能だろう」

「……そうね。ヌレミアさんの使命って……」

「リーゼの体を治すため、適切な薬を選ぶことだ」


 マーベラは断言した。

 そうではないことを理解しているはずだ。

 マーベラには、全てを話してある。ヌレミアにも伝わっているはずだ。

 リーゼは、もうじき魔王と結婚する。


 リーゼを幸せにすることが、ヌレミアの使命ではない。

 リーゼは、少しでも人間を長く生きさせるために、魔王に嫁ぐのだ。

 リーゼが健康でいることが、リーゼの使命に役立つのだと言っても、間違いではないだろう。

 だが、ただそれだけの薬を、数ある薬瓶の中から選んだとは思えない。


 リーゼも、何を飲んだのかはわからない。

 だが、リーゼにとって毒ではないだろう。リーゼが死んでしまったら、魔王は人間を生かしておく理由が何もなくなるのだ。

 問題は、リーゼが人間を愛しただけで、魔王は人間を根絶やしにするだろうということだ。


「マーベラさん、この薬瓶をバックに戻して。これからは、ヌレミアさんでなくマーベラさんを頼りにするわ。私が怪我をしたら、お願いね」

「あたしに、何を……」


 リーゼは、マーベラを真っ直ぐに見て、唇の前に指を立てた。

 マーベラの意思に関わらず、リーゼの側にいることで、マーベラは守られる。

 そのことを、マーベラ自身も理解した。


「わかった。怪我の治療は訓練でやっている。任せてくれ」

「ええ。頼むわね。明日は、喪に服しましょう。立派なお葬式をあげたいけど、それは叶わないわ。せめて、私たちだけでも……」

「魔王が許してくれればだろうな」


 リーゼは、ベッドに横たわるヌレミアの死体を真っ直ぐに寝かせた。

 マーベラはヌレミアの親友だが、死体と一緒に寝させるのは酷だろう。

 リーゼはマーベラと連れ立って、自分の部屋に戻りながら言った。


「魔王様は、一刻も早く私と結婚したがっているわ。怪我が治れば、すぐにでも式を上げたいはずよ。そのために、ヌレミアさんとマーベラさんを呼ぶことを許したのだもの。もし明日になっても私の怪我が治っていないとなれば……魔王様は私たちを疑い出すかもしれない。少なくとも、マーベラさんはただでは済まない」


「では、どうするのだ?」

「私の怪我は治ったと告げる。でも、ヌレミアさんの死を悼む時間が欲しいと言うべきね。たぶん……待ってくれて一日だわ。それ以上は、魔王様を待たせられない」


「リーゼに祝福を」

「ありがとう。マーベラさんは、エリザの部屋を使って。ベッドが二つあって、一つは余分だから。私と一緒では嫌でしょう?」


 リーゼは部屋に戻りながら、マーベラに使用人用の部屋を案内した。

 マーベラは答えなかった。

 ただ、何も言わず、エリザに与えられた部屋に足を向けた。


 リーゼはヌレミアの冥福を祈りながら、寝台に戻った。


 人間の滅亡予告日まで24日

 魔族が滅びるまで34日

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ