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私が悪役令嬢にならないと人間が滅亡するらしいので  作者: 西玉


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50 魔王城

 赤いドラゴンの背に乗り、リーゼは魔王城を見下ろしていた。

 ゴルシカ王国の王城よりはるかに巨大で、外壁が黒く、禍々しい。

 広い庭園があり、ドラゴンたちがたむろしている。最強の魔獣ドラゴンが大人しくしているのは、魔族に従えられているからだろう。


 リーゼは、赤鬼族の魔族将軍レジィの背にしがみつき、地上に降りた。

 ドラゴンのギェールが後ろ足で地面を踏む、どしんという地響きと同時に、土煙で何も見えなくなった。


 リーゼがまごまごとしていると、体が宙を舞った。

 レジィがリーゼを抱っこして、地面に飛び降りたのだ。

 リーゼが地面に足をつけると、魔族と思われる若い男たちが、一斉に膝をついた。


「レジィ将軍、お待ちしておりました」

「ああ。遅れたか?」

「いつもの遅れ方に比べれば、早い方でしょう」


 膝をついた魔族の男は、水色に近い薄い青色の肌をした、短い角が二本生えた、細長い顔をしていた。

 リーゼは、自分に対して礼を尽くしたのかと勘違いしたことを恥ずかしく思った。

 何も言わずにいたことが幸いだった。


「レジィ、いつもそんなに遅刻しているの?」

「いい女と強い将軍は、遅れていくものだと決まっている」


 レジィが牙を見せながら笑みを見せた。


「将軍が大勢いた方が、魔王様に怒られずに済むかもしれないからでしょう」


 魔族の若者が言うと、周囲から笑い声が起きた。

 レジィが発言した魔族を蹴飛ばす。

 レジィの方が、はるかに体は小さいにもかかわらず、蹴飛ばされた若者が吹き飛んだ。


「他の将軍たちは、すでに揃っているのか?」

「はい。魔王様はお待ちになっています」


 別の魔族が答える。


「なら、伝えろ。人間たちの代表を連れてきた。私の言うことなら、なんでも聞く」

「ちょっと、レジィ」

「約束しただろう? 『なんでも言うことを聞く』と」


「……ええ。確かに、言ったわね」

「聞いたとおりだ。行け」

「はっ」


 魔族が走っていく。リーゼは、マーベラとヌレミアの命を救うために、どんなことでも言うことを聞くと約束していた。

 レジィの個人的な望みだと願っていたが、それほど甘くはないらしい。


 庭園に集まっていた魔族は、まだ下っ端なのだろう。

 レジィが歩くと、避けるように道を空け、近くの者は膝をついた。

 リーゼはレジィの背を負いながら、ひざまずく魔族の中を歩いた。


 ※


 庭園から魔王城に入る。

 リーゼは、前を進むレジィに話しかけた。


「ねえ、どうして今日は魔族が集まっているの? 本当に、ただの宴なの?」

「ただの宴だ。オレたちにとってはね」


 リーゼは、前を進むレジィの表情を見ることはできなかった。

 魔王城の中に入っても、魔族たちの列は続いた。

 庭園にいた者たちと違い、魔族将軍を見たところで、膝をついたりはしない。

 ただ、親しげに挨拶を交わしながらレジィは真っ直ぐに進む。


「レジィたちにとっては? では……人間にとっては、別の意味があるの?」


 リーゼが尋ねると、レジィは足を止めた。振り返る。


「すぐに解る。それよりリーゼ、体はもういいのか?」

「ええ。何も問題はないわ」


 ほんの3日前、傷に悩まされていたとは思えないほど、リーゼは回復していた。

 ヌレミアの侍女が持ってきた魔法薬を飲んだおかげかもしれない。


「なら、よかった。魔王様に引き会わせる。怪我人を魔王様に会わせて、倒れられでもしたら、オレの失態になる」

「大丈夫よ。私は、悪役令嬢だもの」


 リーゼは言いながら、今までに読んだ物語を思い出そうとする。

 人間の存亡を背負って魔王と対決する悪役令嬢を探した結果、失敗した。

 魔族将軍レジィは、どんどん魔王城の奥に向かって進み続けた。

 魔族は、人間ほど数は多くない。魔物を従えることに長けているため、戦力としては侮れず、結果として人間の国は全て潰された。


 レジィは魔王に会いにいくのだと言った。

 魔王がいるのは、城内でも広い場所に違いない。

 レジィが進む場所には、数が決して多くない魔族が、入れきれないほど溢れていた。


 今日、城でいったい何が起こるのだろうかと、リーゼはだんだん不安になった。

 レジィが足を止める。

 一際大きな扉がある。

 周囲には、魔族が溢れている。

 レジィが扉の前に立つと、武装した魔族が声を張り上げた。


「レジィ将軍のご到着!」


 轟く大声と同時に、扉が軋みをあげて開く。

 開いた両開きの扉の間からリーゼの視界に飛び込んできたのは、ひしめきあう魔族たち、その向こうに、真っ直ぐに道が開いたその先に、玉座に座る真っ青な顔の男がいる。

 魔族将軍レジィは、敷居を跨ぐことはせず、その場に膝をついた。

 慌てて公爵令嬢リーゼも、最上の礼儀を示す。


「構わぬ。レジィよ。余の元へ」


 玉座に腰掛ける大男が、静かに口を開く。不思議と、耳元で囁かれたようにはっきりと聞こえる。


「ありがとうございます」


 レジィは立ち上がる。


「レジィ、私は?」

「一緒に」

「うん」


 急いで小声で尋ねると、レジィは珍しく小声で返した。

 レジィが声を落とすほど、緊張する相手なのだとしれる。

 魔族の上下関係はわからない。だが、魔王とは特別な存在なのだ。

 将軍レジィが広間の中央を歩く。


 周囲から、囁く声が聞こえた。

 明らかに、レジィに対する噂ではなく、連れている人間の娘、つまりリーゼのことを話している。

 直接声をかけてくる者はいない。レジィの連れだとわかっているからだろう。

 リーゼに声をかけ、もしレジィが足を止めることがあれば、玉座の魔王に対する無礼にあたるからだ。


「リーゼ!」


 ただ1人、リーゼの名前を大声で呼ぶ者がいた。

 今まで視線がいかなかった。それどころではなかったからだ。

 魔王の手前、斜め上に、鋼鉄の鳥籠のようなものに、首輪を嵌められたラテリア王子が囚われていた。


 首輪以外の服は着ていない。全裸だ。

 リーゼはラテリアの側を、視線を向けるのを避けながら歩き続けた。

 レジィも一瞥もくれない。レジィの場合、本気で興味がないのだ。


「リーゼ、助けてくれ! カレンが裏切った! カレンは、魔族に取り入るために私を売ったんだ!」

「リーゼ、足を止めるな」


 歩きながら、レジィが振り向かずに声をかける。


「ええ。わかっているわ」


 すでに、リーゼにラテリアに対する思いはない。

 リーゼは視線をレジィの後頭部におき、やや俯き気味に歩いた。

 魔王に近づくと、真っ青い顔色は、肌の色であることがわかる。

 顔には深い皺が刻まれ、髪と髭が繋がって顔の周りを縁取っている。


 鋭い二本のツノが磨き上げたように光っていた。

 カレンは、魔王の隣にいた。

 リーゼは、カレンが望みを叶えたのだと感じた。


 魔王の隣で、広間を見下ろすように腰掛けているのが、権力を手にしている何よりの証に見えた。

 人間であることを隠すためか、頭部に角に見えるティアラを載せ、棘が突き出た厳ついマントを肩に乗せている。

 レジィが再び膝をつく。


「赤鬼族、将軍レジィ、参上いたしました」


 リーゼも膝をつく。


「将軍たちが揃った。これより、人間を滅ぼす最後の戦に出立する」

「なっ!」


 魔王の言葉に、リーゼが驚きの声をあげる。だが、その言葉は魔族の歓声に飲み込まれた。

 将軍レジィも立ち上がり、他の将軍たちと同様に歓喜の雄叫びをあげていた。

 魔王が宴を開くのだと、レジィは言った。何のための宴かは知らないと答えた。

 人間を滅ぼす、記念となる日だったのだ。

 リーゼは、絶望的な思いと共に、声を張り上げた。


「お待ちなさい!」


 魔族たちが一斉に鎮まる。

 魔王を始めとした全ての魔族の視線が、リーゼに向けられていた。


 人間の滅亡予告日まで34日

 魔族が滅びるまで44日 

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