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私が悪役令嬢にならないと人間が滅亡するらしいので  作者: 西玉


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46 レジィの屋敷

 リーゼが目を覚ましたのは、派手さはないが堅牢さを思わせる室内だった。

 薄暗い。天井の梁が、妙に存在感を主張してくる。

 体を起こそうとして、リーゼは腹部の痛みに呻いた。

 腹部をマーベラの剣が貫通した。


 マーベラが我を忘れた理由はわかる。マーベラに、魔族を攻撃させるわけにはいかなかった。

 リーゼが身を呈せば、マーベラも冷静になるのではないかと期待した。

 だが、マーベラを説得する余裕もなく気絶したのは計算外だった。

 リーゼにも、ドラゴンの見分けはつかない。ヌレミアがかつて自分を殺しかけたドラゴンを見分けたどうかはわからないが、ドラゴンに対してドラゴン避けを使おうとした。


 ドラゴンを使役している魔族たちにとっては、明らかな敵対行動だ。

 リーゼは魔力に恵まれた体ではない。

 全ての魔力を振りしぼった。

 魔力と血を失い、意識を保てなくなったのだ。


 腹部が痛むが、治療は施されていた。

 腹部には固く布が巻き付けられ、傷口を見ることはできなかった。

 リーゼは、ベッドの上で半身を起こした。

 ベッドは硬いが、清潔なシーツが敷かれていた。


 誰かの寝室か、あるいは客用寝室だろう。

 公爵家の令嬢であるリーゼには、むしろ質素な部屋に見えた。

 扉が開く。

 立っていたのは、リーゼの専属メイドとして付いてきたエリザだった。


 リーゼより一回り年配で、茶色い髪を肩で切り揃えた愛嬌のある顔立ちをしている。

 そのエリザの顔が、リーゼを凝視した。

 室内を駆けてくる。


「お嬢様! お目覚めですか! このエリザ、どれほど心配したかわかりません」

「エリザ、落ち着いて。あなたは、そんなことを言う人ではなかったはずよ。悪役令嬢なら、こんな時になんて言うの?」


 エリザは、ベッドの横に膝をついた。

 リーゼの腹部に巻かれた布は、服で隠れている。


「お嬢様、そんなことを言っている場合ではないでしょう」

「いいえ。それこそが最も重要なのよ。悪役令嬢なら、この場合はどう振る舞うの?」


 エリザが床に視線を落とした。

 考えているのだろう。リーゼが待っていると、エリザが視線を上げた。


「悪役令嬢が切られる時……それは、悪事が露呈して、破滅する時です」


 エリザの言葉に、リーゼは過去の出来事が脳内をよぎった。

 魔族将軍レジィに同情し、ドラゴンにレジィの居場所を教えた。リーゼがしたのはそれだけだ。

 だが、そのことがマーベラの仇を生きながらえさせ、ヌレミアに瀕死の重傷を負わせたのだ。


「破滅と断罪ね。なるほど。エリザの言うことは正しいわ」

「お、お嬢様が、どんな悪事をしたというのですか? お嬢様はただ、悪役令嬢に憧れる愉快な公爵令嬢なのに」


 リーゼは、エリザの言葉に笑った。自分の笑いで、腹部が痛んだ。

 エリザの頬を両手で挟む。


「私は、愉快な公爵令嬢ではいられないわ。この怪我は、罪に対する罰なのは間違いないのよ。そんなとき、悪役令嬢はどうするかしら?」

「報いを受けたのですから、その後のことは詳しく描かれたものはあまり知りません。死ぬこともありますが、尼僧院に入って静かに暮らしたなどと書かれていることが多いですね」


 リーゼは死んでいない。怪我をしたからといって、大人しくしているわけにはいかない。

 人間が滅びる瀬戸際なのだ。


「それは、悪役令嬢らしいの?」

「悪役令嬢が主役の物語があるわけではないので……ですが、打ちひしがれれば、立ち上がれなくなっても不思議ではないのではないでしょうか」

「……わかった。つまり、ここから先は、参考書なしで立ち向かわなければならないということね」

「お嬢様、何をおっしゃっているのかわかりませんが」


 困惑するエリザの頬を撫でた。


「馬車に詰め込んだ荷物はどうなったの?」

「ああ。それでしたら、リーゼ様のものかどうかわからないので、全てひとまとめで運び込まれています」

「私のものかどうかわからないからとは、どういうこと?」


「赤い肌の将軍が、リーゼ様の物以外は魔族たちで配分すると言ったのですが、マーベラ様の荷物とヌレミア様の荷物が混ざって区別できなかったので、ラテリア様とカレン様の荷物だけ、取り上げられました」

「踏んだり蹴ったりね、あの2人。でもいいわ。なら、私の荷物は無事なのね?」


「はい。何か、大事なものがございますか?」

「持ってきたロマンス小説、時間の限り読み込んでちょうだい」

「そこですか?」

「当然でしょう。一番大切なことよ」


 リーゼが言うと、エリザは小さく腰を折った。


「お食事をお持ちします。3日間、何も召し上がっていないのですから」

「……3日も?」


 エリザが頷く。

 ゴルシカ王国の王都から魔王領までが一月、魔王の王都までが一月と考えていた。

 急いだところでどうにもならないが、三日間寝続けていたと言われると、失われた時間の大きさが気になった。

 エリザが出ていった。

 それから時間もあけず、再び扉が力強く開かれた。


「リーゼ、起きたか!」


 大声と共に入ってきたのは、魔族将軍レジィだった。

 レジィは大股で室内を移動すると、ベッドの上にいるリーゼに顔を近づけた。

 身長は低いが、筋肉は人間の男の兵士たちより発達しているのが、軽装で目の前にいられるとよくわかる。

 防具を外したのみならず、破れたシャツとショートパンツ姿という下着同然の姿だ。

 腹回りもほとんど露出しており、威圧するように割れた腹筋がリーゼの目の前にあった。


「レジィ、ここはどこ? 私はどうなったの?」

「さっきのメイドから聞かなかったのか? あいつから、リーゼが起きたと聞いたんだぞ」

「……エリザには、悪役令嬢のあり方しか聞かなかったわ?」

「『悪役令嬢』ってなんだ? リーゼの言うことは難しいな。ここは、オレの屋敷だ。これでも将軍だ。屋敷ぐらいあるぞ」


 レジィは、腕を振り上げて力瘤を見せた。

 屋敷があることを自慢するのが嬉しいのだろう。振り上げた力瘤の意味は不明である。


「凄いわね。魔族って、家を建てたりするの?」


 リーゼは、魔族とは戦うことに特化した種族のように考えていた。

 屋敷の建築のような仕事をするのだろうかと不思議に思ったのだ。


「そんな奴もいるだろうな。オレはやらない。リーゼは、自分で家を建てるのか?」

「私が建てるわけじゃ……ごめんなさい。魔族に対して偏見があったかもしれないわ。家を建てるのが得意な魔族もいるでしょうね」

「そんな奴はいない。家なら、奴隷にしたドワーフに建てさせる。この屋敷もドワーフが作ったものだ。必要な岩とか木とかは、集めてやることもある」


 レジィはにっかりと笑った。

 多分、レジィは魔族の標準ではない。

 リーゼは聞き直した。


「レジィの屋敷ってことは、レジィの領地なの? 魔王城へ向かっていたつもりだけど……」

「いや。オレの屋敷だが、オレの領地じゃない。魔王城ならあそこだ」


 レジィは窓を開けた。

 リーゼのいる部屋は、3階かそれ以上の高さのようだ。

 街並みが見えた。

 その先に、小高い丘がある。

 丘となっている頂に、真っ黒い外壁をした歪な城がある。


「では、魔国の王都に来たのね」

「そうなるな。リーゼは恩人だ。恩人に、自慢の屋敷を見たせかったんだ」


 レジィは口を大きく開けて笑った。

 口の中に長い牙があるのが見えた。

 口の中が傷だらけなのは、自分の牙が刺さるのだろう。


「それで、私はどうなったの? 途中で気絶してしまって……3日も経過していると聞いたのだけれど」

「ああ。そうだ。だけど、3日ぐらいは大したことはないだろう。オレが迎えに行かなければ、まだ馬車の中にいて、腹を空かせた魔物に食われていたかもしれない。護衛の人間たちは弱くてまずそうだったしな」


「他の人は? マーベラさんとヌレミアさんは無事なの? 護衛のおじいちゃんたちは? ラテリアとカレンは?」

「いっぺんに聞くな。誰が誰だか、オレにはわからない」


 リーゼの知り合いを、レジィが分からなくて当然だ。

 リーゼは焦燥に駆られそうになるのを懸命に自制し、順番に尋ねた。

 レジィは言った。


「リーゼを刺した人間とドラゴンを虐めようとした人間は、リーゼが殺すなと言った奴だな?」


 リーゼはマーベラの剣で貫かれ、ヌレミアの魔法を阻害して力尽きた。

 レジィに、2人の助命を嘆願したのを覚えていた。


「ええ。そうね」

「リーゼの頼みだ。2人とも生きている」

「……生きてはいるけど、無事ではないということ?」

「オレの屋敷の地下牢だ。あとで連れて行ってやる」


 屋敷に地下牢がある不自然さにリーゼは唖然とした。

 とにかく、生きているのだ。

 まずは安心し、さらに尋ねると、レジィは続けた。


「周りにいた人間の兵士たちも殺さなかった。どうなったかは知らん。奴らの乗る馬は、空も飛べないのだ」


 レジィが殺したわけではないということだ。無事に逃げ帰ってくれることを祈るしかない。

 最後に、リーゼは尋ねた。


「ラテリアとカレンは?」

「……誰だ? それ」


 レジィは、ゴルシカ王国でラテリア王子には会っている。

 覚えていないのだ。

 カレンは自分が魔王の娘の魂を受け継いでいることを主張したが、その結果相手にされず、同行したレジィの部下にドラゴンで運ばれていったらしい。


 レジィはリーゼたちの迎えを命じられたが、どのように迎えるのかについては任されていると言った。

 リーゼを迎えにきたが、その他のことについては関心がないのだろう。

 ラテリアだけでなく、熱弁を振るったカレンについても、覚えていないのだという。


「エリザの他にも、2人侍女がいたはずだけど」

「ああ。奴隷だな。いないとリーゼが困るだろうから、生きたまま連れてきている。別の部屋だ」


 マーベラとヌレミアの侍女と、リーゼ専属のエリザの見分けができなかったらしい。

 リーゼは最後に言った。


「魔王様に伝えてほしいの。私は、残った人間たちの代表としてここに来たわ。魔王様と話がしたい」

「ああ。任せておけ。オレが助けられたと知って、魔王様もリーゼに会ってみたいと言っていた」


 レジィが満面の笑顔で約束した。

 何も出来ないまま、飼い殺されることは避けられそうだ。

 マーベラとヌレミアの様子は気がかりだが、安堵した途端にリーゼはまた腹部の痛みがぶり返し、ベッドに突っ伏した。


 レジィが誰かを呼ぶ声を聞きながら、リーゼは再び深い暗闇に落ち込んだ。


 人間の滅亡予告日まで40日

 魔族が滅びるまで50日

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