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私が悪役令嬢にならないと人間が滅亡するらしいので  作者: 西玉


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61/78

61 生かされていた2人

 リーゼの部屋に入ってきた10人ほどの女性の先頭に、傷ついたマーベラがいた。

 そのすぐ後ろに、全身を包帯で覆われたまま、ふらついていた人影がいた。

 リーゼは、包帯の塊のような人影が、ヌレミアであるこを確信した。


「この子がマーベラで、その子がヌレミアよ。それ以外は、戻して」

「わかった」

「お、お待ちください。リーゼ様、公爵令嬢様。お助けください。私たちは、もうあそこに戻りたくありません」


 必死で訴えかける傷だらけの女たちに、レジィは笑いながら鞭を振るった。

 リーゼは動かない。

 リーゼの発言は、魔王に聞かれている。人間に寛容だと思われてはならないのだ。


「レジィ」

「どうした?」


 まだ顔を腫らしたままのレジィが振り返る。顔が腫れたのは、魔王からの罰である。


「ありがとう。お疲れ様」

「もったいないお言葉です。リーゼ殿下」


 レジィは大きく笑みをこぼすと、さらに鞭打って、リーゼが指名した二人以外の女たちを追い立てた。

 レジィが退出したところで、リーゼは倒れかかったヌレミアを支えた。

 ヌレミアは華奢な体をしていたが、それにしても軽い。

 リーゼにも、苦も無く抱き上げることができるほどだった。


「マーベラさん、ヌレミアさんを運ぶのを手伝って。本当は、ヌレミアさんに用があって来てもらったのだから」

「ああ。そうだろうな」


 マーベラ自身、傷だらけだ。深い傷もあり、治癒していない。

 リーゼからヌレミアを受け取り、リーゼよりさらに軽々と抱き上げた。

 マーベラがヌレミアをしっかりと抱く間に、リーゼは手が血で濡れたことに気付いた。

 ヌレミアの血かどうかはわからないが、ヌレミアの全身を覆う包帯は、黒く汚れている。

 リーゼは、壁に血で文字を書いた。


『ここの会話は、魔王に聞かれている』

「そうか」


 リーゼの血文字に、マーベラは口頭で答えた。リーゼは、同時に血でかいた壁の文字を擦って消した。

 リーゼが言葉で尋ねる。


「ヌレミアさん、傷の治療ができるかしら?」

「ああ。問題ないだろう。しばらく休めば、意識も戻る。ヌレミアは、あの魔族のお気に入りだったから、簡単には殺さない」


「お気に入りって?」

「拷問を受けると、最もいい声で鳴くそうだ」

「……そう」


 魔族にとって、人間など玩具でしかない。

 改めて思い知らされた。リーゼだけが特別なのだ。


「なら、ヌレミアさんをそこに寝かせて。大きなベッドだから、マーベラさんも一緒に寝るといいわ。体力が付くように、食事も用意しておく。目が覚めたら食べて」

「歯は全て引き抜かれた。私も、ヌレミアも同じだ。飲み物だけでいい」

「わかったわ。ヌレミアさんが起きたら、教えて」

「了解した」


 リーゼは、普段はエリザが寝ている部屋にマーベラとヌレミアを入れると、自分は自室の寝室に戻った。


「お嬢様、治療をしていただかなくてもいいのですか?」


 リーゼの寝室で、ベッドを整えていたエリザが声をかける。


「いいのよ。ヌレミアさんがかなり弱っているから、寝かせてあげて。本人が死にそうなのに、私の指が一本なくなったぐらいで、無理強いはできないわ」

「承知しました」


 エリザも、部屋の会話が全て魔王に聞かれていることは承知している。

 下手な会話は、リーゼにとっての命取りになることを理解している。

 リーゼは、その日は読書をして過ごした。

 リーゼの蔵書の中で、悪役令嬢の出番はほんの僅かである。


 一冊の中に数行しか出てこない場合もある。

 リーゼは、少ない記述の中の手がかりを探すため、毎日同じ箇所を繰り返し読んでいた。

 リーゼ自身の怪我もあり、この日は他の来客はなく、一日が過ぎた。


 ※


 リーゼは目を覚ました。

 周囲は暗い。

 ひょっとして、白い世界ではないかと期待した。

 だが、リーゼが望んだ場所ではなかった。


 ただ暗い闇が広がっている。

 扉が開いた。

 微かに光が漏れ入ってくるが、ほぼ何も見えない。

 ベッドの中で、リーゼは体を起こした。


 扉が開いたことはわかっていた。

 そこに、人影が立っていることも知った。

 リーゼは身構えた。

 喉に、硬いものが押し当てられた。


「……マーベラさんなの? 私を殺すの?」


 普通に声を出せば、魔王に聞かれる。リーゼは声を殺し、囁いた。それでも、魔王に聞かれるかもしれない。

 だが、聞かずにはいられなかった。

 リーゼの喉元に押し当てられたのは、料理に使う包丁だった。


「よくも、よくも私たちを裏切ってくれた。リーゼ……友達だと思っていた。3人は、いつまでもずっと友達だと思っていた。行く道が違えども、目的は違わないと思っていた」


 マーベラも、囁き声だった。リーゼは答えた。


「私は、今でも友達だと思っているわ。マーベラさん、あなたには、全て話してあるはずよ。私は、悪役令嬢にならなくてはならないの」


 あと数十日で、人間は死に絶える。それが本来の運命だ。

 その後、10日ほどで魔族もいなくなる。そう告げられた。

 マーベラには直接言ったし、ヌレミアも母である大魔術師から聞かされているはずだ。

 だが、だからといって、リーゼのとった行動が理解できなかったのだろう。


「悪役令嬢だから……私の父の仇に取り入り、ヌレミアにドラゴンをけしかけただと? 私たちが拷問されている間に、自分は魔王の嫁になるだと? それが……友達だと?」


 大きくなりかけたマーベラの声を抑えるため、リーゼは唇に指を立てた。

 リーゼは口を開け、言葉を発しようとし、思いとどまった。

 小声だからと言って、魔王に聞かれていないという保証はない。

 リーゼは、右手の包帯を外した。


 きちんと止血もされず、ただ布を巻いてあるだけの状態だ。

 赤く湿った部分がすぐに現れる。

 リーゼの怪我を知っても、マーベラは眉一筋動かさなかった。

 リーゼは、左手の指を血で濡らし、壁に書いた。


『殺したければ、殺してくれてもいいわ。ただ、私のするべきことを引き継いで』

「……リーゼは、何をしようとしているんだ?」

『魔王の妻になるの』


「ふざけるな。私が……私に、そんなことができるはずがないだろう。私の父は、生涯を魔族の討伐に費やし、そのために殺されたのだ」

「理由は知っているはずよ」


 人間を、少しでも長く生かす。

 魔族は長くは生きられない。その時に、一人でも多くの人間を生かすのだ。

 マーベラには言ってある。根拠こそ、リーゼの夢でしかない。

 だが、リーゼがどんな目的で行動しているのかは、理解しているはずだ。


「それが成功すれば、人間は……」


 マーベラの口を、リーゼは血で濡れた右手で塞いだ。

 左手で書き綴る。


『信じるしかないわ』

「……根拠は? どうして、リーゼはそれを信じている?」

『信じているわけじゃない』


「なら!」

『他に、方法がないのよ』

「そんな理由で、私の父の仇と親友になり、ヌレミアを殺しそうになり、魔王と結婚するというのか?」


 リーゼは答えず、書かず、ただ頷いた。


「根拠もなく……」

「私は、魔王と結婚する」


 リーゼが口にした。マーベラは、手にしていた包丁を握り直す。


「その前に、殺すと言ったら?」

「私はきっと……感謝するでしょうね」

「リーゼ……様、あなたは、たった一人で戦い続けているのか?」


 リーゼは再び、口の前に指を立てた。

 壁に書く。


『1人になったのは、私の責任だもの』


 マーベラは首を振った。

 携えていた包丁を下げる。

 大きく息を吐き、リーゼを見つめた。


「リーゼ様、あなたを許すことはできません。ですが……あなたにも立場と考えがあることは理解します。もし、私がリーゼ様を殺さないのであれば、連れてくるようにヌレミアに言われました。ヌレミアは目覚めています。お越しください」


 現在は深夜だ。

 ヌレミアがたまたま起きたのだろう。

 ヌレミアは重体だ。また寝てしまったら、次はいつ起きるのかわからない。


 自らの傷を治すことなど、リーゼは考えられなかった。

 ヌレミアがまだ話せるうちに、ヌレミアと話したかった。


 ベッドを降り、ヌレミアを寝かせた寝室に移動した。


 人間の滅亡予告日まで24日

 魔族が滅びるまで34日

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