45 囚われの身に
兜を脱ぎ、笑いながら地面を歩いて近づいてくる魔族将軍レジィとリーゼの間に、カレンが割って入った。
「将軍、出迎えご苦労様。下がりなさい」
魔族将軍レジィは、カレンを睨みつける。
腕を振るった。
カレンは反応できず、頬を張られて地面にへたり込んだ。
「カレン!」
馬車の中から出ないように言われていたのだろうか。ラテリア王子が馬車から飛び出し、地面に崩れたカレンに駆け寄った。
カレンはラテリア王子の手を払い除け、自ら半身を起こして怒鳴った。
「無礼者! この私にこんな真似をして、ただで済むと思っているの?」
リーゼに向き直ろうとしたレジィは、途中で首を傾け、そのままの姿勢でカレンを振り向いた。
「ただの人間の女だろう。オレは、人間の国からくる者たちを出迎えるように言われている。どう迎えるかは、オレに任されている。全員殺そうが、首だけを持って帰ろうが、好きにしていいということだ」
レジィは剣を抜き、地面に尻をついて起き上がれずにするカレンの喉に突きつけた。
ラテリア王子が庇おうとするが、レジィは蹴り飛ばした。
「すでに、人間とは交渉する必要もないということかしら」
リーゼは暗い声でつぶやいた。歓迎されるとは思っていなかった。
魔王から見れば、完全に勝利した相手だ。
大使など送られても、邪魔にしかならない。
ラテリア王子が赴けば、聞く耳を持つのでないかと期待して、人間たちは送り出したことになっている。
実際には、人質としても意味をなさないのだ。
レジィは笑みを見せた。
「人間という種族には価値はない。だが、人による。それは、どんな種族でも同じだろう? 人間の国であったことは、魔王陛下に報告した。『可能な限り、生きて連れて来い』魔王陛下は、そう仰った」
「私は? 私のことは? 私は、魔王の娘なのよ」
「魔王陛下に、人間の娘などいない」
「魂を見なさい! 魔族の将軍でしょう。人間の魂ではないことぐらい、見ればわかるでしょう! お父様に手紙を送ったわ。勇者を、勇者がまだ覚醒前に連れて戻ることを、お父様はとても喜んでいるはずよ!」
「カレン、魂って、何のことだい? 魔王の娘って、まさか、君が? そんなはずがないだろう? 父親には、君は会ったこともないって……」
ラテリア王子が、顔色を真っ青にしながら、口から泡を飛ばした。
カレンは睨みつける。
「黙って。今は、それどころではないわ」
「勇者を連れ帰るとは、魔王陛下に対する叛逆とも取られかねないね。どうして、すぐに殺さないんだ?」
レジィが尋ねると、今度はカレンが口から泡を飛ばした。
「私が使った転生の秘術とは、魔族に危機が訪れる時に目覚めるというものなのよ。私が目覚めたんだから、魔族に危機が迫っているわ。勇者が近くにいるに違いないわ。私を愛した王子が勇者なのは、当たり前のことでしょう」
一通り話を聞いたレジィは、首を傾げた。
「リーゼ、この女は何を言っているんだ?」
理解できなかったのだろう。レジィがリーゼに尋ねた。
周囲では、巨大なドラゴンたちを操る魔族たちが地面に降りて様子を見守っていた。
逃げられるはずもない。
リーゼは、どうすれば生き残れるか、知恵を絞りながら答えた。
「魔王様の娘だったらしいわよ。レジィも私に言ったじゃないの。魔王の娘が、将来の危機に備えて、周囲の反対を押し切って転生の秘術を使ったって。それが、カレンなのでしょう」
レジィがリーゼに話したのは、封印されそうになったレジィが解放されてすぐ、リーゼのもとに挨拶に来た時だ。
「ああ。そういう噂は、かつて魔族たちの間にあった。その話、誰かにしたか?」
「覚えていないわ。したかも知れない」
「なら、リーゼから話を聞いて、自分がそうだと思い込んだのかもしれないな。勇者云々のことは何のことかわからないが、生きたまま連れて行くことにするか。こっちの男は要らないな。殺すか」
レジィは剣の先をラテリア王子に向けた。
「カ、カレン、どういうことだ?」
「知らないわよ。ちょっと、将軍。まだ、ラテリア王子を殺さないで。勇者かもしれないのよ」
「なら、なおさら早めに殺したほうがいいだろう」
「別のところで勇者が生まれたからどうするの? ラテリアなら操れる。こいつを逃さなければ、お父様は安泰なのよ」
「ふむ……そうなのか?」
「私に聞かないで。知らないわ」
突然話を振られ、リーゼは首を振った。
「ふん。つまらん。おい、ガラモン、お前のドラゴンでこの2人を運べ」
「はっ」
青い肌と金色の髪をした兵士が頭を下げた。
「さて、余計な奴に邪魔をされたが……久しぶりだな。リーゼ」
「ええ。レジィも、元気そうで何よりだわ」
「『元気そう』か。魔族は病気などしない。永遠に封印されるのが一番怖い。それさえなければ、恐れるものなどない」
レジィは笑いながら、リーゼの肩を抱いた。
「私がいること、知っていたの?」
「ああ。ギェールが教えてくれた。ドラゴンは鼻が効く」
ギェールというのは、レジィが従える赤いドラゴンだ。言葉を話し、馬に擬態することもできる。
ただし、鱗を持つ赤い馬になるため、完全な擬態ではない。
レジィが背後を指差す。赤いドラゴンが、鼻から炎をのぞかせた。
喜びの表現だとしても、リーゼには理解できない。
「レジィ、私たちを殺せと命じられてきたわけではないのでしょう?」
「当然だ。さっきも言ったが、お前たちを迎えるように命じられた。迎え方は任されている。リーゼは私と来い。ギェールも、リーゼなら乗せてくれる」
「宜しくね」
リーゼが声をかけると、見上げるほどの大きな赤いドラゴンががらがらと音を出した。
馬の形態では話せても、本来のドラゴンの姿では言葉を発音するのは難しいのだろうか。
「ギェール、話さないわね」
「ははっ。魔族と契約しているドラゴンは、魔族以外の者がいる前で話すことを禁じられている。ドラゴンは体が大きいだけで愚かだと、他の種族に勘違いさせるためだ。例外はある。契約した魔族が、封印されようとしている時とかだな」
レジィは笑い、リーゼの肩を抱いた。
リーゼは忘れていた。
悪役令嬢を演じる緊張から、失念していたのかもしれない。
レジィを助けた罪悪感かもしれない。
人間が滅びを迎えている絶望からかもしれない。
だが、マーベラは忘れていなかった。
「リーゼ様、離れて!」
リーゼは、マーベラにこの場で武器を抜くことを禁じていた。
だから、反応が遅れた。
マーベラの必死の声に、リーゼはレジィがマーベラの仇であることを思い出した。
振り向いたマーベラは、剣に手をかけ、大きく踏み込んでいた。
目の前に、マーベラの体があった。
剣が抜き放たれようとしていた。
抜くと同時に、レジィの首を刎ねようとしているのは明らかだった。
マーベラは近衛隊長となった。先日まで兵士見習いで、ラテリア王子の側室の立場であろうとも、実力が不足していたのではない。
リーゼは、マーベラの剣の柄を抑えようとした。
だが、リーゼは素人である。筋力は並の令嬢以上ではない。
マーベラに跳ね飛ばされ、それでも、レジィを庇った。
「リーゼ、何をしている!」
背後から怒鳴られた。
リーゼは、左脇にマーベラの剣を受けた。自ら前に出て、マーベラの剣に身を差し出し、剣を奪ったのだ。
「リーゼ様、何を……」
茫然とするマーベラだが、リーゼはマーベラを見ていなかった。
「リーゼ様! 危ない!」
叫んだのはヌレミアだ。まだ馬車の中にいる。馬車の中から身を乗り出して、杖を構えている。
「ヌレミアさん、駄目!」
ヌレミアが何に危機を感じたか、リーゼは振り返らずに察していた。
主人が攻撃されたと感じた赤いドラゴンのギェールが、攻撃体勢に入ったのだろう。
ヌレミアは、杖の先に炎を生じさせた。手にドラゴン避けのお香を持っているのがわかった。
リーゼの魔力は決して少ないわけではないが、他の貴族同様、非常に限定されている。
リーゼは、懐からいつも持ち歩いている花の種を取り出した。
ヌレミアの行動を制止できるかどうかはわからない。
だが、リーゼにできることは他にない。
リーゼは、花の種を指に摘んだ。
指先が震える。
種が赤く染まっている。
染まっているのは、指先だった。
赤く染まったのは、リーゼの血によるものだ。
リーゼは、魔力を込めた。
制御できなかった。
意識が朦朧としていた。
脇腹が熱い。
ただ、魔力を込めた。
結果として、暴走したのだろう。
リーゼの指の中から、バラの木が束になって成長し、ヌレミアが放った炎の玉と投げつけられたドラゴン避けのお香を封じた。
それ以後はわからない。
ただ、リーゼは背後から硬く抱きしめられていた。
背後から抱き締めたのが誰かを確認もせず、根拠なく確信して、リーゼは言った。
「マーベラさんとヌレミアさんは、私の友達なの。私はいいから、あの2人は殺さないで。あと、警備の兵士もおじいちゃんたちよ。命は助けてくれると嬉しいわ」
「わかった。リーゼの頼みであれば、聞くしかないな。自分が死にかけておいて、友達の命乞いをされてはな。言ったのがリーゼでなければ、笑い飛ばすところだ」
レジィの声を聞きながら、リーゼは意識を失った。
人間の滅亡予告日まで45日
魔族が滅びるまで55日




