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私が悪役令嬢にならないと人間が滅亡するらしいので  作者: 西玉


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40 壮行会の後で

 騒然となった壮行会の後、リーゼは友人のマーベラ、ヌレミア、ミディレアと共に、魔法学園の休憩室でお茶を飲んでいた。

 魔王学園は貴族の社交の場でもある。

 教室より休憩室の方が数は多く、自由に使用していいことになっている。


「それでは、生徒会の連中は、リーゼ様の味方をするふりをしていたってことですか?」


 休憩室のそれぞれの部屋には専属の侍女もいる。淹れてくれるお茶はいずれも美味しかった。

 マーベラが、飲み慣れたお茶を一気に嚥下してお代わりをもらいながら憤慨した。マーベラも同じ場所にいたはずなのだが、まるで初めて聞いたように驚いていた。


「ええ。生徒会の本棚に、カレンとのやり取りを残した手帳があったわ。魔法文字で封印されていたから、私が中を見たとは思わなかったみたいね。ヌレミアさんのお陰だわ」


 リーゼは、添えられた角砂糖を口に運びながら、カップを手に取った。

 砂糖は高価だが、貴族の口に入らないものではない。

 むしろ、お茶菓子の代わりに角砂糖を舐めているというのは、人間の社会での物資の不足を表している。


「私のお陰……ですか?」


 まだ怪我から回復して間もない聡明な美女が、華奢な首を横に倒す。


「学園長から聞いていませんの? ヌレミアさんがいなければ、私が魔法文字を読めるようにはならなかったわ」


 ヌレミアの母ヌーレミディアは、多くの宮廷魔術士が戦場で死亡したこともあり、首席宮廷魔術士であり、魔法学園の学園長も兼ねていた。


「ああ……それは、リーゼ様のお力です。私のお陰というより、あらためて感謝申し上げます」

「ヌレミアさん、元はと言えば……」


 リーゼがドラゴンに情報を漏らしたからだ。リーゼも言い淀んだ。ヌレミアが遮った。


「リーゼ様、全ての事象を見透かすことは、もっとも秀でた魔法使いにも困難なことです。私は、リーゼ様のようになりたかったのです」

「私は、そんなに憧れられるような存在ではないわ」

「そんなことありません。ラテリア王子と婚約を解消されてから、沢山の男性に求婚されているじゃありませんか」


 ミディレアが笑いながらお茶をすする。

 リーゼは、手にしていたカップを傾けてから告げた。


「生徒会の男たちは、王に命じられたから、私の味方のふりをしていたのよ。私が暴かなかったから、警戒していなかったのでしょうね。今日、ラテリアを送り出す友人代表として挨拶をする予定だったから、カレンの正体を暴いたやろうと思っていたけど……カレンは私を警戒し続けていたようね。マーベラさんが助けてくれなかったら、私は荷物同然に梱包されて魔王領に送られるところだったわ」

「今日のリーゼ様、ご立派だったじゃないですか。初めから予定していたとおりではなかったのですか?」


 マーベラが、2杯目のお茶を飲み干した。


「ヌレミアさんが扉を開かなくしてくれたから形にはなったと思うけど、壇上で私が何を言おうと、まともに話ができる状況ではなかったわ。だから、私も言いたいだけ言うことしかできなかった。ラテリアの目を覚まさせることはできなかったでしょうね」

「リーゼ様は、まだラテリア様のことを?」


 ミディレアが伺うように呟くが、リーゼは鼻で笑った。


「人間の世界が終わろうとしている時に、こだわる価値があるとは思えないわね」


 リーゼは、ラテリア王子に敬称をつけなくなっていた。


「リーゼ様、これからどうしますか? ラテリア王子がカレンと魔王領に行くことが、状況を変えるとは思えませんけど」


 ヌレミアが真剣な表情で尋ねた。母の首席宮廷魔術師から、現在の人間という種族の置かれた状況を、正確に知らされているのだ。


「あのこと、まだヌレミアさんには言っていなかったの?」


 リーゼは、マーベラを見た。

 マーベラは本格的に兵士の訓練に入り、ヌレミアは最近までベッドで寝たきりだった。

 いずれも魔法学園には登校していない。二人とも王城にいるので、顔を合わせる機会はあったはずだ。


「あのことって、なんですか?」


 リーゼは思い出した。マーベラは、剣術以外の武芸全般と魔術の基礎で高い素質を示したが、座学は最低レベルだった。

 ヌレミアはほぼ逆で、座学では全校生徒中並ぶ者がないほどの成績を修めているが、実技は最低だ。


 ヌレミアが魔術の実技で最低なのは、母である宮廷魔術師の命令で、魔力を本来の十分の一ほどしか使えないように封印してあるからだと聞いたことがある。

 生徒会の役員は主に成績の上位者が選ばれるが、二人とも得意科目と苦手科目が極端に違うため、平均すると普通の生徒なのだ。


「私から話すわ」

「はい。お願いします」


 おそらくなんの話だったか理解していないマーベラは、ミディレアが進めた蒸かし芋に手を伸ばした。


「カレンは、肉体は人間だけど、魂は転生の秘術を使用した魔王の姫よ」

「本当ですか?」


 ヌレミアは、驚いて自分の口を塞いでいた。尋ねたのはヌレミアではない。


「……どうして、マーベラさんが驚くのかしら。カレン本人が認めたわ。魔族の秘術により、魔族の姫は転生して市中に潜み、魔族に深刻な危険が生じるまで、目覚めることはないはずだった」

「どういうことですか? 魔族に危機など……」


 美味しそうに芋を頬張るマーベラと、食べこぼしを拾い集めるミレディアを他所に、ヌレミアは真剣な表情をしてリーゼは見つめた。


「そう。滅びに瀕しているのは人間の方だわ。でも、カレンの中の魔族の魂は目覚めた。多分……ラテリアがカレンに近づき、カレンが周囲からいじめられ始めた頃だわ」

「それで……カレンの中の魔族の魂が目覚めると、どうなるのですか?」


「それはわからないわ。肉体は、あくまでも人間だもの。魂が魔族だとして、どんなことができるのか……カレンは光の聖女だと言われているけど、実際には光と闇の両方の魔術が使用できて、魔王の姫としては闇の魔術の方が得意らしいわ」

「でも、カレンのこれまでの行動を考えると……余計に目的がわかりません。魔族に何が起きているのでしょうか?」


 ヌレミアが真剣に考えている間、マーベラは芋にむせ、お茶を求めた。ミディレアが急いで注ぐ。

 リーゼは話を進めた。


「結局、カレンにもわからなかった。それが、現在の状況よ」

「しかし、カレンはラテリア様だけでなく、側近たちまで籠絡し、カレン自身も魔王領に向かおうとしていますよね」


「ええ」

「カレンの行動の理由はわかりませんが、目的が魔族を救うためなのだとしたら、魔王領に行かせるのは止めさせなければ……いえ、リーゼ様は……その必要はないとお考えなのですか?」


 ヌレミアが、細い目を探るようにリーゼに向ける。

リーゼはカップにお代わりを要求したが、ミディレアがマーベラの世話で忙しく、部屋付きの給仕係に頼んだ。


「カレンの中の魂は、彼女が目覚めた状況から、ラテリアは勇者だと判断したわ」

「はっ?」


 いままで幸せそうに芋をほうばっていたマーベラが、声を裏返した。

 散らばる芋をヌレミアが迷惑そうに払いのける。


「勇者は、唯一魔王を倒せるという人間側の切り札です。魔王を倒せれば、今の状況も変わるでしょう。ですが、これだけ人間が追い込まれて、今から能力に目覚めても、魔王を打てるとは思えません」


 ヌレミアが、手を動かしながら解説する。

 勇者は、生まれつき高い能力を持つとされるが、鍛え、覚醒させなければ、魔王とは戦えないとも言われている。

 すでに人間が滅びを迎えようとしている時に覚醒しても、魔王と戦えるほどに強くなれるとは、常識では考えられないのだ。


「可能性はゼロではない。いえ……大いに可能性があるからこそ、カレンの中の姫の魂が目覚めたのだと、本人は思っているわ」


 部屋付きの侍女は、リーゼのカップにお茶を注ぎ、部屋の戸口に向かった。

 リーゼは続ける。


「だから、ラテリアの能力を封じるために、魔王領に連れて行くのよ。もし、ラテリアが勇者として覚醒しても、側にカレンがいることで、制御できると考えているわ。まずは、勇者として覚醒しないように、監禁するでしょうけどね」

「リーゼ様は、ラテリア様が勇者だとお考えですか?」

「まさか、そんなことがあるはずがない」


 マーベラが首を振る。勇者の条件ははっきりしていない。マーベラの意識する勇者とラテリア王子は、あまりにもかけ離れているのだろう。


「魔族の危機は、勇者ではないわ」


 リーゼが首を振る。

 リーゼは、白い世界の白い女から、魔族に起こることを聞いていた。

 それを信じていいものかどうか、はっきりとはわからない。


 だから、復讐を望むマーベラを除いて、今まで誰にも言ったことはない。ただし、そのマーベラは、どうやら理解していないようだ。

 戸口に向かった侍女が、小走りに戻ってきた。


「リーゼ様、光の聖女さまがお見えです」


 リーゼは、ヌレミアとマーベラに視線を向ける。

 二人は頷く。何があっても、対処してみせるという自信である。


「通して」

「承知しました」


 侍女が開けるのを待たず、光の聖女カレンが扉を開けた。


 カレンの肌は、リーゼが何度か見たように、白い肌に茶色の模様が渦巻いていた。


 人間の滅亡予告日まで63日

 魔族が滅びるまで73日

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