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私が悪役令嬢にならないと人間が滅亡するらしいので  作者: 西玉


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41 魔王領への旅立ち

 光の聖女カレンは、聖女とは思えない形相で真っ直ぐにリーゼに迫った。


「どういうこと?」


 開口一番、カレンは尋ねた。

 リーゼは、あえてゆっくりとカップを燻らせ、口に運んだ。

 お茶を飲んではいない。飲むポーズをとっただけで、口を離した。


「なんのことかしら?」

「あれはなんのこと? あなたは、何を知っているの?」


 カレンは、リーゼが送迎会で言ったことを気にしているのだ。

 リーゼは口元に笑みを浮かべた。

 内心では、笑っている場合ではないことはわかっていた。

 夢のお告げだとは、誰にも言ったことはない。


「さあ」

「誤魔化す気?」

「それを知りたくて、予定を変更してきたの? 本来なら、もう魔王領に向かっているはずじゃない」


「少しぐらい遅れたってかまわないわ。魔王城につけば、ラテリアは監禁される。私は、自分の身分を証明しなければならない。別に、父様は私のことを待っていないし、私が目覚めたことを知りもしないわ」

「父様? 一体、誰のことだ?」


 マーベラの呟きを、リーゼは軽く手を上げて制した。

 本来なら、カレンの正体についてはリーゼの次に知っているはずがマーベラである。

 何しろ、地下室で実際に会っているのだ。

 ヌレミアは小刻みに唇を動かしながら手を懐に忍ばせ、ミディレアはできるだけかかわらないようにしているかのように、身動き一つしなかった。


「ラテリアを監禁して、勇者として覚醒しないようにするのが目的だもの。当然そうでしょうね。ラテリアが勇者かもしれないなんて、寝ぼけたことをおっしゃっていらっしゃるのは、おめでたい光の聖女様だけだものね」


 カレンの視線がきつく、リーゼを突き刺した。


「リーゼ公爵令嬢、あなた本当に、ラテリアを愛しているの?」

「もちろん。今でも愛しているわ。私には指一本触れたこともないくせに、平民にたぶらかされる幼気な王子様よ」

「もし、リーゼが知っていることを話してくれたら、ラテリアを返してもいいわ」


 カレンの形相が、奇妙に歪んだ。

 リーゼがマーベラとヌレミアを見る。

 ヌレミアは視線を合わせないが、マーベラは首を振った。


「リーゼ様は、ラテリア王子にはもったいないです」

「ありがとうマーベラ」


 リーゼがマーベラの頬を撫でると、逞しい兵士見習いは、顔を真っ赤にした。


「ラテリアを返すと言うと、具体的にはどういうこと? ラテリアが魔王領に送られるのは、もはや避けられないことなのよ」


 王が宣言したのだ。覆すわけにはいかない。

 王が望んだのは、カレンではなくリーゼがラテリアの伴侶として同行することだった。


「魔族は、強い者が何人でも伴侶を得るわ。ラテリアが2人の婦人を伴ったからといって、奇異には見られない」

「ならば、3人でもいいのだろう。リーゼ様だけを行かせはしない」


 マーベラが立ち上がる。リーゼは、ありがたくて泣きそうになった。

 だが、口を開いたのは別の人物だ。


「いいえ。駄目よ」

「ヌレミア、どうして反対する?」

「4人よ」


 ヌレミアは、何かに集中し続けているように、そっけなく答えた。だが、マーベラには十分だったようだ。


「よし」

「いえ……ご、ご、ごに……」

「ミディレアさん、あなたは残って。あなたには、やるべきことがあるわ」

「は、はい」


 リーゼが言うと、真っ青な顔色で口を挟んだミディレアが、涙を拭った。


「ちょっと待ちなさい。勝手に条件を決めているけど、私はまだ聞いていないわ」


 カレンがリーゼとヌレミア、マーベラを脅しつけるように睨みつけた。


「あらっ、魔王の国のプリンセスが、随分度量の狭いことね。言って置くけど、ラテリアを返さなくても構わないわ。私たちも魔王領に行く。それは、決まったことよ。私が何を知っているか知りたければ、私を連れて行くしかないでしょう。私だけを連れて行きたいのなら、マーベラさんとヌレミアさんを、自力でなんとかするのね」


「……くっ、悪役令嬢……」

「ありがとう。私も、ようやく板についてきたような気がするわ」


 言いながら、リーゼはカップを傾け、今度は本当にお茶を飲みほした。


 ※


 リーゼは、魔法学園の学生寮から実家に戻り、旅の支度を命じた。

 魔王領に行くのだ。

 公爵家でも最も頑丈な馬車が用意され、護衛の兵士たちが雇われた。

 すでにラテリア王子と光の聖女カレンは出発したことになっているが、最初の宿場町でリーゼたちの到着を待つことになっている。


 カレンがリーゼのお茶会に乱入し、第二夫人以下の同行を認めた段階で、王には報告が上がっている。

 王は嬉々として、リーゼたちが合流するまでラテリア王子を足止めするよう、命じたはずだ。

 リーゼたちが旅の準備をするために一週間が必要だったが、誰にも文句は言われなかった。

 学園では学生寮にいたために顔を合わせることのなかった両親が、リーゼの出発の日に顔を見せた。

 父であるエクステシア公爵が、目に涙を浮かべながらリーゼの肩を掴んだ。


「私は、どんな噂が立とうとも、リーゼのことを疑ったことはなかった」

「ありがとうございます。お父様」

「最後までラテリア王子を一途に慕う姿は、民衆の心に焼きついただろう。もう十分ではないか? ラテリア王子は、生きては帰らないだろう。リーゼまで、本当に魔王領に行く必要はないんじゃないのかい?」


 リーゼは耳を疑った。全く考えていなかったことだからだ。

 父である公爵は、リーゼがラテリアを慕うために魔王領に行くのだと解釈している。

 目を瞬かせるリーゼに、母である公爵夫人が口を開いた。


「そうですよ。しかも、いくらこれから人間が魔族に従わなければならなくなるといっても、人間の社会では認められていない第二夫人として同行するなんて、公爵家の家名が汚れる行為ですよ。ラテリア様を行かせて、リーゼは公爵領にある屋敷に潜んでいたらいいわ。こんなご時世ですから、もう人前に立つことはないかもしれない。でも、平穏な生活は得られるわ」


 リーゼは小さく首を振った。

 父は公爵である。人間が陥っている状況を知らないはずがない。

 だが、正確には理解していない。


 あと50日もすれば、人間は1人残らず死ぬかもしれない。

 リーゼが、悪役令嬢としての役目を果たせなければ、そうなるのだ。

 リーゼは、両親を見つめて言った。


「お父様、お母様、お二人にお育ていただいたこのリーゼ・エクステシアが、いつまでも第二夫人でいるとは思わないでください。ラテリアのためではありません。人間の未来のために、私は行くのです」


 公爵は眉を寄せた。だが、しばらくして表情を緩めた。


「……王に、お前の同行を止めてくれと進言したが、余計な口を挟むなと叱責された。そうか……リーゼにとって、ラテリア王子は支えるべき相手ではなく、利用する駒なのだね。エリザ、リーゼは優秀だけど、家事はできない。頼んだよ」


 公爵は言いながら、自分の横で立っていたリーゼの専属メイドの背中を押した。


「えっ? 私はお留守番では? 奥様、そうですよね?」

「リーゼには、エリザが必要なの」

「えっ? 魔王領は危険だから、私は行かなくてもいいと……」


 慌てるエリザに、リーゼは告げた。


「エリザの大切な蔵書、全て荷造りしてあるわよ」

「ひ、酷い。お嬢様まで……私を初めから、騙すおつもりなのですね」


「騙すつもりなんてないわ。エリザには初めから、一緒に来てもらうつもりだったのよ。エリザが居残りするって勘違いを訂正しなかったのは悪かったかもしれないけど、当然よね」

「……『当然』って、どういうことですか?」


 涙声のエリザの肩を、リーゼが叩く。


「私がちゃんと悪役令嬢をできているかどうか、エリザの指導が必要なのよ」


 リーゼは、エリザの耳元で囁いた。


「お嬢様に、もう指導なんて必要ありませんよ」


 反論するエリザを、リーゼが抱き締める。


「あの……お嬢様、何を……」

「私が部屋に男の人を引き入れたって噂を流した件は、これで帳消しね」

「代償が大きすぎますよ」


 リーゼがエリザを放す。リーゼは、エリザを馬車に誘った。


「では、お父様、お母様、お別れです。もうお会いできないかもしれませんけど、リーゼは目的を全うします」


 リーゼは精一杯の虚勢を張ると、専属メイドのエリザをともない、既に2人の友が乗り込んで待っている馬車に向かった。


 人間の滅亡予告日まで55日

 魔族が滅びるまで65日

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