36 生徒会室の悪役令嬢
翌日、リーゼは魔法学園の生徒たちを代表する、生徒会に呼び出された。
貴族の師弟たちが通う学園であるために、生徒会の役員になることは将来の高官を約束されるのも同然で、生徒会の役員は将来を嘱望される優秀な学生たちである。
呼び出されたのは長い昼休憩の間である。
もっとも親しい友人であるヌレミアはまだ登校できず、マーベラは兵士としての訓練を優先するために半分程度しか学園にはこない。
ラテリア王子との婚約を破棄したことはすでに広まっており、交際範囲が広いミディレアも近づくのを躊躇っている時、第2王子であるクレール経由で、生徒会室に来るように声がかかったのだ。
リーゼが生徒会室に入ると、4人の男が一斉に立ち上がった。
振り返り、膝を折った。
人にかしずかれることに慣れているリーゼにとっても、自分が突然偉くなったかのような錯覚を覚えた。
ほんのかすかに狼狽する自分の心を叱りつけ、昨日王から言われたことを思い出す。
王の配下の者たちの中でも、特に優秀な者たちをつけると言われた。
加えてリーゼは、王が認める悪役令嬢なのだ。
「お立ちなさい。名乗ることを許します」
「はっ。では、私から紹介させていただきます」
もっとも奥にいた男が立ち上がる。その隣にいたのは、第二王子のクレールだった。
「いいでしょう。では、あなたは?」
「私は、生徒会長を勤めます。チェトス・サマルカン、父はサマルカン侯爵です。そちらは副会長のキーラ・エントスと書記のラビエス・ロモイエル、こちのクレールはご存知ですね」
自ら会長と名乗ったチェトスは、赤い髪を無造作に伸ばした利発そうな青年だった。
副会長のキーラは、リーゼは知っていた。リーゼの遠い親戚にあたり、女の子のような顔立ちと華奢な体つきが印象的だ。
ラビエスは、書記という肩書きに似合わない豪快な体つきをした、たくましい若者だった。
「最初に聞いておくわ。私を呼び出したの? それとも、呼び出すように命じられたの?」
「前者だな。国王から、リーゼお嬢様のサポートをするよう指示があったが、具体的にどうしろとは言われていない。それを、これから相談したい」
クレールが口を開いた。普段は砕けた印象を見せているが、リーゼが知っていたのは表向きの顔なのだろう。
「では、貴方達は、陛下に言われて私に協力するということね?」
「はい。それで間違いはありません」
「では、今後この生徒会室は、私が使わせてもらうわ。異議はないわね」
「はい。それが、この国のためだと言われれば」
生徒会長チェロスが応じた。その一言で、国王が目の前の若者達に何と言ったのか、想像ができた。
リーゼが生徒会室の奥に進む。チェロスの席であろう際奥の位置に腰を下ろした。
「では、全員出て行きなさい」
「待てよ。リーゼ、どういうことだ?」
クレールが尋ねた。貴族という階級社会において、リーゼと対等に話せるのはクレールだけだ。
「王の傀儡など信用できないわ。私は、私のやり方でやる。用があれば呼び出すわ。それまで、おとなしく授業を受けているのね」
「リーゼ、お前一体……」
「わからないの? 私は、リーゼ・エクステシア、悪役令嬢よ」
「なっ……」
誰もが言葉を失う前で、リーゼが柏手を打った。もはや会話は必要としない。それを告げる合図だ。
チェロス達は戸惑いながらも、部屋を出て行った。クレールだけは抗議しようとしたが、チェロス達に諭されるように退出した。
出て行った生徒会執行部の男たちと入れ替わるように、リーゼの知らない男子生徒が扉を開けた。
「会長、ご報告が……あれ、会長達は?」
「出て行ったわ。今日から、生徒会は場所を変えるみたいよ」
「へっ? どこへですか?」
「知らないわ。今日からこの生徒会室は、このリーゼ様が使用させていだたくわ」
「……へっ?」
「聞こえたでしょう。出て行きなさい!」
「はいっ」
男子生徒が駈け去った。
リーゼは、生徒会室の棚にある、生徒たちの個人情報が記載されたファイルに手を伸ばした。
※
魔法学園は、貴族の子弟たちの社交の場でもある。
教師たちは知識を教え、経験を伝えはしても、それ以上のことはしない。
生徒たちの情報は、生徒会で管理しているのだ。
生徒会の一員となることは、将来的により多くの貴族とつながりを作れるという意味において、非常に重要なのだ。
リーゼは、現在いる生徒たちのファイルに目を通した。
名前と親の爵位、これまでの成績に学園活動での実績が記録されている。
リーゼは、ラテリア王子のファイルを見つけた。
将来もっとも権力を持つ予定だが、能力は中の下であり、婚約者のリーゼ・エクステシアも凡庸な令嬢である。
酷い中傷だと思いながら、これまでそう見られていたのだと認識を新たにする。
カレンを見つけた。家名はない。出身地の住所を見ると、王都内の、平民が住む一般的な区域からはやや外れていた。
むしろ、貧民区と呼ばれるエリアだ。
母親の名前はあったが、父親は空欄だった。
成績は上位で、特に魔法に関する科目では最優秀の学生の一人だ。
リーゼは、関連する学生について書かれた記録に、魔法文字で封じられた場所があることに気づいた。
雑誌の袋とじのようなものだ。リーゼは、最新のロマンス小説で袋とじのイラストが入っていることがあることを知っていた。
袋とじは魔法文字で封じられてはいないが、カレンの記録には七つの文字が刻印されている。
リーゼは、魔法文字を一読して理解した。一定の順番で魔力を流せば、封じられている部分を読むことができる。
リーゼは、悪役令嬢になれと言われる前であれば、魔力操作すら行えなかったことを思い出し、この数日の自分の成長と、無駄なことに費やした時間を思い起こした。
封じられた部分が、リーゼの魔力を受けて明らかになる。
隠されていた箇所に、クレール・ゴルシカ以下、生徒会役員の名前を見つけた。
カレンと関わっていることを隠すための封印だったのだ。
今日会った全員が関わっている。どんな関わり方をしているのかはわからないが、すでにカレンの息がかかっている。
リーゼは封印をし直し、静かに生徒名簿を閉じた。
リーゼが生徒会室を出ると、通路にクレール・ゴルシカが待ち構えていた。
「気は済んだかい? お嬢様」
「私を呼ぶなら、お嬢様ではなく悪役令嬢とお呼びなさい」
「急にどうした? ラテリアと婚約していた頃は、あんたはそんなじゃなかっただろう」
「お父上に聞くのね」
すでに夕刻である。リーゼは帰ろうとした。
「1日俺たちを追い出して、成果なしか? ラテリアを取り戻すんだろう?」
クレールは寄りかかっていた壁から背を離し、リーゼの前に立ちふさがった。
「ええ。でもラテリア様は、もう学園にはこないでしょう。学園で学ぶことは、魔王領では役に立たないでしょうから」
「なら、呼び出せばいい。ラテリアの送別会をするのはどうだ? その場で婚約破棄を無効にする宣言をすれば、状況は変わる」
リーゼは、クレールを見上げた。戦士としても鍛えているクレールは、背が高いだけでなく、たくましい体つきをしている。
「そうね。そういうことは、生徒会が得意でしょうね。ラテリア様が第1王子であることは間違い無いのだし、不自然でもない。なら、任せるわ。日程が決まったら教えて」
「お、おう。リーゼは、その間、何をするんだ?」
「何って……学生の本分よ。将来のお妃候補から、ただの公爵令嬢に格下げになったのだもの。公爵領をどう運営していくか、真剣に学ばなくちゃならないでしょう」
「わかっているだろう? 将来の公爵領があるかどうかは……」
「人間が、どれほど生き残るかでしょうね」
「あ、ああ……」
「では、ラテリア様の送別会、任せたわよ。楽しみにしているわ」
リーゼはクレールをかわし、生徒会室を後にした。
人間の滅亡予告日まで86日
魔族が滅びるまで96日




