表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/78

6 悪役令嬢見習い、ヒロインに出会う

 使用人たちは、リーゼが王子との婚約を破棄されたものと思い込んでいた。

 そのために、早朝から王が学園領の公爵家令嬢に会いにきたのだと推測していた。

 リーゼは、あえて使用人達の勘違いを修正しなかった。

 それだけの気力がなかったとも言える。


 人間が滅ぶ。王子を止めなければならない。

 その前に、婚約を破棄されるかどうかを考えるだけの余裕はなかったし、使用人達の勘違いも気にならなかった。

 使用人たちのほとんどは、リーゼではなく別の貴族に仕えている。談話室に全員が集まっていたのは、王が来訪したために急いで駆けつけたのだ。


 推測にすぎないことを誰もリーゼに言わなかったため、勘違いされていることをリーゼ自身は気づいていなかった。リーゼ専属のエリザについても同様である。

 部屋に戻り、学園に出かける準備をしていると、メイドのエリザが入ってきた。

 驚いたように口元を手で覆った。


「お嬢様、このような時に無理をなさらなくてもよろしいのではないでしょうか。今日はお休みになったらいかがですか?」

「エリザ、そうはいかないわ。学園の様子を知りたいもの」

「でも、もう噂になっているかもしれません」


 エリザはリーゼのベッドを直しながら言った。リーゼの着替えは終わっている。


「その噂を知りたいのよ。場合によっては、なんとかしないといけないもの」

「お嬢様、そのように無理をなさらなくても」


 エリザが自分の目元を拭った。


「大丈夫よ。私は大丈夫だから」


 本当にそうだろうか。自分で信じていないことを口にしながら、リーゼは滅びの日まで99日となった人間の世界の中、魔法学園に向かった。


 ※


 リーゼが学校に着くと、正門の前に人だかりができていた。

 公爵令嬢であるリーゼは有名人である。リーゼが近づくと、人垣が左右に割れた。


「ああ、リーゼ様、お聞きになりましたか?」


 仲のいいマーベラが、リーゼを見つけて近づいてきた。


「この集まりはなんですか?」

「リーゼ様、聞いていませんか? 王国の騎士達が、魔族との戦争に勝利しましました」


 マーベラの声は喜びに上ずっていた。マーベラの父は人間側の大将軍だ。嘘をつくはずがない。

 リーゼは耳を疑った。

 人間が負けた。それは、間違いない事実だったはずだ。


「……そう。存じませんでした。では、この集まりは……」

「はい。生き残った魔族達に慈悲を。そう呼びかける人たちが集まって、生徒たちに呼びかけをしているようです」

「ああ……そう言うことでしたの……」


 リーゼは理解した。人間が勝った。魔族に慈悲を。そう訴えかけ、魔族への印象をよくしようとしている。

 魔族に迎合し、人間を効率的に滅ぼすために。


「あちらにラテリア様もいらっしゃるようです。リーゼ様も行きましょう」


 マーベルはリーゼの手をとった。リーゼは、無邪気に見えるマーベラの反応に、不安を覚えながら従った。

 その先に、リーゼよりもさらに注目を集める、背の高い将来の王がいた。


 ※


 リーゼが近づいた時、ラテリア王子は見知らぬ少女と話していた。

 華奢で可愛らしい少女に見える。立ち居振る舞いと身だしなみから、貴族ではない一般庶民だと、リーゼにはすぐにわかった。

 だが、問題なのはそこではない。


 少女がにこにこと笑いながら、ラテリア王子に粗末な紙を渡していた。

 ラテリア王子も鷹揚に受け取っている。

 リーゼに声が聞こえた。


「魔族に人権を。魔族と人間は何も変わりません。魔族にだって、温かいスープを飲み、柔らかいパンを食べる権利はあると思います」

「ああ。そうだね」


 人間を滅ぼすために、魔族が人間を懐柔しようとしている。リーゼはそう考えていた。

 庶民の少女が、ラテリア王子に何を渡そうが構わない。だが、人間が滅びることに協力する少女と、それを受け入れようとするラテリア王子の態度には我慢ならなかった。


「おやめなさい!」


 リーゼが、人前では出したことない声を出した。

 少女がラテリア王子に差し出した粗末な紙を奪い取る。

 もともと、リーゼもラテリア王子も注目されやすい。

 少女が渡したチラシを一瞥し、リーゼは引きちぎり破り捨てた。

 リーゼの行動に、集まっていた魔法学園の生徒たちが悲鳴をあげた。


「あなた、どういうつもりなの?」

「あ、あの……わ、私はただ……」


 少女は震えていた。粗末な身なりのためにわからなかったが、少女はリーゼとあまり変わらない年齢だと感じた。


「二度とラテリア王子に近づかないと約束なさい。今度こんな真似をしたら、後悔することになりますわよ」

「ひ、ひぃっ……す、すいませんでした」


 少女が盛大に頭を下げた、逃げ去った。その瞳に涙が浮かんでいた。


「リーゼ、なんのつもりだい?」


 リーゼの背中に、刺々しいラテリア王子の声が投げかけられた。

 思わず動いてしまった。今朝、王と話したことが頭をよぎった。

 リーゼは、奪い取り破り捨てた紙の破片に目を落とした。

 『魔族は敵ではない』可愛らしいイラストと文字で、そう書かれていたことは読み取れた。


「……魔族は敵です。ずっと、そう教わってきました。私には……受け入れられません。黙っていられませんでした」


 生徒たちは、校門の前から散っていた。近くにいたはずのマーベルの姿もない。リーゼの剣幕に逃げ出したのかもしれない。


「私も承知していることなのだよ。あの子は、庶民でありながら卓越した魔力を持つ、人間の希望だ。今、魔族を怒らせてはいけない。そう言った私に、カレンが提案して始まったことだ。私がチラシを受け取ったのは、私が賛同している姿を、できるだけ大勢に見せるためだったんだ。後で、ちゃんと謝っておいてくれよ」


 リーゼの手に別のチラシを押し付け、ラテリア王子が歩み去る。

 リーゼは突然、自分が孤独になったかのような錯覚を覚えていた。


 人間の滅亡予告日まで99日

 魔族が滅びるまで109日

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ