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私が悪役令嬢にならないと人間が滅亡するらしいので  作者: 西玉


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56 聖女の断罪

 魔王の城は確かに立派なものではあったが、人間の王城と比べて大きいということはなかった。

 魔族の総数は10000人に満たない程度だろうと、リーゼは学園で学んでいた。

 魔族の軍の多くは、使役する魔物で構成される。

 魔族の全ては戦士であり、卓越した身体能力と膨大な魔力を誇る。


 肉体も強く、そのために治癒系の魔法を重要視せず、信仰も存在しない。

 強すぎるが故に神に疎まれた存在だと、リーゼは学んでいた。

 体の大きさは千差万別だが、小さいから弱いというわけではなく、大きいからといって特別に強いわけではない。


 大きいといっても人間の倍ほどの大きさで、人型のより大きな魔物はいくらでもいる。

 欠点を挙げるとすれば、その強さ故か、種族を残すことにそれほど執着がないことと、頭を使うことが少ないことのようだ。


「リーゼ様は凄いですね。もう、迷わずに城内を歩けるんですから」


 案内してくれたシャギィが感心するが、リーゼにとって、魔王城は複雑な作りではなかった。


「そんなことはないと思うけど……ああ、カレンはあそこね」


 一通り城内を案内してもらい、リーゼは2階のテラスでぼんやりしているカレンを見つけた。


「あの女に用なのですか?」


 リーゼがようやくカレンを見つけたことに喜んでいると、シャギィが尋ねる。


「『あの女』って……魔族が待ち望んだお姫様じゃないの?」

「ただの人間の娘です。ああ……リーゼ様は特別ですよ。魔王様とご結婚されるのですから。あの娘は、魔王様の亡くなられた御息女の生まれ変わりだと名乗っているだけで、誰も真実はわからないのですから」

「お姫様の生まれ変わりだと証明されたから、あの時、魔王の隣にいたんじゃないの?」


 リーゼは、カレンの思惑とは違ったのだろうと想像した。


「私は詳しくは知りませんが、姫様が亡くなった当時のことを知っていたのは事実らしいです。でも、魂が同じだからといって、姫様とは違うという意見も多いですよ。元の姫様の体は保管されているので、魂を移し替えられれば別ですけど」

「そうなのね。ねえ、あの場所はカレンの部屋のベランダかしら?」


 カレンはリーゼたちに気づかず、壁から突き出たテラス状の場所でぼんやりとしている。


「そうですね。多分ですが」


 リーゼは城内を案内されたが、各個室の全てを教えられたわけでない。

 主な間取りと共有スペースを教えてもらっただけだ。

 シャギィにしても、全ての部屋を把握しているわけではないようだ。


「なら、カレンの部屋に行かなきゃいけないわね。部屋に入れてくれるかしら」

「リーゼ様との面会を拒絶するようなら、押し入ればいいのではないでしょうか。リーゼ様は、数日後には王妃になるお方です」


 『数日後に』と言われて、リーゼは緊張した。魔族たちは、そんなにすぐにリーゼと魔王が結婚すると思っているのだ。

 リーゼの希望としては、最大40日後まで引き伸ばしたい。魔族が絶滅するかもしれないのだ。


「人間の国で色々あって……カレンとはあまり、良好な関係ではなかったのよ」

「リーゼ様がですか? でも、直接会いたいならお連れしますよ。私、葛族ですから」


 シャギィの言う『葛族』が何かは、リーゼは知らなかった。ただ、葛は蔓性の植物だ。シャギィは、人差し指と中指を立てて見せた。

 指の形状が変化した。植物の蔓のように、長く伸びた。


「……あそこまで届くの?」

「はい。少し魔力は使いますが」

「凄いわね。さすが魔族だわ」

「いいえ。私なんて大したことありません。レジィ将軍は赤鬼族です。あんなふうに、強い体と力に恵まれた方が羨ましいです」


「そうなのですね。魔族の種族って、やっぱり親で決まるの?」

「……さあ。親の影響はありますが、両親が好んで食べるものによるとも言われています。魔王様はドラゴン族です。これは、前代の魔王様と王妃様が、好んでドラゴンの肉を食べたからだと言われていますが、昔のことすぎてわからないそうです」


 魔族の寿命は長い。だが、永遠ではないはずだ。実際に、魔王は年老いている。

 魂の研究をしており、現在では人間のロマンス小説を解読している魔族たちも、年齢はわからないが、年老いて見えた。


「そう。では、お願い」

「はい。お任せください」


 シャギィが2本の指を長く伸ばす。

 葛の蔓が伸びるように、指は互いに絡まりながら伸びていく。

 カレンのいたテラスの欄干に巻き付くが、カレンは気づかなかった。

 シャギィの腕がリーゼの腰を抱く。


 シャギィが尋ねたそうに首を傾げ、リーゼが頷いた。

 シャギィの指が縮み、リーゼを抱いたまま、シャギィの体が浮き上がる。

 最後は、リーゼよりはるかに力の強いシャギィに押し上げられ、カレンがぼんやりとしていたテラスに降り立った。


「……お前……悪役令嬢リーゼ・エクステシア……何の用?」


 カレンが唾棄する。その態度は、光の聖女の面影は微塵もない。魔族の姫そのものなのだろう。


「お前、リーゼ様に向かってなんてことを……」


 激怒したシャギィを、リーゼは止めた。


「『悪役令嬢』と呼んでいただけるのは、この上ない喜びですわ。おーほっほっほっほっ!」

「チッ」


 カレンが舌打ちをする。

 最近ようやく身についてきたと自覚のある、リーゼが解釈した悪役令嬢らしい笑い声が、魔王城に木霊した。


「私に何の用だよ。笑いに来たのか?」


 椅子に腰掛けたカレンは、大きく股を開いていた。

 スカートが短いのは、貴族令嬢としてははしたない。まるで娼婦のようだとは、リーゼの価値観である。


「そうよ。笑いに来たの。この私から、婚約者である第一王子を奪って、光の聖女と祭り上げられた平民の小娘が、王女として帰還したはずなのに、冷遇されて仏頂面をしている様を笑いに来たの」

「へっ……性格が悪いな。さすが、悪役令嬢様だ。お前なんか、よぼよぼの年寄りの2番目の妻がお似合いだ」


 カレンの言葉にいきりたつシャギィを宥める。黙って任せるように手で合図すると、魔族の侍女は賢くもリーゼの意図を理解して押し黙った。

 リーゼはカレンに告げた。


「あらっ。ありがとう。私は、幸せになりますわ。あなたはどうなの? カレンさん?」


 リーゼの挑発に、カレンはテーブルを拳で叩く。

 スカートは太ももまでしかなく、袖は肩までしかない。腕が剥き出した。

 リーゼの感覚では裸ではないのかと言いたくなるが、魔族にとっては標準的な服装だ。

 だが、魔族は服ではなく逞しい筋肉や、美しい鱗や、複雑な紋様に肌が彩られている。

 男女とも露出が多く、カレンの服装が臍を出していない分、人間に近いと感じる。


「私だって、幸せだよ。ラテリアが勇者に覚醒すれば、魔王陛下も魔族の重鎮たちも、私が一族を救ったって認めるさ」

「その後、人間の肉体のまま寿命を迎えるの?」

「私の元の肉体は、保存されている。魔王城の地下深く、氷の間で永久に腐らずに残っている。私の功績が認められれば、こんな弱々しい体とはおさらばだ」


 カレンはテーブルのカップを傾けた。

 テーブルの上には、ティーポットとカップがもう一脚置いてある。

 リーゼは、勧められずに椅子に腰掛け、ティーポットからお茶を注いだ。


「あらっ……不味そう」

「人間が普段食べているものほど、味はない。柔らかくもない。諦めな。魔王様に求愛されているんだろう? あんたをママなんて絶対に呼ばないが、あんたも人間の生活には戻れない」

「ラテリアはどうしていますの? 勇者として覚醒するために、裸にして檻に入れたのかしら?」


 カレンは薄い笑みを浮かべた。


「本人の希望で、自由にしている。魔族の若いのと交流しているんじゃないか? 毎日、くたびれて戻ってくる。ありゃ、すぐに覚醒するよ」

「どこにいますの?」

「気になるかい? まだ、未練があるのかい?」


「そりゃ、気になりますわよ。だって……私が結婚すべき相手だったのですもの。魔王陛下がこのことを知ったら、どうなさいますでしょうね」

「おいっ!」


 カレンが腰を上げた。

 テーブルを叩き、リーゼを睨む。


「どうしましたの? 怖い顔をなさって」

「絶対に言うなよ。ラテリアが覚醒もせずに殺されたら……私が嘘をついたことになる」

「それが、私にどんな影響がありますの?」


 リーゼは、カップに注いだ灰色の液体を口に近づけた。

 匂いを嗅ぎ、口をつけずにテーブルに置いた。とても飲む気にはならなかった。


「ラテリアが死んでもいいのかい? 元婚約者だろう。悲しくもないのかい?」


 リーゼは、カップをテーブルに叩きつけるように置いた。


「『悲しくもない』、という訳でもございませんわね。でも、最後に見たのが、裸で籠に入れられた姿ですもの。100年の恋も覚めますわ。私は魔王陛下の嫁になるのですもの。お祝いぐらい、ちゃんとした礼服で、言いにくるべきではありませんの?」

「わ、わかった。それで……ラテリアを殺さないというのなら、そうしよう」

「では、明日にでも私の部屋に寄越してくださいな」


 リーゼが立ち上がる。


「わかった」

「楽しみにしているわ。シャギィさん」

「ここにおります。リーゼ様」

「帰りましょう」

「はい」


 シャギィが、来た時と同じように2本の指を蔓状に伸ばす。


「たかが人間の令嬢に、魔族の娘が仕えるのかい?」


 カレンが叫んだ。

 リーゼが振り向く。


「たかが人間の小娘のカレンさんは、黙って歯軋りでもしているのがお似合いですわよ」

「悪役令嬢め!」

「ありがとう」


 リーゼの腰をシャギィの腕が巻き、テラスから飛び降りる。

 下で待っていたのは、魔族将軍レジィだった。

 両手に一杯の花束を抱えている。


「リーゼ、魔王様からだ」

「レジィ、私の言ったこと、陛下に伝えてくれたの?」


 リーゼが花を愛でることを教えたあと、魔王はひたすらに大量の花だけを送りつけてきた。

 リーゼは、花だけではなく別の物も送るよう、レジィを通して伝えたのだ。


「ああ。だから、今日はこれも預かってきた」


 レジィは、大きな宝石がついた指輪を見せた。


「おめでとうございます、リーゼ様。魔王様から、一部を賜るだなんて」


 すかさずシャギィが寿ぐ。リーゼには、意味がわからなかった。


「魔王様の一部って?」

「ほらっ」


 レジィは指輪をリーゼの顔に近づける。

 リーゼは、大きな指輪を見た。指輪だけではなかったことに気づく。

 ごつごつとした太い指がある。

 魔王は、自分がはめている指輪を、指ごとむしり取ってリーゼに送ってきたのだ。


「レジィ、今日、陛下のところに行ける?」

「ああ。任せておけ」


 魔族将軍レジィは自分の胸を叩いたが、リーゼがどうして魔王との面会を求めたのか理解していないことを、リーゼは確信していた。


 人間の滅亡予告日まで28日

 魔族が滅びるまで38日

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