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私が悪役令嬢にならないと人間が滅亡するらしいので  作者: 西玉


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54 魔王城の庭園

 昼食は、エリザが簡単に調理してくれたパンを食べた。

 午後になり、ロマンス小説を読み返していると、魔王が呼んでいるという気の重い知らせを受けた。

 迎えにきたのは、魔族の侍従ではなく将軍のレジィである。

 それだけで、リーゼの待遇がどれほど特別か知ることができる。


 リーゼが望んだわけではないが、魔族将軍レジィはリーゼの担当として抜擢されたらしい。

 嫌がるエリザを宥めすかして、リーゼがレジィとともに魔王城の中を進む。

 リーゼが行ったことのない場所だった。

 魔王城の中に作られた庭園のようだ。


 鋭い針を持ち大型の生物ですら捕食する、魔物に分類される植物が群生し、獲物を待っているかのようだった。

 危険な植物の間に作られた通路を通り、その先に、陽光の降り注ぐ拓けた場所があった。


 黒く重々しいテーブルと、動かすこともできなそうなしっかりとした作りの椅子があり、魔王が1人、カップを傾けていた。

 リーゼが声をかけようとして、レジィに止められる。

 参上したリーゼからは声をかけてはいけないのだ。


「うん? リーゼではないか。どうした? 陽気につられて、散歩でもしているのか?」


 カップを置いた魔王が、リーゼの存在に初めて気付いたように尋ねた。

 白々しい。リーゼは思いながら、最適な答えを探した。

 どうして魔王に呼ばれ、どうして魔王がたまたま遭遇したような会話を始めたのか。

 朝食時のことを思い出す。


 魔王は恐ろしい表情でリーゼを脅しているような話ぶりながら、リーゼの言ったことはすべて叶えようとしていた。

 朝食の時の態度は失敗だったと反省した。

 リーゼは、読み直したロマンス小説に全てを委ねた。


「まあ、魔王陛下ではありませんか。レジィさんから、素晴らしい庭園があるとお聞きしたので、こうして見にきたのです」


 レジィが振り返り、指で丸を作った。

 リーゼの応対に、少なくともレジィは満足した。

 魔王は上機嫌で言った。


「リーゼ、少し話し方が変わったか……いや、それが素なのだろう。うむ。この庭園で栽培されている植物は、魔王城を支えているともいえるな。どうだ? 気に入ったか?」

「素晴らしいですわね。でも、蔓と葉ばかりで花がないですわね。やはり、私にふさわしいのは花だとはお思いになりませんの?」


 リーゼの言葉に、魔王が眉間に皺を寄せた。もともと皺だらけだったが、さらに増えた。


「ふむ……花か。ここの植物が花を咲かせると、いずれも猛毒でな。花が咲かないよう、養分を控えているのだ。間違って花が咲いた場合、危険なので庭園は出入り禁止にしている。余ですら、危険なほどの毒なのだ」


 魔王が毒で死ぬ可能性があることは、先日の会話から知っていた。

 かつて娶った人間の妻が、魔王に毒を飲ませたはずだ。


「あらっ……嫌なことを思い出してしまいましたか?」

「いや。あれが飲ませたのは、人間由来の毒だった。そのために、毒の出どころもすぐにわかった。この花の毒であれば、特定は難しかっただろう。それより、急にかしこまらなくてよい。普段のままの方が、余にも他の魔族にも、好ましいだろう」

「わかりましたわ。今後、そうさせていただきますわ」


 妙に高飛車な態度で話す方が、魔族にとっては印象がいいらしい。


「この植物の花のことは知りませんけど、人間の庭園といえば、花を楽しむものですわ」

「花を楽しむ? 朝の食堂でのこともそうだが……余の妻であったあれは、そのようなことは言わなかったがな」


 よほど、魔王を恐れ、魔王に合わせていたのだろう。

 よく、1人子どもを出産するまで我慢していたものだと、リーゼは感心しながら魔王に言った。


「それはきっと、魔王様や魔族の皆さんに気を遣っていたのですわ。でも……私には同じことを強いたりいたしませんわね?」

「ああ。まあ、そうだな」


 魔王は寛大に笑った。まだ、怒らせてはいない。

 薄氷を踏む思いで、リーゼは言った。


「では、どうして人間が花を楽しむか、お分かりにならないのですか?」

「うむ。わからん。食用になるか役に立つかしない植物など、全て根絶やしにしても構うまい」

「それは酷いですわね。私が教えて差し上げます」

「……ふむ。やってみるがよい」


 リーゼは胸を撫で下ろしながら、侍女を振り向いた。


「紙はある?」

「はい。お嬢様」


 エリザが、前掛けから薄い紙を数枚取り出した。


「これは、紙です」

「知っておる。魔族も紙を使う。木の繊維を固めたものだ」

「では、この紙を花に変えます」


「そんなことができるのか? レジィ、知っておるか?」

「リーゼは、魔法を操ります。植物を操るのを見たことがございます」

「ほう。魔法でか? いや……違うようだが……」


 リーゼは一枚の紙を折り、花を作り上げた。つまり、折り紙だ。


「いかがです?」

「うむ……見事だな。実に不思議だ」

「役には立ちません。でも、形が複雑で、見ていても飽きません」


 いいながら、折り紙の花をリーゼは回して見せた。


「そうかもしれんな」

「さまざまな色がつけば、楽しみは増しますわ」

「そうかもしれん」

「人間はこのようなことに、喜びを見出すのですわ」

「くだらん」


 リーゼが示した行為に、魔王は一喝するような言葉を投げつけた。

 リーゼの手から折り紙の花が落ちる。

 魔王の手が、落ちる花を掬った。


「そなたを叱責したのではない。そうだな……800年前、あれからそのような話もきかされたような気がする。余が理解できなかったのだろう。リーゼ、人間の全権大使よ。そなたと話したかった。余は少し、人間というものを知るべきであろうな」


「そのお方は、我慢強かったのですわね」

「ああ……リーゼを見ていると、あれがいかに我慢していたのかを思い知る。だから……いや、結論を急ぐべきではないだろう。リーゼよ。そなたは人間の代表として、余の城にいる。余に何を望む?」


 唐突に本題に入った。リーゼは息を飲んだ。

 飲み物が欲しかったが、魔王の前で飲み物を求めて、リーゼが飲むことができないものを出されては、次にいつ本題に入れるかわからない。

 リーゼは言った。


「私が望むのはただ、人間という種族の存続です」


 リーゼは、悪役令嬢という役割を忘れて話した。魔王も、それは気にしなかった。


「生き延びさえすれば、どんな形でも構わないということか?」


 魔王はリーゼを見つめ、口角を上げた。笑みだろう。牙が覗いた。威嚇ともとれる表情だが、笑っているのだとリーゼは理解した。


「私を大使と認めていただいたことで、人間という種の絶滅がすでに3日伸びております。私が交渉して、皆殺しにはしないという結果が得られたなら、それ以上何を求めましょうか」

「すでに大半の人間は殺した。現在生き残っている人間を全て生かせと言うつもりか?」

「もし、魔王様がお許しになるのでしたら、私の望みはその通りです」


「リーゼ、そなたは全権大使としてここにいる。そなたと余の約束事に、意を唱える人間は全て殺す。それは譲れん」

「わかりました」

「なるほど」


 魔王は考え込むように押し黙った。


「余は、数千年を超える長い時間の中で、妻を持ったのは800年前の1年間ほどの期間にすぎん。余は、同族を妻とすることができないようだ」


 突然話題を変えた魔王に戸惑いながら、リーゼが息を飲んだ。

 リーゼの手元にコップが置かれ、水が注がれた。

 注いだのがエリザだと気づき、リーゼは安心して水を口にした。


「それは、寂しいですわね」


 話題が変わったと判断したリーゼは、意識して口調を変えた。

 だが、実際には話題は変わっていなかったのだと、魔王の言葉で気付かされた。


「あの時は、はっきりとは言わなかったかもしれんな。人間を1人も残さずに皆殺しにするという当初の方針を変えるための条件は、ただ一つだ。リーゼよ、余の妻となれ」

「なっ! そ、そんな……」


 魔王の望みは感じてはいた。だが、明確に言われると、その衝撃は大きかった。

 リーゼは腰をあげかけ、座る。人間が圧倒的に不利な立場にいることを、思い出したのだ。


「私を妻にして、何人生き延びますの?」

「妻としての、リーゼのあり方で変わる」


 リーゼはコップの水を全て飲みほした。

 傍に控える魔族将軍レジィが、心配そうに見つめていた。


「お嬢様、ここは、結論を急がなくても」


 囁くエリザの額を、リーゼは叩いた。

 リーゼの中で、何かが壊れる音が聞こえた。

 リーゼは立ち上がった。


「どうした? 余の妻は嫌か?」

「おーほっほっほっほっ! さすがは魔王陛下、この私を妻にしたいとは、お目が高くていらっしゃるわね! でも陛下、間違っていらっしゃいますわ」

「ほう。余が間違っていると?」

「リーゼ、言い過ぎだ。謝罪しろ。陛下、リーゼは頭に血が昇って……」


 口を挟んだレジィの頭部を、やはりリーゼはペちりと叩く。


「お黙りなさい。魔王陛下、私と結婚なさりたいなら、脅すのではなく、口説いてくださらない?」

「人間が皆殺しにされてもいいのか?」

「陛下、私には、人間の未来が託されているのですわ。その未来が全滅であるのなら、人間たちは私に感謝して受け入れるべきでしょう。おーほっほっほっ!」


 リーゼが背を向けようとする。魔王が立ち上がる。リーゼよりはるかに背が高く、恐ろしいほど巨大だ。


「よく言った! リーゼよ。必ずや、余に結婚してくれと言わせてみせる」

「おーほっほっほっほっ! 楽しみにしていますわ。それから、人間の女の口説き方を知りたければ、参考書をお貸ししますわよ」


「ふん。そんなもの……レジィ、どんなものか知っているか?」

「はい。陛下も、お読みになったほうがよろしいかと」

「よかろう。借りてやる」

「では、届けさせますわ」


 リーゼは背を向ける。魔王に命じられ、慌ててレジィが先導する。


 震える足を叱りつけながら、庭園から脱出したリーゼは、エリザにしがみつきながら膝から崩れ落ちた。


 人間の滅亡予告日まで31日

 魔族が滅びるまで41日 

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