61 生かされていた2人
リーゼの部屋に入ってきた10人ほどの女性の先頭に、傷ついたマーベラがいた。
そのすぐ後ろに、全身を包帯で覆われたまま、ふらついていた人影がいた。
リーゼは、包帯の塊のような人影が、ヌレミアであるこを確信した。
「この子がマーベラで、その子がヌレミアよ。それ以外は、戻して」
「わかった」
「お、お待ちください。リーゼ様、公爵令嬢様。お助けください。私たちは、もうあそこに戻りたくありません」
必死で訴えかける傷だらけの女たちに、レジィは笑いながら鞭を振るった。
リーゼは動かない。
リーゼの発言は、魔王に聞かれている。人間に寛容だと思われてはならないのだ。
「レジィ」
「どうした?」
まだ顔を腫らしたままのレジィが振り返る。顔が腫れたのは、魔王からの罰である。
「ありがとう。お疲れ様」
「もったいないお言葉です。リーゼ殿下」
レジィは大きく笑みをこぼすと、さらに鞭打って、リーゼが指名した二人以外の女たちを追い立てた。
レジィが退出したところで、リーゼは倒れかかったヌレミアを支えた。
ヌレミアは華奢な体をしていたが、それにしても軽い。
リーゼにも、苦も無く抱き上げることができるほどだった。
「マーベラさん、ヌレミアさんを運ぶのを手伝って。本当は、ヌレミアさんに用があって来てもらったのだから」
「ああ。そうだろうな」
マーベラ自身、傷だらけだ。深い傷もあり、治癒していない。
リーゼからヌレミアを受け取り、リーゼよりさらに軽々と抱き上げた。
マーベラがヌレミアをしっかりと抱く間に、リーゼは手が血で濡れたことに気付いた。
ヌレミアの血かどうかはわからないが、ヌレミアの全身を覆う包帯は、黒く汚れている。
リーゼは、壁に血で文字を書いた。
『ここの会話は、魔王に聞かれている』
「そうか」
リーゼの血文字に、マーベラは口頭で答えた。リーゼは、同時に血でかいた壁の文字を擦って消した。
リーゼが言葉で尋ねる。
「ヌレミアさん、傷の治療ができるかしら?」
「ああ。問題ないだろう。しばらく休めば、意識も戻る。ヌレミアは、あの魔族のお気に入りだったから、簡単には殺さない」
「お気に入りって?」
「拷問を受けると、最もいい声で鳴くそうだ」
「……そう」
魔族にとって、人間など玩具でしかない。
改めて思い知らされた。リーゼだけが特別なのだ。
「なら、ヌレミアさんをそこに寝かせて。大きなベッドだから、マーベラさんも一緒に寝るといいわ。体力が付くように、食事も用意しておく。目が覚めたら食べて」
「歯は全て引き抜かれた。私も、ヌレミアも同じだ。飲み物だけでいい」
「わかったわ。ヌレミアさんが起きたら、教えて」
「了解した」
リーゼは、普段はエリザが寝ている部屋にマーベラとヌレミアを入れると、自分は自室の寝室に戻った。
「お嬢様、治療をしていただかなくてもいいのですか?」
リーゼの寝室で、ベッドを整えていたエリザが声をかける。
「いいのよ。ヌレミアさんがかなり弱っているから、寝かせてあげて。本人が死にそうなのに、私の指が一本なくなったぐらいで、無理強いはできないわ」
「承知しました」
エリザも、部屋の会話が全て魔王に聞かれていることは承知している。
下手な会話は、リーゼにとっての命取りになることを理解している。
リーゼは、その日は読書をして過ごした。
リーゼの蔵書の中で、悪役令嬢の出番はほんの僅かである。
一冊の中に数行しか出てこない場合もある。
リーゼは、少ない記述の中の手がかりを探すため、毎日同じ箇所を繰り返し読んでいた。
リーゼ自身の怪我もあり、この日は他の来客はなく、一日が過ぎた。
※
リーゼは目を覚ました。
周囲は暗い。
ひょっとして、白い世界ではないかと期待した。
だが、リーゼが望んだ場所ではなかった。
ただ暗い闇が広がっている。
扉が開いた。
微かに光が漏れ入ってくるが、ほぼ何も見えない。
ベッドの中で、リーゼは体を起こした。
扉が開いたことはわかっていた。
そこに、人影が立っていることも知った。
リーゼは身構えた。
喉に、硬いものが押し当てられた。
「……マーベラさんなの? 私を殺すの?」
普通に声を出せば、魔王に聞かれる。リーゼは声を殺し、囁いた。それでも、魔王に聞かれるかもしれない。
だが、聞かずにはいられなかった。
リーゼの喉元に押し当てられたのは、料理に使う包丁だった。
「よくも、よくも私たちを裏切ってくれた。リーゼ……友達だと思っていた。3人は、いつまでもずっと友達だと思っていた。行く道が違えども、目的は違わないと思っていた」
マーベラも、囁き声だった。リーゼは答えた。
「私は、今でも友達だと思っているわ。マーベラさん、あなたには、全て話してあるはずよ。私は、悪役令嬢にならなくてはならないの」
あと数十日で、人間は死に絶える。それが本来の運命だ。
その後、10日ほどで魔族もいなくなる。そう告げられた。
マーベラには直接言ったし、ヌレミアも母である大魔術師から聞かされているはずだ。
だが、だからといって、リーゼのとった行動が理解できなかったのだろう。
「悪役令嬢だから……私の父の仇に取り入り、ヌレミアにドラゴンをけしかけただと? 私たちが拷問されている間に、自分は魔王の嫁になるだと? それが……友達だと?」
大きくなりかけたマーベラの声を抑えるため、リーゼは唇に指を立てた。
リーゼは口を開け、言葉を発しようとし、思いとどまった。
小声だからと言って、魔王に聞かれていないという保証はない。
リーゼは、右手の包帯を外した。
きちんと止血もされず、ただ布を巻いてあるだけの状態だ。
赤く湿った部分がすぐに現れる。
リーゼの怪我を知っても、マーベラは眉一筋動かさなかった。
リーゼは、左手の指を血で濡らし、壁に書いた。
『殺したければ、殺してくれてもいいわ。ただ、私のするべきことを引き継いで』
「……リーゼは、何をしようとしているんだ?」
『魔王の妻になるの』
「ふざけるな。私が……私に、そんなことができるはずがないだろう。私の父は、生涯を魔族の討伐に費やし、そのために殺されたのだ」
「理由は知っているはずよ」
人間を、少しでも長く生かす。
魔族は長くは生きられない。その時に、一人でも多くの人間を生かすのだ。
マーベラには言ってある。根拠こそ、リーゼの夢でしかない。
だが、リーゼがどんな目的で行動しているのかは、理解しているはずだ。
「それが成功すれば、人間は……」
マーベラの口を、リーゼは血で濡れた右手で塞いだ。
左手で書き綴る。
『信じるしかないわ』
「……根拠は? どうして、リーゼはそれを信じている?」
『信じているわけじゃない』
「なら!」
『他に、方法がないのよ』
「そんな理由で、私の父の仇と親友になり、ヌレミアを殺しそうになり、魔王と結婚するというのか?」
リーゼは答えず、書かず、ただ頷いた。
「根拠もなく……」
「私は、魔王と結婚する」
リーゼが口にした。マーベラは、手にしていた包丁を握り直す。
「その前に、殺すと言ったら?」
「私はきっと……感謝するでしょうね」
「リーゼ……様、あなたは、たった一人で戦い続けているのか?」
リーゼは再び、口の前に指を立てた。
壁に書く。
『1人になったのは、私の責任だもの』
マーベラは首を振った。
携えていた包丁を下げる。
大きく息を吐き、リーゼを見つめた。
「リーゼ様、あなたを許すことはできません。ですが……あなたにも立場と考えがあることは理解します。もし、私がリーゼ様を殺さないのであれば、連れてくるようにヌレミアに言われました。ヌレミアは目覚めています。お越しください」
現在は深夜だ。
ヌレミアがたまたま起きたのだろう。
ヌレミアは重体だ。また寝てしまったら、次はいつ起きるのかわからない。
自らの傷を治すことなど、リーゼは考えられなかった。
ヌレミアがまだ話せるうちに、ヌレミアと話したかった。
ベッドを降り、ヌレミアを寝かせた寝室に移動した。
人間の滅亡予告日まで24日
魔族が滅びるまで34日




