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私が悪役令嬢にならないと人間が滅亡するらしいので  作者: 西玉


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52 魔王の妻

 魔王の自室は、広間があった巨大な玉座の後ろにある長い階段を登り、通路を進み、いくつかの部屋を通り過ぎた先だった。

 どうしてリーゼが行き着いたのかといえば、魔王の命令でレジィがリーゼのすぐ後ろを歩き、拒否することはできずについて行ったからである。


 城で最も奥まったところにあったのが魔王の部屋であることは、間違いなかった。

 部屋は広く、恐ろしい地獄絵図が壁を埋め尽くしていた。

 しかし、リーゼにとっては地獄絵図でしかない恐ろしい光景は、魔族にとっては栄光ある勝利をもぎ取った、誉ある歴史絵巻に他ならない。


 自室に入り、魔王は王冠を外した。

 頭部を覆い尽くすような無数の角は、王冠に取り付けられた飾りではなく、直接頭蓋骨から生えているのだとわかった。


 王冠に続いて、魔王がマントを脱いで等身大の人間の像の腕に乗せた。

 リーゼは、まるで生きているかのような人間の彫像は、本当に石化した人間なのではないかと疑った。

 魔王が、人間の像を部屋に置く意味が理解できなかった。


「どうした? その人間が気になるか?」


 部屋に入り、リーゼが凝視していたことを察した魔王が、人間の頭蓋骨のみを固めて作成したと思われる椅子に腰掛けながら尋ねた。

 魔族将軍レジィは、魔王の部屋に入るなり、扉の前で膝をついていた。


「これを『人間』と言ったの? ただの彫像ではなくて?」


 相手は魔王である。リーゼは、勇気を振り絞って悪役令嬢らしい口調を維持した。


「それは、余が唯一愛した人間の女だ。余の娘、パメラの母でもある。現在はカレンだったか?」

「どうして、石にしたの?」

「余を裏切ったからだ。もともと、余を殺すために送り込まれたそうだ。余の正式な妻となり、子をなし、育てた。一生、余に尽くすつもりだったと言った。だが、人間の本国からのたった一通の手紙で、この女は余を殺そうとした。毒などで余が死ぬはずもない。それでも、余の食事に人間であれば数万人は殺せるはずの毒を混ぜた」


 どうやら、本当に石化した人間らしい。リーゼは、石化した女性に乱雑に投げられたマントを外し、石となった全裸の体を隠すように掛け直した。

『ありがとう』そう言われた気がしたが、気のせいだろう。


「魔王が、人間を愛したんですね」

「ああ。その時には、盛大に結婚式も執り行った。だが、余が人間を滅ぼすことを決意したきっかけも、その女だ」

「どうして、この人が毒を持ったのか、調べたの?」


「当然だ。本国からの司令書が見つかった。女も認めた。余とて、全く毒が効かなかったわけではない。三日三晩、生死を彷徨った」

「でも、本国からの指令に、この人が従わなければならなかった事情までは調べなかったのね」

「どういう意味だ?」


 リーゼは、肩からマントを羽織った女の石像の頬を撫でた。


「深い意味はないわ。ただの推測だけど……魔王が毒で死ぬなんて、考えてもなかったでしょう。でも、本国からそう指示された。本国の指示に従えば、結果的に魔王が死ななくても、この人は許されるのかもしれない。この人が送り込まれたのなら、きっと弱みを握られているのだわ。弱みを握られ、魔王に毒を飲ませるしかなかった。毒を飲ませたでしょう。それは、魔王が毒では死なないとわかっていたから……だとしても、魔王にとって人間は皆殺しにするべき敵なのかしら?」


 リーゼが魔王を振り返る。

 玉座に腰掛けていた時より、ずっと老けこんで見えた。

 魔王の言うとおり、石像の女がカレンの母なのだとしたら、およそ800年前のことになる。


 その間、魔王はずっと魔王であり続けたのだ。

 長い間の戦争を指揮し続けてきた。

 魔王の種族の寿命はわからないが、年老いもするだろう。だが、ほんの数分で、魔王は800年も年老いたように見えたのだ。


「千年前に10億以上いた人間が、もはや1万人に満たないほどしか残ってはいない。今さら、止めることはできん」

「カレン、いえ……かつてのパメラは、どうして死んだの?」


「この女が死んだ時には、すでにパメラは成長していた。余が不覚をとり、生死を彷徨い、この女が生きながら石とされた。パメラは、半分は人間の血を引きながら、人間より魔族であることを好んだ。余を裏切った人間の母を恨み、余が2度と裏切られることがないよう、余と魔族の危機を警告する役目を担おうとしたようだ。その結果、魂を転生させることにより、魔族の危機が訪れるまで眠りにつくことにした」


「では、当時のパメラの肉体はどうしたの?」

「地下の永久凍土に保管されている。だが、カレンという器があるのだ。魂を確実に移す方法はない。魂は、我ら魔族にとっても、難解で不可解なものだ」


 リーゼは、魔王が本題に入ろうとしているのを理解して、小さく頷きながら身構え、言った。


「カレンは人間だわ。過去に魔族の姫だったことがあったとしても、前世以前のことでしょう。なら、同じような人間はたくさんいる。カレンを殺さないと言うのなら、他の人間たちも殺さずに生かすべきよ」

「ああ。それが正論だろう」


 あるいは激怒するかと恐れたが、魔王は意外にも鷹揚に頷いた。


「では……」

「カレンは殺す。パメラの肉体に戻るかどうかを試してからだがな。それでいいか?」


 良くない。魔王の答えは、リーゼが望んだのとは全く違った。

 魔王の表情が歪んでいる。笑っているのだと、リーゼは感じた。


「そんなの、嘘だわ」

「嘘とは?」

「もし、カレンもろとも人間を皆殺しにする気だったなら、私を連れてくる必要はないでしょう。全軍に召集をかけて出兵しようとしていたのに、止めたのでしょう? 魔王あなた……パメラのお母さんを、まだ愛しているのね?」


 憎み、石にした女を、800年も自室に置いているのだ。

 リーゼの問いに魔王は答えず、ただじっとリーゼを見つめていた。


「魔王、奥さんは?」

「余に釣り合う魔族の女がいないのだ」

「だから、人間を愛したのね。人間であれば、相手を愛しさえすれば、力があろうと財産があろうと、関係ないもの」


 多分そうだ。リーゼは、異性を真剣に愛したことはなかった。

 好きだと思っていたラテリア王子はリーゼを裏切った。そのラテリア王子についても、リーゼは生まれた時から婚約者だと決められていたのだ。

 人間の世界が続けば、悩むことなく結婚しただろう。

 リーゼが語る恋愛のことは、全て悪役令嬢の学習から来た推測である。


「愛しさえすれば? 違うであろう。命じられさえすれば、であろう」

「どんなに強く命じられても、何を代償にされても、愛していない男の子どもなんて産まないわ。人間の女にとって、出産は命がけなのよ。この人は、毒を盛ったのでしょう。どうして、それが分かったの?」

「こやつの持ち物から、使い残しの毒薬が出てきた。全ての毒を呑んでいれば、余とて死んでいたであろう」


 魔族は肉体が強い。毒に強いかどうかまでリーゼは知らないが、魔王が特別強いのだということはわかる。

 だが、リーゼは納得しなかった。


「つまりこの人は、命じられて魔王に毒を盛ったのね。全ての毒を飲ませれば死ぬことがわかっていたから、死ななくて住む程度の量に抑えたんじゃないの? でも、魔王は毒で倒れた。この人が誰かの命令を拒んだかどうかは、知りようがないわ。この人は、何かを守ったのよ。その中に、魔王の命も含まれているわ」

「黙れ!」


 リーゼが断言すると同時に、今まで穏やかに話していた魔王から、鬼気迫る怒気が発せられた。

 リーゼは、全身に鳥肌が立ち、膝が震えた。

 だが、それでもリーゼは耐えた。


「この人への恨みのために人間を皆殺しにすれば、魔王は永遠に後悔し続けるわ。長いでしょうね。魔王の長い寿命の間、ずっと苦しみ続けるでしょうね。この人を許してあげて。人間は裏切るでしょう。私だって、何度も裏切られた。でも、それは魔族だって同じでしょう? 生きるためだもの。この人を許せば、きっと……また新しい奥さんを迎えられるわ。それとも、この人は石から戻せるの?」

「リーゼ、石化から800年経っている。石化を解けば、砂となって崩れ去る」


 戸口で膝をついていたレジィが答える。魔王は答えず、ただじっとリーゼを見つめていた。


「人間が、魔族を愛するか? しかも、魔族の中で最も醜く、呪われた存在である魔王を。できるものか」

「どうしてわかるの?」

「では、貴様が証明してみせよ」

「えっ?」


 リーゼは、一瞬言葉を失った。

 振り向いてレジィを見る。レジィは膝をついたまま、親指を立てていた。


「不服か?」


 魔王の目が光る。

 断れば、リーゼだけでなく、全ての人間が死ぬ。

 それだけは避けなくてはならない。

 リーゼは、魔王を見つめ返した。


「私を、人間という種族の全権大使と認めてくださるなら、人間の代表として、お受けします」

「承知した。レジィ、余はこの者を、国賓として遇すると触れよ。将軍たちは戻ってもよいが、数日後に再び呼び戻すと伝えよ」


「数日後に呼び戻す名目は、なんでございましょう」

「それは、この者次第だ。全軍を上げて人間を滅ぼすか、あるいは余の婚姻を祝う宴になるか」

「承知しました」


 レジィは頭を下げて去る。魔王は、リーゼにも下がるよう命じた。

 リーゼは、強引に体を奪われることも覚悟していたため、内心で非常に安堵しながら部屋を出た。

 通路にいた護衛の魔族と目が合った。


「おめでとうございます。上手くやりましたな」


 魔族は言い、魔王に呼ばれて部屋に入った。

 扉が閉まった後、一人になったリーゼは、腰から崩れ落ちた。


 人間の滅亡予告日まで34日

 魔族が滅びるまで44日 

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