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私が悪役令嬢にならないと人間が滅亡するらしいので  作者: 西玉


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38/78

38 壮行会の裏側で

 ラテリア王子が魔王領に送られることの発表は、魔族と人間の最期の戦争において、人間側が敗北したことが正式に公表されるのと同時だった。

 戦争状態の魔王の領地に、人間の最後の国の第1王子を送る理由が他になかったからである。


 戦争には負けていない。戦争はまだ終わっていない。そのような立場を、ゴルシカ王国は取り続けていた。

 だが、負けを認めなければ、魔王軍が王都まで攻め込んで、人間の最後の一人まで殺しつくすことになる。


 負けを認めることでせめてもの譲歩を引き出そうとする、王国の首脳部たちのいつもの方法だと、リーゼは冷静に分析していた。

 リーゼがもし、悪役令嬢にならなければ、人間が一人も残らず死滅すると告げられた日まで、70日を切っている。


 伏せられていた敗戦を王国が公表することで、民心は不安に満たされている。

 ラテリア王子を送り出す式典の日になって、リーゼはお付きの侍女エリザに身支度を手伝わせていた。


「お嬢様、相変わらずお綺麗です。こうしてきちんとすると、普段はまるで綺麗に見られないように気を使っているようですね」


 鏡に写ったリーゼに、エリザがため息を漏らした。


「そんなことはないわ。私が特別綺麗なわけじゃない。もっと綺麗な子はいっぱいいるわ」

「そんなことはございませんよ。それより、リーゼ様、ようやくラテリア様とのご縁も切れますね。リーゼ様を袖にして、聖女かなにか知りませんが、平民のカレンとかいう娘を婚約者に選んだのでしょう。リーゼ様ほどのご令嬢を振るような男、縁が切れてよかったですね」

「ありがとう。でも、私は今日、友人代表として挨拶をするのよ。あまり悪くは言わないで」


 リーゼは、高価な宝石をあしらったペンダントの見え方を研究しながら言った。


「申し訳ありません。つい……でも、最近はみんな言っています。あの王子に、リーゼ様は勿体無いって」

「仮にも、第1王子よ」

「まだ、仮じゃありませんか。王国がどうなるか……魔王に負けた王族は、真っ先に餌食になるって噂です。巻き込まれないでよかったです」


「そうね。でも……悪役令嬢って、周りから高く評価されちゃ、いけないんじゃないかしら?」

「そんなことはございませんよ。私の知っているロマンス小説の中では、いつも人間は世界の支配者です。その世界は人間にとって平和ですから、悪役令嬢は嫌われます。でも、今はみんな不安でいっぱいですから……悪役令嬢にすがりたいのです」

「すがられても、困るけどね」

「お嬢様なら、大丈夫です」


 リーゼの身支度が整い、エリザは最後にハンカチを渡した。

 白い世界の白い女性は、最近夢にすら出てこない。

 あの存在に言われて、リーゼは悪役令嬢を目指し始めたのだ。

 悪役令嬢に詳しい侍女エリザと国王の指導もあって、普段の態度に次第に馴染んで来た感覚もある。


 だが、白い女が求めた悪役令嬢に、本当に近づいているのだろうか。

 白い女は、リーゼの幸せを約束しないとまで言い切ったのだ。

 現在、ラテリア王子は頼りないと国民から思われており、むしろクレール第二王子を押す者たちが増えている。


 それに伴い、ラテリア王子に婚約を破棄されたリーゼは、まるで悲劇のヒロインであるかのような見方すらされている。

 深窓の令嬢であることより、悪役令嬢のほうが親しみやすいという人々の反応に、当初はリーゼも戸惑った。


 悩んでも意味のないことだと、開き直るしかなかた。

 リーゼは、ラテリア王子を見捨てて、人間を生き残らせる方法を模索することもできた。

 だが、全てが夢のお告げであるとは言えなかった。

 数多くの悪役令嬢が出現する物語を読みふけり、リーゼは一つの答えに達していた。


 悪役令嬢は、主役がいてこその悪役なのだ。

 ラテリア王子を諦めてはいけない。リーゼが悪役令嬢になるということは、ラテリア王子を奪い返す方法を模索しなければいけない。

 リーゼはそう考え、ラテリア王子の送別会が催される式典が、すでに婚約を破棄されたリーゼにとっての最大にして最後の機会だと考えていた。


 ※


 ラテリア王子の送別会は、魔法学園の大講堂で行われることになっていた。

 リーゼは生徒会役員である学園のエリートたちに導かれ、舞台袖に用意された簡素な椅子に腰掛けていた。

 大講堂は前方に舞台があり、学園の生徒数を超え3000人の人々が入れる、王都の中でもっとも大きな施設だった。


 魔法学園自体が古代の遺跡を利用しているものであり、大講堂は古代の劇場だったのではないかと推測されている。

 魔法学園の生徒だけなら、200人ほどしかいない。入学そのものが狭き門なのだ。

 大講堂は人々で溢れていた。


 大講堂に集まった人々は、普段は学園とは関係のない一般市民である。学園の生徒は人員整理などの手伝いに協力させられている。

 舞台上では、ラテリア第1王子の父である国王が、演説の開始時間を待っていた。

 座席数より多い5000人以上の人々が押し寄せ、半数以上が立ち見をしていた。


 名目上は、ラテリア王子の送別会である。

 だが、集まってきた人々の目的は、数日前に公表された人間と魔族の戦争の結末についての情報である。

 壇上にいるのは、国王と主だった宰相たちだった。


 主役のはずのラテリア王子は、まだ袖で待機している。

 リーゼが待機しているのとは、反対側の袖で控えているようだ。

 本来の主役が登場していないことに、集まった人々は囚われなかった。

 ただ王を見つめ、王の言葉を待っていた。


 リーゼは、渡された送別会の進行台本に目を落とした。

 ラテリア王子を送り出す王は、息子を愛おしむ父親役として激励の言葉をかけることになっていた。

 それ以上の役割は用意されていない。


 だが、王は立ち上がった。まだ、時間前のはずだ。

 舞台上の中央、前寄りに立ち、民衆に呼びかけた。

 ざわついていた民衆の声がぴたりと止んだ。


 王は黙らなかった。

 リーゼが知っている宰相の一人が、王を止めようとした。

 だが、王は話し続けた。

 人間の国が、生存をかけた最後の戦いに一兵も残らず殲滅されたことを、淡々と語った。


 観客席に詰め掛けた人々がら嗚咽が漏れた。

 怒号と嬌声が響いた。

 だが、大きな混乱は起きなかった。


 壁際に兵士たちが居並んでいたこともあるが、それが原因ではないだろう。

 主だった兵士たちは戦場で全滅し、残っているのは老兵と新兵のみだ。

 民衆が暴れ出せば、止めることができる戦力は、王にはない。

 人々が暴れ出さなかったのは、王が全ての真実を語り出していることに気づいたからだ。


 戦場での魔族がいかに手強いか、人間がいかに脆弱か、生き残るためにどうしてきたか。現在は、どのような状況か。

 リーゼは、自分が知っている情報から、王が真実を語っているのだとわかっていた。


「リーゼ様、だいぶ予定と違いますが、陛下の演説が終わったら、あとは予定通りです」


 腰掛けて王の言葉に耳を傾けていたリーゼに、声をかけたのは顔馴染みのミディリアである。


「ミディレアさん、ご苦労様。あなたもスタッフとして駆り出されたのね。もう……貴族とか平民とか、言っている場合ではないのでしょうね」

「はい。学園の生徒はほとんどが貴族ですから。断ることもできましたけど、リーゼ様の担当だと聞いて、引き受けたんです」

「そう。ありがとう。ミディレアさんが側にいてくれると思うと、落ち着くわ」


 リーゼが言うと、ミディレアは普段よりさらに地味にした衣装ではにかんで笑った。

 リーゼの担当だと知って引き受けたのだと言ったが、リーゼは、ミディレア以外の生徒が、誰もその役を引き受けたがらなかったのだと知っていた。


 リーゼは悪役令嬢を演じ、以前より生徒たちから支持されていた。

 だが、周囲に近づく生徒は減った。

 また、カレンという平民に、婚約者である第1王子を奪われたこともあり、権力を求めて近づいてきた生徒とは疎遠になっていた。

 悪役令嬢を演じることによって増えたリーゼの支持者は、物理的な距離を詰めようとはしなかったのだ。


「さすが陛下、よくまとめたわ」

「そうですね」


 リーゼは王が王である誇りを保ったまま、悠然と人々に背を向ける姿を感心して見ていた。

 司会役は、生徒会長が務めた。

 舞台上にラテリア王子が姿を見せた。


 その隣には、艶やかなドレスに身を包んだカレンがいた。


 人間の滅亡予告日まで63日

 魔族が滅びるまで73日

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