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私が悪役令嬢にならないと人間が滅亡するらしいので  作者: 西玉


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53 魔王の食事

 リーゼは、魔族将軍レジィの邸宅から魔王城に移住を迫られた。

 人間の全権大使であり国賓である。

 魔王城で迎えるのは当然だとも言えるが、リーゼは落ち着かなかった。

 魔王は、人間を滅ぼそうとしている。その魔王を止めるためには、リーゼが魔王に気に入られ、妻になるしかないのだ。


 リーゼの荷物を運び、使用されていなかった部屋を整えるのに、二日を要した。

 二日後の夜、将軍であるレジィ自らが大きな木箱の荷物を運び入れた。

 リーゼは、公爵邸の自室より遥かに大きく立場な部屋に気後れしながらも、荷物を部屋に置いたレジィに礼を言った。

 すでに夜は深く、リーゼは夜間着に着替え、リーゼの髪を連れてこられたメイドのエリザが櫛削っていた。


「礼などいらんさ。オレは、リーゼは魔王様に殺されると心配していたんだ。また、リーゼの話が聞けるしな」


 レジィは笑うと、運んできた箱の蓋を開けた。

 それはリーゼの荷物だった。魔王領にはないものだ。

 リーゼが参考書にと持ってきた、悪役令嬢が登場するロマンス小説が詰め込まれていた。

 レジィは『リーゼの話』と言った。それは、リーゼから話を聞くという意味ではなく、リーゼが出てくる物語を聞くという意味だったらしい。


「『また』って、レジィはお屋敷があるじゃない。そっちに戻らないの?」

「魔王陛下は、すぐに呼び戻されることになるから、自領に戻っても魔王城に滞在しても構わないと勅令を出した。それに、オレはリーゼの親友だからな。できるだけリーゼの側にいて、望みを聞くように命じられた」


 レジィはにかりと笑う。魅力的な笑みではあるが、口元から牙がこぼれる。


「そう。ねぇ、レジィ……マーベラさんとヌレミアさんはどうしているの? 私の友達、覚えているわよね?」

「ああ。覚えているさ。寝たままだ。手がかららない」


 まだ動けないのだろう。かなりひどい拷問を受けたのだ。

 それを実行した本人であるレジィが全く呵責を感じていないのが、魔族の性質を物語っている。


「なら、カレンとラテリア様は?」

「……誰のことだい?」


 レジィは本気で首を傾げた。言いながら、開けた木箱の中を物色している。どの話を読んでもらうか、選んでいるのだ。


「魔王様の前で、隣に座っていた人間の女と、天井からぶら下がる籠に裸で入れられていた人間の男のことだけど」

「ああ……あの女は、魔王様の娘パメラ様の魂を持っているらしいね。魂をどうやって取り出すかの研究が済むまで、放置されているはずだ。あの男の人間は、勇者だと確認できなかった。あの女は、男を殺すと勇者がどこに出るのかわからなくなると訴えた。だから生かされているが、人間を滅ぼす時に殺すだろう」

「そう。なら、まずは無事なのね」


 リーゼはラテリアの生死に関心がなくなっていたが、一人でも多くの人間を生き延びらせることが使命だと思っているため、聞かざるを得なかったのだ。

 リーゼが黙ると、レジィは一冊の本を取り上げた。


「これがいい」

「はい、はい」


 リーゼの髪をまとめ、メイドのエリザが本をとる。

 エリザが読み始める前に、リーゼが口を開いた。


「私、魔王様の嫁になりたいんじゃないわ」

「わかっている。でも、魔王様に気に入られなかったら、殺されるぞ」


 リーゼが悩んだ挙句の言葉を、レジィはあっさりと切り捨てた。


「ええ。でも、私にできるかしら……」

「リーゼが魔王様の妻になったら、オレを大将軍にしてくれ」


 レジィは、にこにこしながら自分を指差した。

 自らの欲望に真っ直ぐで、私利私欲しかない。

 それが、魔族の強さなのだろうか。

 リーゼは考えるのを放棄した。


 引っ越しが終わった。明日から、魔王と面会しなければならない。

 そのことを考えると、恐ろしく、体が震えた。

 対策は、ロマンス小説の中にあるのだろうか。


 エリザが朗読を始める。

 出てくる悪役令嬢の名前が、リーゼに変換される。

 どの物語にも、悪役令嬢が人間の生存を欠けて魔王に嫁入りする展開は、描かれていなかった。


 ※


 朝、魔族将軍レジィに朝食に誘われたリーゼは、専属メイドのエリザを連れて城内を移動した。

 レジィが先導し、食堂だと案内されて潜った扉の先に、魔王がいた。

 食堂の際奥に陣取り、左右には畏まった魔族たちが給仕のために並んでいる。

 一人一人の魔族が、鍛え抜かれた人間の兵士以上の力を持つはずだ。

 食堂なので、どこで食べてもよいかとリーゼは期待したが、前にいたレジィが裏切った。


「陛下、リーゼが相席を求めております」


 レジィが膝をつく。


「ちょ、ちょっと待って。朝からそんな、人間である私が……」

「よかろう」


 レジィに囁くようなリーゼの抗議が、魔王の一言で打ち消された。


「リーゼ、よかったな」


 レジィが満面の笑みを見せる。


「……では魔王陛下、失礼致します」


 リーゼは、声の震えを抑えるのに必死だった。代わりに脚が震えた。膝が笑う。

 震える脚をしかりつけながら、まっすぐに進む。

 見れば、実際のところ魔王が鎮座する前のテーブル以外に、テーブルが存在しない。

 リーゼは、魔王と向かい合って食事をする以外の選択肢など、初めからなかったのだ。


 レジィと魔王のやりとりは、予定されていたことなのだ。

 リーゼが椅子の横に立つ。

 エリザが椅子を引こうとして、給仕係の魔族に阻まれた。


「リーゼお嬢様のお世話は私が」

「王城内のことは、我らにおまかせを」


 魔族も譲らなかった。


「リーゼはどらちがいい?」


 二人のやり取りを見ていた魔王が尋ねる。二人がリーゼを見た。


「エリザは、私の幼い頃から仕えてくれております。できれば、エリザでお願いします」

「下がれ」

「失礼致しました」


 魔王の一言で、魔族の給仕係が下がった。

 リーゼが席に着く。


「人間と朝食を共にするのは、数百年ぶりだ。口に合えばいいが」


 リーゼの前に、首を切り落とされて血を噴き出した状態の子豚が運ばれてきた。

 魔王の前には、大きな豚が置いてある。


「魔王陛下……これは、どのように食べればよろしいのでしょうか?」

「人間は、食べ方を知らないのか?」


 魔王は恐ろしい笑顔を見せ、豚の死骸から肉を鷲掴みにし、ちぎり取って口に入れた。

 咀嚼する、ぐちゃぐちゃという音が気持ち悪い。


「陛下……私は、生肉は食しません」

「なにい!」


 魔王がテーブルを叩いた。リーゼが凍りつく。嘘でも、食べふりをしなければならない。

 吐いてしまったらどうしよう。リーゼはそう思い、緊張しながら肉に手を伸ばす。


「直ちに焼いてまいれ!」

「失礼致しました!」


 リーゼが覚悟を決めた時、魔族の給仕係が慌ててリーゼの前から豚の死骸を運び出した。

 流石に、エリザは手を出さなかった。


「スープを」

「承知いたしました」


 リーゼと魔王の前に、スープが置かれた。

 手を洗うような大きな器の中に、赤い液体が満たされ、大量のカエルが泳いでいた。

 魔王は器を持ち上げて飲み干す。


「どうした? 腹痛か?」

「カエルは食したことがございません」

「美味いぞ」

「生きたままでは食べられません。調理はなさらないのですか?」


 魔王がテーブルを叩いた。


「なぜ調理せぬ!」

「失礼致しました!」


 魔族の給仕係が運び去る。

 魔王が食事を終えるまで、リーゼは何も食べることができなかった。


「人間は少食か? 思えば、かの者も余と同席し、ほとんどの食べ物に手をつけなかった」

「魔王陛下、人間は、食材を調理します。火を通さないものを食べると、病気になることもありますので」

「ほう。確かに、人間は体が弱いと聞く。レジィ、貴様は人間の城に行ったことがあろう。どの様な物を食べていた?」


 リーゼの横に、ずっとレジィが立っていた。レジィは頷く。


「なるほど。人間は不思議な動物の肉や植物を栽培するものだと思っておりましたが、焼いた肉でしたか」


 レジィは当てにならないようだ。


「レジィ、人間の食べ物は気に入ったの?」


 リーゼは尋ねた。知りたいのは、魔族の味覚だ。


「ああ。美味かった」


 レジィは口の周りを舌で舐めた。味を思い出したのだろう。


「魔王陛下、では、そのうちに人間の食べるものを披露させてください。そのために、お願いがございます」

「願いとは?」


「レジィ閣下の屋敷に、私の友人の付き添いをしている侍女が二人おります。そのうちの一人で結構です。城にお招きください。私も食事を作るのは得意ではありません。手伝いを頼みたいのです」

「よかろう。レジィ、一人連れてこい」

「心得ました」


 レジィが頭を下げる。

 朝食は終わったものの、リーゼは結局、何も食べることができなかった。


 人間の滅亡予告日まで31日

 魔族が滅びるまで41日 

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