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4 再び夢に見る

 ラテリア王子すら、この緊急事態でなければ軍の会議には呼ばれない。

 リーゼが軍議に参加できるはずもなく、魔法学園の寮にある自室に戻った。

 公爵令嬢である。同居人はおらず、広い部屋を一人で使用している。

 専属のメイドであるエリザは、公爵家からリーゼの身の回りの世話をするためだけに派遣されている。


 部屋に戻ると、専属メイドのエリザがいつものように迎えてくれた。

 人間の敗北が決定した。

 その知らせは、まだ届いていないのだと理解した。

 王族が参加する軍の会議は、長くかかるだろう。


 リーゼにその詳細を知らされることはない。

 リーゼは、この日は実に久し振りに、教会に行かなかった。

 何を祈っていいのかわからなかったのだ。


 人間を導く神がいるとして、その望みはなんでも叶うわけではないのだ。祈るだけで望みが叶うのなら、人間が滅びるはずがないのだから。


 ※


 リーゼは白い場所にいた。

 見覚えがあった。いや、記憶にあっただけだ。実際に見たことはない。そのはずだ。

 真っ白い世界に慣れると、テーブルと椅子、椅子に腰かける綺麗な人が見えるようになった。


 初めて来たときは、この世界の物を口にしなければ、認識することもできなかった。勧められたお茶を飲んだ途端、世界が色鮮やかに変わったものだ。

 この時は、やや見にくいものの、白い世界ではなかった。


「いらっしゃい」


 白い綺麗な人だと思っていた。今は、明確に女性に見える。


「何も口に入れなくても、今回は見えるのですね」

「ああ……この間来たばかりだものね。私のこと、どう見える?」

「綺麗な、女の人ですか?」

「なるほど。それが、現在の人間たちの認識なのね」


 白い女性は、ほほ笑みながらティーカップを口にした。


「また、私にご用ですか?」

「今日は、会いに来なかったわね」


 言いながら、女性はリーゼに手で椅子を示す。リーゼが腰かけると、すぐに目の前にティーセットが出現した。目の前の女性が用意したとは思えない。

 女性は、ただ自分のカップを傾けていただけだ。

 手で促されるまま、リーゼはカップに口をつけた。そうしなければ、いずれこの世界のものが見えなくなる。そう感じた。


「なんのことですか?」


 女性の言葉の意味がわからず、リーゼは問い返した。


「わかっているでしょ。教会」


 確かに、ここ最近は欠かさず教会に行っていたのに、今日は行かなかった。

 ただ、リーゼが毎日欠かさず教会に行っていることを知っている人は少ない。


「誰から聞いたの? ラテリア王子?」

「いいえ。あの王子様は関係ないわ。これから、もっと関係なくなっていくでしょうね。誰にも聞かなくたってわかるわよ。だって、来るのをずっと見ていたのだから」

「教会のどこかで、待ち伏せしていたということ?」


 それではストーカーだ。リーゼはあえて厳しい声を出した。

 綺麗な女性は笑った。


「まだ、私のことが信用できないみたいね。待ち伏せと言われても仕方ないかもしれないわね。だって、ずっとあの場所にいたのだから。でも、非難されることはないわ。堂々と待っていたもの。いつも、あなたの目の前にいたわ」

「嘘よ」


 女性は嘘をついている。リーゼはそう言いたかった。認められなかった。認めるのが怖かった。

 教会の祈りの対象は、誰より神聖で、近寄りがたい。その対象が、人の姿で目の前にいると認めてしまえば、同時に語った内容も全て真実だと認めざるを得なくなる。


「いつまで、いい子のふりをするつもりなの? 言ったでしょう。あなたが悪役令嬢にならなければ、人間は一人残らず死ぬことになるのよ」


 美しい女性は、もはや誤魔化さなかった。自分が女神で、言うことを聞けと言っているのだ。

 リーゼの言うことを無視し、女神は突然本題に戻ったのだ。リーゼは、まだ信じられない思いで、女神を見つめた。


「いい子のふりだなんて……私はただ……」

「断れなかっただけだとでも言うの? まあ、いいでしょう。あなた一人よりも、より多くの人間を巻き込んだ方が効果は高いでしょう」

「さっき……ラテリア王子はこれから、もっと関係なくなるって言いましたね。どういう意味ですか?」


 これは夢なのだ。だから、目の前の女性が知るはずのないことを知っていても、それはリーゼ本人が作り出した空想なのだ。

 リーゼは自分に言い聞かせながら、それでも尋ねていた。


「あなたの優柔不断な婚約者に振り回されては駄目よ。あれは非常に重要な存在に見えて、結局何の役割も果たせないのだから」

「それは……私が本心では、そう思っているということなの?」


 女神は首を振った。


「リーゼ、あなたを選んだのは、あなたが熱心に私のところに通ったからではないのよ。公爵令嬢であるあなたは、とても大きな影響力があるわ。あなたの態度が、人間を従順にしてしまい……結果として、人間が魔族に逆らう力を奪ってしまう。これまでは、そんなことはなかったでしょう。でも……これからはそうなるのよ」

「でも……そんなことを言われても、私はどうすればいいのか……」


 言い争っても、女神は引かないだろう。リーゼは諦めた。リーゼは誰とも争うことなく生きてきた。争う必要などなかったのだ。


「……そうかもしれないわね。では、こうしましょう。人間は、唐突には変われないわ。朝起きて、最初に会った人物を呼び捨てにしなさい。その後は、好きにしていいわ。それ以上は求めない。今のところはね」

「……わかりました。まあ、そのぐらいなら……」


 ここは魔法学園の寮だ。目が覚めて、まず会うのはリーゼ専属のメイドたちだろう。十中八九、お付きのエリザだ。

 普段から呼び捨てにしているし、なんの問題もない。

 仮に、普段は呼び捨てにしない誰かであっても、すぐに謝ればいい。


 女が本当の女神だったとしても、リーゼが言われたことをやらなかったことにはならないだろう。最初に会った人間を呼び捨てにしろとは言われたが、その後で謝ってはいけないとは言われなかったのだ。


 リーゼはそう考えながら、夢の中である白い世界から退出した。


 人間の滅亡予告日まで100日

 魔族が滅びるまで110日

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