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私が悪役令嬢にならないと人間が滅亡するらしいので  作者: 西玉


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42/78

42 託された権限

 護衛の兵士たち以外に、人が乗る馬車が2台、荷物を乗せた馬車が複数用意されていた。

 護衛の兵士といっても、すでに軍隊が壊滅している人間の世界では、まともな兵士ではない。

 人間が滅びを迎えていることを知らない新兵か、忠義に厚い老兵、加えて寄せ集めのならずものたちである。


 リーゼは最後だった。

 諦めたエリザが荷物を荷物用の馬車に乗せた。一部は背負い袋に入れて背負っている。

 人間の乗用の馬車の前に、マーベラとヌレミアが立っていた。

 マーベラは兵士の制服を身につけ、ヌレミアは宮廷魔術士そのものの姿だった。


「お待ちしておりました、リーゼ様」


 2人が声を揃える。リーゼは苦笑した。


「『様』は辞めて。これから、私たちは共に王太子の側室なのですから。それより2人は……許されてその格好をしているの?」


 リーゼが知る限り、マーベラは兵士見習い、ヌレミアはただの学生であるはずだ。


「魔王領への遠征任務に、見習いと学生では都合が悪いと……国王陛下が私を宮廷魔術士に任命しました。マーベラさんは近衛隊長です。正式な授与式は、魔王領から戻ってからになりますが」


 ヌレミアが、羊皮紙の巻物を広げながらリーゼに手渡す。

 確かに王の署名がある。ただ、リーゼは書かれた内容に目を疑った。


「……私が全権大使?」

「はい。おめでとうございます。魔族との交渉は、全てリーゼ様にまかせると王が仰せです」


 マーベラが誇らしそうに言う。

 リーゼがヌレミアに尋ねた。


「ラテリア王子の立場は?」

「もともと、ただの人質です」


 ヌレミアは切り捨てたように言った。


「大使を送る予定があったのかしら?」

「ラテリア様に交渉は無理でしょうから、筆頭宰相のリム大老が同行することになっていたそうです。リーゼ様が全権大使に任命されたことで、リム大老は遺族への遺言書を破り捨てたとか」


 国内の政務を司るのが宰相と呼ばれる者たちだ。事務方の長であり、リム大老は国王の指南役とも呼ばれる人物である。

 そのリム大老を魔王領に送り込もうとしていたことで、いかに王国が追い詰められているのかが知れる。

 国の重鎮を、死を覚悟で、千載一遇の好機を作るために送り込む。

 そのような選択を、すでに国王はしているのだ。


「……私たち、王太子の妾として行くのではないの?」


 最近王城に行くことがなかったリーゼが、一番状況を知らされていないようだ。


「表向きは、ラテリア王子が大使です。ですが、すぐに破綻することが目に見えていますから、その後に正式な大使は実はリーゼ様でしたと告げる手はずです」

「上手く行くかしら?」

「リーゼ様が失敗するようならリム大老でも無理だろうと、陛下は言っていたそうですよ」


 リーゼは、天を仰いだ。


「その奇妙な信頼はなんなのかしら?」

「王は、リーゼ様をとても信頼しているらしいです。リーゼ様宛に、秘蔵の本を送られたとか」

「……ああ……うん。あれね」


 リーゼがラテリアの第二夫人として同行すると決まった日、王城から大量の書物が運び込まれた。

 全て、悪役令嬢が出てくる物語だ。

 だが、どの物語も悪役令嬢の出番は少ない。そのために本が多くなったのだ。


「さあ、リーゼ様、ひとまずはラテリア王子と一緒の馬車に入りましょう。人目が切れるまでは、ラテリア王子と仲睦まじいように見せる必要があります」

「ええ。ヌレミアさん、はっきり言うわね」

「リーゼ様を裏切るような男、いつでも殴り殺します」


 マーベラが拳を打ち鳴らす。


「2人は、その王子の第3夫人と第4夫人よ。忘れないでね」


 ヌレミアとマーベラが驚いた顔をした。

 どうやら、本当に忘れていたようだ。


 ※


 リーゼが馬車の扉を開けると、ラテリア王子と光の聖女カレンが抱き合っていた。

 リーゼの顔を横目で見たカレンは、勝ち誇った笑みを見せた。

 驚いた表情をしたラテリア王子は、縋り付くようにカレンを抱く腕に力を込めた。


「ど、どこまで執念深い女なんだ。私には、カレンしか必要ない」


 ラテリア王子は、声を震わせて言った。

 リーゼは躊躇なく馬車の中に入る。

 マーベラとヌレミアも続いた。


「ラテリア様、ご安心ください。この女たちには、指一本触れさせません」


 カレンが、ラテリア王子に囁く。ラテリア王子は、とろけそうな表情で頷いた。


「ああ。私の救いはそなただけだ」

「もちろんですわ。ラテリア王子」


 リーゼは、恋人たちのやり取りを醒めた気持ちで見守っていた。

 ヌレミアを助けるための知識と引き換えに、ラテリアとの婚約を破棄するよう求められた時、リーゼに迷いはなかった。

 公爵家令嬢の務めとしてラテリア王子と婚約し、王妃となるべく勤めてきた。


 だが、人間がそもそも滅びようとしている今、立場にしがみつくことがどれほど愚かしいかわからない。

 人間最後の日々を、ラテリアを思って過ごすことが、どれほどくだらないか噛み締めていた。

 だが、口に出したのは別のことだ。


「王太子殿下は、4人の妻を連れて魔王領に行く。これでは、誰も王太子が囚われの身になることは予想しません。無事に帰ってくることを信じるでしょう。誰もがうらやむ姿を、大衆にお見せなさいませ。その姿は、国民の希望となりましょう」

「あ、ああ。待て。囚われの身だと? どういうことだ?」


 カレンが凄まじい目つきでリーゼを睨んだ。

 ラテリア王子は、自分が魔王領で人質となることを理解していないのだ。

 リーゼは微笑んだ。


「国民の中には、そういう噂をしている者もいるということですわ。もちろん、大使であるラテリア王子が囚われの身になることなどはないでしょう」


 実際のところ、リーゼはラテリア王子がなんの名目で魔王領に行くのか、聞いていなかった。

 王位継承者である王子を、人質の名目では送り出さないということだろう。

 リーゼが第二夫人として同行することに決まってから、全権大使となることが決まった。

 ならば、初めからラテリアは大使という名目なのだろうと推測した。

 実際には人質だろうが、ラテリア王子には知らされていないのだろう。


「あ、ああ。そうか。国民の中では、そのような噂があるか」


 ラテリア王子の唇が青く変わっている。

 カレンが頬を撫でる。

 リーゼは、かつての婚約者の姿に失望している自分を発見したが、何も言わなかった。

 窓の外に視線を向ける。

 見送りにきているのは、リーゼたちの知り合いばかりではなかった。


 壮行会が終わってから、なかなか出発しなかったラテリア王子を追い立てるように、民衆が人垣を作っていた。

 馬車がゆっくりと動き出す。

 人々の期待と、怨嗟が声になった。

 人間を魔族から救ってほしいという祈りに、国民を見捨てるのかという怒号、一部の悪役令嬢推しの人々からの歓声が聞こえた。


「……私、そんなに悪役令嬢に見える?」

「王子様を奪われたんですもの。悪役令嬢そのものですよ」


 カレンが舌を出したが、リーゼは動じなかった。


 もはや、奪われた王子に未練はなかったのだ。


 人間の滅亡予告日まで55日

 魔族が滅びるまで65日

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