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私が悪役令嬢にならないと人間が滅亡するらしいので  作者: 西玉


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51 魔族の特徴

 悪役令嬢であらねばならない。

 リーゼは、それだけを考えて声を張り上げた。


「どうした人間。レジィの客であったな」


 黒い霧をまとい、真っ青な肌とねじれた厳つい角を何本も生やした男が、がらがらとした声で玉座で発言した。

 魔王だ。


「リーゼ」


 レジィが、リーゼの腕をとった。魔族将軍レジィが、小声を出すことなど想像できなかった。

 レジィは、赤い顔から血の気を失っていた。

 リーゼは、レジィの手を払う。


「人間を一人も残らずに殺すというのなら、まだ軍を出すには早いでしょう」


 魔王の目が赤く光る。リーゼは、膝が笑うのを自覚した。

 精神的な攻撃を受けているわけではない。単に、リーゼが恐れているのだ。


「まずは、貴様を殺せとでも言うつもりか?」

「私だけじゃないわ」


 声が震えた。だが、黙ってしまうわけにはいかない。

 夢に出てきた女神は言った。リーゼが悪役令嬢にならなければ人間は滅びる。だが、リーゼの幸せまでは約束しない。


「他に、人間がどこにいる?」

「そこと……」


 リーゼは、全裸にされたうえに鳥籠に入れられて醜態をさらしている、ラテリア王子を指差した。


「リーゼ、何を言うのだ。私を先に殺すのか? 私のことを愛しているだろう?」

「そこ」


 リーゼはラテリア王子の声を聞きながら、指を魔王の隣に向けた。


「ふざけるな! 私を誰だと思っている!」


 玉座の隣に据え付けられた椅子から、尖った飾りのついたマントを羽織ったカレンが立ち上がった。


「この者はよい」

「そうかしら?」


 魔王の宣言に、リーゼはカレンの前に移動した。

 カレンを飾り付けていた衣装を剥ぎとろうとする。

 カレンが抵抗した。リーゼはカレンに打たれるより先に、カレンの頬を叩いた。

 カレンの頭から、飾りが飛ぶ。

 綺麗に切り揃えられた黒髪が溢れた。


「……人間だ」


 会場にいた誰かが言った。同調するように、魔族たちがざわめく。


「余の娘だ」


 魔王が、周囲を威圧するように声を絞り出した。


「でも、人間よ。魔王様、いつから人間の親になったの?」

「魂は魔族だ」

「問題は、人間の肉体であることでしょう? カレンは魔族を産めるの? 人間の血を残すの?」


 リーゼの言葉に魔族たちがざわめく。


「人間は、根絶やしにせねばなりません」


 ざわめく魔族の中から、堂々とした体格の男が進み出た。


「魂が魔族であれば、魔族になる方法がある。そうであったな?」


 魔王が尋ねたのは、魔族の中にいた白く長い髪をした、しわがれた男だった。


「はい。方法はございます」

「なら、人間たちの中に、魔族だった者たちもいるはずでしょう。その者たちは、殺す必要はないわ」


 リーゼの言葉に、カレンが厳ついマントを脱ぎ捨てた。重くて動けなかったらしい。

 だが、ティアラもマントも脱いだカレンは、ただの人間の小娘にしか見えなかった。


「冗談じゃないわ。私は闇の魔法が使える。生まれつきよ。人間たちの中に、他に同じことができる者はいないわ。だからこそ、私は認められたの」


 カレンが自分の胸を指しながら言った。

 リーゼはあえてカレンだけを視界に入れた。魔王を見れば、足が震える。心が挫けそうになるからだ。


「本当に、人間を魔族にする方法なんてあるの? 魔王様は、知らなかったみたいだけど? あの白い魔族、どうやって買収したの?」


 リーゼは、口元に笑みを浮かべることに成功した。

 一つ間違えれば、リーゼはこの場で死ぬだろう。全ての意識を顔の表情に費やした。


「無礼だぞ、人間。魔族宰相である我が、買収などされるはずがない」

「では、どうして早く、この人間の小娘を魔族にしてあげないの?」


 リーゼはカレンを指差した。魔王がうなる。


「答えよ、ガラン」

「まだ、研究中です」


 ガランと呼ばれた白い魔族は、苦しそうに言った。リーゼは膝をつく。魔王に訴えた。


「魔王様、魔族は強く、長く生きることができる代わりに、子孫ができにくいと聞いたことがあります」

「否定はせん。人間どものかつての数の多さを考えれば、我ら魔族はごくささやかな数しかいない」

「もし、過去に魔族として生きた前世を持つ魂の人間を魔族にすることができれば、魔族の数は飛躍的に増えるでしょう。その方法が確立されれば、人間はむしろ増やして、魔族になれるかどうかを試すべきではないでしょうか」


 リーゼの言葉を、魔王は真剣に聞いているかのように見えた。


「ガラン、どう思う?」

「魔族の数は、外敵である人間が減れば、自然に増えるでしょう。ですが、どのような形で人間が魔族になるのかは研究中です」

「かつて魔族だった、魔族の魂を持った人間を魔族にする。それは、確実にできるのか?」

「それは、なんとも……」


 白い魔族は俯いた。リーゼにとっては、ガランの研究が成功するがどうかは、あまり重要ではなかった。

 残り30日余り、人間が全滅しないように引き伸ばすことだけを考えていた。

 白い魔族が顔を上げる。


「しかし、過去に魔族だったことのある魂を持つ人間はわかります」

「ほう。どうやって見分ける?」


 リーゼは黙っていた。ガランは目を輝かせて口を動かす。

 横で聞いていたリーゼの全身から汗が噴き出てきたのは、自分の精神力が限界にきているのだと自覚した。


「人間は、本来魔力を持ちません。魔力を持つ人間は、何らかの形で魔族と交わっているはずです」


 魔王の視線が、白い魔族からリーゼに注がれる。


「お前は人間だな?」

「はい」

「魔族の特徴は?」


「ありません。私の両親も人間です」

「ふむ。では、魔力を持たぬか?」

「魔王様、このリーゼは、植物を操る魔法を用いてオレを助けました」


 突然、リーゼの前にレジィが膝をついた。


「その人間は魔力を持つが、魔族の特徴は持たぬ。どういうことだ?」

「死んだ魔族の魂が、次もまた魔族に生まれ変わるとは限りません。死んだ魔族の魂が人間として生まれたのであれば、魂を力の起源とする魔力は宿るでしょう」

「どうやって見分ける?」

「本当に魔族の特徴を持たないか、調べてみてはいかがでしょうか?」


 魔王の問いに、レジィが答えた。


「ちょっとレジィ、私を売るの?」


 リーゼが小声で抗議すると、レジィは笑みを浮かべて顔だけを向けた。


「約束だろ。なんでもするはずだ」

「でも……」


 魔王は玉座のまま動かず、ただ口だけを動かした。


「人間の娘よ、脱ぐか? ひょっとして、魔族の特徴が自分では見つけられない場所にあるかもしれん」

「魔王様、この娘は、オレの言うことにはなんでも従うと約束しました。ですが、これほど多くの魔族の前で脱がすのは、約束の範疇を越えております。オレは、この娘に助けられました。なにとぞ、魔王様ご自身でお確かめください」


 リーゼは恐ろしくて声が出なかった。悪役令嬢になり切ろうとしても、魔族の只中で、魔王の前に出た令嬢を知らなかった。

 レジィの言葉が、リーゼにとって最悪の内容ではないことだけが救いだと感じた。


「人間の娘よ。魔族だった魂を持つ人間を見分ける方法に、心当たりはあるか?」


 リーゼはカレンを見た。カレンはリーゼを睨んでいた。人間を皆殺しにすることに、なんら感傷を抱いていないのだろう。

 ガランの言葉を聞いていたリーゼには、わかっていた。


「ございます」

「嘘よ! そんな方法、聞いたことがないわ」

「カレンは知らないのでしょう」


 さらに言い募ろうとしたカレンの前に、魔王の巨大な手がかざされる。

 カレンは言葉を失い、魔王は言った。


「今日の出陣は取り止めだ。ガラン、研究を急げ。レジィ、人間の女を連れて来い」


 魔王が立ち上がる。レジィは恭しく頭を下げ、震えているリーゼの手を掴んだ。


 人間の滅亡予告日まで34日

 魔族が滅びるまで44日 

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