39 断罪イベント
カレンはラテリア王子の正式な婚約者として紹介され、王は目の前でそれを見つめている。
リーゼは送別会のスケジュールを確認した。
友人代表であるリーゼの出番は、ラテリア王子とカレンが決意を述べ、生徒会長が別れを惜しむ挨拶を述べた後だ。
ラテリア王子の決意表明に続き、カレンが口を開いた。
平民の出でありながらラテリア王子に見初められた幸福を感謝し、最後の瞬間まで夫に尽くす覚悟を述べた。
リーゼは、カレンはもう魔王領から戻ってくるつもりはないのだと感じた。
見送る市民の大多数は、ラテリア王子を二度と見ることはないものと思っている。
ただし、ラテリア王子の決意表明は、本人がそのことを理解していないのではないかと疑わせる、不自然なほど前向きなものだった。
国王が渋面を作っているが、気づいているのはリーゼだけだろう。
生徒会長が二人に向かって送別の言葉を述べた。
出番だ。
リーゼが立ち上がった。
壇上に向かって足を踏み出そうとした時、リーゼは耳を疑った。
「では、これから魔王領に旅立つ二人に、国民の皆さんから盛大な拍手をお願いします」
生徒会長の発したその言葉は、送別会の終了時に発せられるもので、ラテリア王子はそのまま国を出ることになる。
「待ちなさい!」
リーゼは叫んでいた。だが、万雷の拍手にかき消された。
飛び出そうとした。
目の前に、クレール第2王子が立ちふさがった。
「リーゼ、どうするつもりだ?」
「あなたたち、騙したのね? 私に挨拶なんか、させるつもりじゃなかったんだわ」
リーゼがクレール王子の頬に伸ばした手が、途中で掴み取れらた。
「騙しちゃいない。王から言われたのは、リーゼとラテリアを離しちゃいけないってことだ。リーゼは、荷物の中に潜り込んで、ラテリアに同行する。初めから、そう決まっていた」
「裏切り者! あなたたちが、カレンに従っているのはわかっていたわ。こんな手を使うなんて!」
リーゼはクレールの手を振り払い、再び壇上に飛び出そうとした。
リーゼの体が傾いだ。
頬が痛かった。
張られたのだと、衝撃で理解した。
「クレール?」
「こんなことはしたくなかったが、仕方ない」
クレール第2王子は、胸ポケットから手ぬぐいを取り出した。
リーゼの口に当てがおうとする。
「おい。抑えつけろ」
リーゼの背後に、人影が立った。クレールは、リーゼの背後に呼びかけた。
「辞めて!」
「無駄だよ。リーゼ、あんたに従う奴はいない。このまま、荷物の中に放り込む。腕を押さえておけ」
「断る」
「なに?」
リーゼの背後の人物が声を発したかと思うと、クレールの体が背後に飛んだ。
顔面を殴られたのだと、リーゼは理解した。
「リーゼ様、ご無事ですか?」
「……マーベラさん?」
ふらつくリーゼの体を、懐かしい友の声が支えた。
「リーゼ様、まだ間に合います」
さらに横から聞こえた声に、リーゼは耳を疑った。
「ヌレミアさん……助かったのね?」
「はい。全て、リーゼ様のお陰です。リーゼ様、まだやるべきことがあるのでしょう? 私のために、婚約解消を受け入れたのだとマーベラから聞きました。急ぎましょう」
「もう……無理よ。二人は行ってしまった……」
会場の拍手は収まっていた。リーゼは舞台の袖にいたため、壇上から降りたラテリア王子の様子はわからない。
カレンは同行しているはずだし、拍手が止んだということは、二人の姿はもう会場にはないのだ。
「いいえ。リーゼ様、大丈夫です。ほら」
ヌレミアは、すっかり良くなったように見えた。
リーゼの手を引き、光が当たる壇上に誘った。
集まった市民たちが、壇上に背を向けている。
ラテリア王子が正面の出口から出ようとして、扉に手を掛けているのがわかる。カレンはラテリア王子に従っていた。
すぐにでも外に出る、という様子ではなかった。
扉が開かないで困っているようだ。
「主席宮廷魔術士、魔法学園現校長の指示で、あの扉は開きません。さあ、リーゼ様」
ヌレミアに手を引かれ、マーベラに背を押され、リーゼは壇上に出た。
気づいたのは、司会役の生徒会長が初めだった。
クレールは立ち上がろうとして、マーベラに踏みつけにされていた。
クレールは、噂されているほど軽薄な男ではない。だが、学園をやめて鍛錬に励むマーベラの敵ではない。
王はまだ、壇上に用意された玉座に腰掛けていた。
王が静かに首肯する。
リーゼは、中央に進み出た。
「皆さん、聞きなさい。私は、リーゼ・エクステシア、悪役令嬢よ」
リーゼの声が響き渡り、会場の視線が振り返る。
扉と格闘していたラテリア王子も振り返り、カレンが睨み殺そうとしているかのような視線を向けた。
リーゼは、会場中の視線を受け止めた。
あえて、自ら『悪役令嬢』と名乗った。
その意味を、詰め掛けた一般の人々が、どれほど理解できるかわからない。
だが、リーゼはあえてそう名乗った。
「光の聖女カレン、あなたにラテリア王子は渡さない」
睨みつけるようにリーゼに視線を向けていたカレンが、まだ扉に挑んでいたラテリアの肩を叩いた。
ラテリアが振り向くのを待たず、カレンは言った。
「ああっ! リーゼ様! 公爵令嬢というもっとも気高い血を持って生まれ、王子に愛想をつかされ、錯乱してしまわれたのね!」
カレンはあえて、舞台俳優のように声を張り上げた。
リーゼを非難するためだとわかっていた。
カレンの背後で、ラテリアが戸惑っている。
かつての自分の婚約者を見つめ、リーゼはやや失望しながら、受けてたった。
「ラテリア様を魔王に引き渡しても、魔族は救われないわ」
会場に押し寄せていた人々が動揺する。
リーゼが何を言い出したのか、誰も理解できずにいる。
だが、その中で唯一理解を示したのが、リーゼと対決しているカレンだった。
「魔族を救うですって? 負けたのは人間なのよ。救いが必要なのは、人間でしょう?」
「正式な婚約者である公爵令嬢から、ラテリア様を奪ったカレンは、人間が負けたことが随分と嬉しそうね」
「う、嬉しいわけが……」
「無力な人間をどれだけ追い込もうと、あるいは全て殺そうと、魔族に救いは訪れない。ラテリア様と、光の聖女がともにいる限り」
予定していた送別の言葉ではなかった。予定では、穏やかにカレンの言動を責め、カレンの正体を暴くつもりだった。
だが、リーゼの出番が強引にけずられ、ラテリアとカレンが会場の反対側にいる。
穏やかな挨拶は諦め、リーゼは直接、カレンがもっとも知りたいはずの情報を投げつけたのだ。
カレンの魂は、魔王の娘かもしれない。
それが事実かどうかはわからない。
これ以上、長く話し続けることはむしろ危険だと感じ、リーゼは壇上に背を向けた。
「お、お待ちなさい! その女を取り押さえて! クレール、サマルカン、約束でしょう! どうしてその女に喋らせるのよ!」
カレンの絶叫が轟く。
「ヌレミアさん、もういいわ」
「リーゼ様、リーゼ様のお話、私にもわかりませんでしたけど……」
リーゼは、袖で待っていたヌレミアに声をかける。ヌレミアはただ戸惑った。
生徒会の役員たちを一人で制圧していたマーベラが口を挟んだ。
「リーゼ様、『悪役令嬢』ってなんですか?」
「なんでもないわ。そうね……私のこと」
「よくわかりませんけど、格好いいですね」
マーベラの感想に、リーゼは笑った。
ヌレミアが魔法を解除したのだろう、扉が開く音が響いた。
騒然となる会場に背を向け、リーゼはマーベラとヌレミア、所在無げだったミディレアを連れて、会場を後にした。
人間の滅亡予告日まで63日
魔族が滅びるまで73日




