37 王子の壮行会に向かって
ラテリア王子の壮行会を催すことに決定してから、20日が経過した。
3日後に、魔法学園で壮行会が開かれる。
壮行会が終わった時、ラテリア王子と光の聖女カレンが乗った馬車が魔王領に向かうことになっていた。
リーゼの親しい友人のうち、魔法に長けたヌレミアは治療中、マーベラは戦士としての訓練を優先するようになり、会うことも無くなっていた。
魔法学園の貴族たちはいずれもエクステシア公爵令嬢と親しくなりたがったが、リーゼは寄せ付けなかった。
自らを悪役令嬢と思い定め、より高圧的な態度をとるようになり、周囲からは次第に人が減っていった。
リーゼは独りになることが多くなり、たまに親しく話をする相手も、爵位は低いが世渡りがうまいミディレアと数人の令嬢たちだけとなっていた。
ラテリア王子も魔法学園には来なくなっていたが、新たに婚約者となった光の聖女カレンは、まるで学園に君臨する支配者のようだった。
魔法学園の講義が終わり、リーゼは久しぶりに生徒会室の扉を開けた。
ノックはしない。
リーゼは生徒会に属していないが、国王の勅命で、生徒会室へ自由に出入りすることが認められている。
リーゼが姿を見せると、書類をめくっていた生徒会役員たちの動きが止まった。
一瞥し、以前リーゼへの協力を約束した者たちしかいないことを確認する。
リーゼは、しっかりとした歩みで足を踏み入れた。
「おい、公爵令嬢。タイミングが悪いぜ。ずっとほったらかしだったのに、この追い込みの時期に突然来るなんて」
真っ直ぐに生徒会長に向かったリーゼを、クレール第二王子が呼び止める。
手には書類の束を掴んだままである。
「軟派男が、まじめにお仕事かしら? 王宮でもその態度でいれば、いつまでも第2王子ではなかったはずなのにね」
「俺は妾腹だ。嫡出のラテリアと勝負するものか」
リーゼが笑いかけると、クレールは早口に言って視線を外した。
その隙に、リーゼは生徒会長チェトス・サマルカンの前に立った。
「壮行会の準備、ご苦労様。準備はつつがなく整っているわね?」
サマルカンは、赤い髪を短く揃えた精悍な若者だ。
リーゼが前に立つと、立ち上がって腰を折った。
国王からの勅命では、リーゼに逆らうわけにはいかないのだ。
「リーゼ様のご命令の通りです。ですが……王の指示は、カレンではなくリーゼ様をラテリア王子と同行させることです。リーゼ様のご指示を待っていましたが、我々はどうすればいいのですか?」
「ラテリア様の壮行会であれば、来賓や祝辞を……何がおめでたいのかはわからないけど……述べる人たちがいるでしょうね」
「はい。宮廷魔術師筆頭で、現在では魔法学園の学園長となったヌーレミディア様や、国王もご出席の予定です」
「私にも、話をする機会をくれない? それだけでいいわ。あとは、私がやる」
「それは……友人代表とかでしょうか?」
「そうなるわね。それ以外で、私が挨拶する理由なんかないでしょうから。できれば、スケジュールに入れて、公にするのは避けて欲しいわ。サプライズね。カレンに警戒させたくないの」
「……わかりました。司会は書記のラビエスです」
「お任せください」
大量の書類を抱えていた男が、書類を置いてリーゼに向かって礼をした。
リーゼは頷き、生徒会長に背を向ける。
もう用はない。部屋を出るために歩き出したリーゼに、クレールが並びかけた。
「リーゼ、どうするつもりだ?」
リーゼは歩きを止めず、生徒会室と廊下をつなぐ扉に手をかけた。
クレールは生徒会の主要な一員である。現在も手に書類の束を抱えている。
ラテリア王子は、生徒会室に入ったこともないだろう。それは、ラテリア王子の高すぎる身分のためではなく、単純に能力の問題だと、現在では断言できる。
リーゼはクレールを見て口を開いた。
「王からの命令を覚えているのでしょう?」
王は、ラテリア王子と一緒に送り出すのは、カレンでなくリーゼでなければならないと考えている。
リーゼはすでにラテリア王子の婚約者ではなく、カレンは平民の出ながら光の魔力の持ち主として、ラテリア王子の正式な婚約者となった。
王がリーゼを推すのは、リーゼの能力と性格を買ってのことだ。
カレンでは駄目かと言えば、リーゼにはわからなかった。
リーゼ自身は、それほど自分の能力を評価していないし、無理をして強気に出たところを、王に勘違いされただけなのだ。
王の判断は間違っているかもしれない。
だが、結果として、正しいのだ。
カレンが魔族の姫の魂を宿していることを知っているのは、リーゼだけなのだ。
カレンの能力は別にして、リーゼはカレンを止めなければならないと考えていた。
「もちろんだ。だが、リーゼは一度この部屋に来て、しばらく閉じこもった後、何もしていない。俺たちに丸投げするつもりか?」
「いいえ。さっき言ったでしょう。私に、時間をちょうだい」
「友人代表として挨拶をするだけだろう? 何をするつもりだ?」
「私は、命に代えてもラテリア様を取り戻す。この意味はわかるわね?」
クレールの顔色が変わった。普段は遊び人のように振舞っている第2王子だが、それが妾腹の身分であることを自重して、王の候補として推挙されないためだと、リーゼは考えていた。
「……本気か?」
「ええ」
貴族が『命に代えて』と言うときは、本当に自分の命を投げ出す覚悟があるときだと決まっている。
リーゼは扉を開け、生徒会室から退出した。
クレールが、抱えていた書類を置いてついてきた。
リーゼは歩き出す。
「待て。みんなの前で自害するつもりじゃないだろうな。王の指示は、リーゼがラテリアと一緒に行けるようにすることだ」
歩き去ろうとするリーゼは、足を止めた。
振り返ると、青い顔をしたクレール王子が目の前にいた。
「今の、本当なの?」
「どうした? 知らなかったわけじゃないだろう?」
「いえ……私が聴いている話とは違うわ」
クレールが怪訝な顔をした。
「リーゼは、王になんと言われている?」
リーゼはクレールを見つめた。
第二王子の端正な顔付きが、実に憎らしかった。
「教えない。でも……あなたの今の言葉で、一つ謎が解けたわ。王が命じたはずなのに、どうして貴方達は何もしないのか。何かしている振りぐらいはするはずなのに……あなたたちの心算では、私はどうやってラテリアと一緒に魔王領にいくことになっているの?」
「そりゃ……荷物の中に……」
「そんなところでしょうね。結構よ。準備をしておきなさい。プランBは、常に必要なのだから」
リーゼは言い捨てると、唖然とするクレールを置いて歩き出し、二度と振り返らなかった。
人間の滅亡予告日まで66日
魔族が滅びるまで76日




