表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私が悪役令嬢にならないと人間が滅亡するらしいので  作者: 西玉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/78

32 学園の噂

 夜遅く戻ったリーゼは、自分の部屋の様子が変わっていることに気づいたものの、よく確かめることもなく、着替えだけしてベッドに入った。

 スイッチを入れれば電気が点るというわけにはいかない。


 夜になれば、闇に覆われることを受け入れざるを得ない。

 それは、公爵令嬢のリーゼにとっても同じことだった。

 リーゼは朝目覚め、体を起こして、壁際に木箱の山が出来上がっていることに気づいた。


「お嬢様、お目覚めですか? 何日もお戻りにならないから、心配いたしました。公爵家にも知られ、公爵様は半狂乱で……ヌーレミディア様からお嬢様を預かっていると報告があるまでは、誘拐ではないかと大騒ぎでしたよ。突然、ベッドで寝ていらっしゃるなんて……」


 侍女のエリザがまくし立てたが、リーゼはまだ疲れていた。エリザの言葉がほぼ頭に入らず、ぼんやりと答えた。


「ああ。エリザ、お早う。学園に行く支度をしなくては」

「お嬢様、今日はお休みの日ですよ」

「そうだった? そう……あの日から、随分経っているのね」


 リーゼが思い出したのは、前回の休日だった。

 魔族将軍レジィが逃げ、ヌレミアが重体になり、ラテリア王子が医務室でカレンと逢瀬を楽しんだ日だ。

 再び休日が来たというのなら、あの日からそれだけの日数が経過しているということだ。


「エリザには、聞きたいことが色々あるのだけれど」

「わかっております。悪役令嬢についてですね」


 リーゼは、かつて侍女のエリザに悪役令嬢を知っているかと尋ね、リーゼよりよほど詳しかったのを思い出した。思えば、あれも前回の休日の日の出来事だ。


「そうね。でも、その前に、あれは何?」


 リーゼは、壁際に積み上げられた木箱を指差した。


「ああ……あれは、お嬢様に対する贈り物ですわ」

「私の誕生日はだいぶ先だったはずだけど?」


 リーゼが悪役令嬢にならなければ、次の誕生日まで生きられることはないだろう。そんな風に考えながら、リーゼは言った。


「お誕生日のプレゼントではございません。リーゼ様に対する、殿方からの心づけです」

「意味がわからないわ」


 これまで、誕生日や記念日以外のプレゼントといえば、特に男性からはラテリア王子か、ラテリア王子に取り入りたい貴族の子弟ぐらいだった。


「お嬢様、本当にわからないのですか?」

「ええ。わからないわ」

「お嬢様、すごくお綺麗だし、素晴らしい家柄で、もともと憧れる殿方が多かったのでしょう。その上、ラテリア王子と婚約を解消しましたし、最近のお嬢様は親しみやすくなったと、侍女たちの間でも評判です」


「……ラテリア様との婚約を解消した?」

「違うのですか?」


 リーゼは頭を抑えた。最近地下にこもり、ヌレミアの治療の手伝いをしていたために、時間の感覚がおかしくなっていたようだが、学園は休日らしい。

 登校しなくてもいい上に、珍しく休日の予定を立てていない。急ぐ必要はない。じっくりと、言葉の意味を噛み締めた。


「もう、噂になっているのね」


 考えれば、カレンと取引をして婚約の破棄をしてから、5日が経過している。カレンは狙って婚約破棄をさせたのだ。5日間、何もしないはずがない。


「はい。このうちの半数はお嬢様に憧れていた殿方からですが、半数は婚約を結びたいという親御さんたちからです。ああ……クレール殿下からもきていますよ」

「捨てて。と言いたいけど、ダメね。きちんとお返事を書かなくては。せっかくの休日が、つまらないことで潰れたわ。ところで……エリザ、さっき妙なことを言ったわね?」


「なんでしょう? 覚えておりませんが」

「私が、『最近親しみやすくなった』と評判なの?」

「はい。以前はお綺麗で完璧なご令嬢だったのに、最近はとても話しやすくなったと」


 リーゼは、エリザに言われたことを噛みしめた。確かに、エリザ以外の侍女たちと話すことが多くなった気がする。ほとんどが情報収集のためであり、悪役令嬢らしく振る舞う練習だったのだが、結果的に楽しく談笑した記憶しかない。


「……悪役令嬢って、それでいいの?」

「私の知っている多くの物語に出てくる悪役令嬢は、周りから嫌われて、孤独でいますね」

「ダメじゃない」


「えっ……でも、私に言われましても」

「私は、悪役令嬢にならなくちゃいけないのよ。侍女たちと親しくしたり、贈り物を山ほどもらったりしていてはいけないのよ」


リーゼが真剣に訴えると、エリザは思い切ったように口を開いた。

「実はお嬢様……私はある秘密の組織に参加していまして……」

「突然、どうしたの?」


 リーゼは、話題を変えたエリザを見つめた。エリザは頷いて続ける。


「ロマンス小説の読書研究会というのがありまして、その場ではお気に入りのロマンス小説を持ち寄り、紹介し合うのです。お嬢様が知りたがっていた悪役令嬢が出てくる小説もありまして」

「エリザ、よくやりましたね」


 リーゼは、とっさに専属侍女の手を取っていた。

 悪役令嬢という語彙のイメージで行動していたリーゼにとって、行動の羅針盤となる情報だ。


「今日、集会があります。会員の紹介があれば参加できます。参加者は……様々な身分の方がいますので、全員マスクを着用します。リーゼ様が参加していることは、誰にもわかりません」


 エリザが力強く言ったが、リーゼは疑った。


「そう言えば、私が寝室に殿方を泊めたとあらぬ噂があると……先日クレール殿下から聞かされたわ」

「えっ? そ、そんなことが……」

「血のついたシーツを、誰かが洗っていたとか……エリザ」


 リーゼは、握っていた侍女の手をしっかりと握り直して問いかけた。


「リ、リーゼ様、お許しください。言いふらしたわけではないのです。私がシーツを洗濯していて……侍女仲間と、お嬢様方の出血の原因などを噂しあって……リーゼ様の月のものが来る日ではないはずなのに、その前に訪問者らしき声がしていたと……その話が広がるとは思ってもみなかったのです」


 リーゼは手を離した。

 エリザは立ち去ろうとする。リーゼはスカートをつまんで止めた。


「お待ちなさい。私は殿方を連れ込んではいないわ。その点だけは、誤解しないで。立ってしまった噂をどうにかできるとは思わないわ。せめて、信じてくれる人には、事実を伝えておきたいだけよ。エリザは、信じてくれるわね。あの日来たのは女性の友達で、怪我をしていたのよ。誰かまでは、言えないわ」

「も、もちろんです。ラテリア様という婚約者がいたリーゼお嬢様が、不貞を働いたりするはずがございません」


 リーゼは摘んでいたエリザのスカートを放した。


「この贈り物をした方々は、噂を聞いていない人たちと思っていいのかしら」


 リーゼは、壁際に積み上げられたプレゼントの山を見つめた。

 ラテリア王子との婚約破棄が表沙汰になったのなら、リーゼに男性が付け届けをするのも理解できる。


 だが、男を寝室に連れ込んだという噂を聞けば、近づこうとする男などいないだろう。リーゼはそう考えた。

 部屋を出ようとしていたエリザは、立ち止まって振り向いた。


「リーゼお嬢様、おそらく逆でございます。各貴族の皆様は、リーゼお嬢様に親しみを持ち、結婚できないまでもあわよくば……高貴な身分で美しいお嬢様と関係を持てるのではないかと、一縷の望みを託したくなったのでしょう」

「エリザ、詳しいわね」

「世の中の全ては、ロマンス小説の中に」


 エリザは深くお辞儀をした。

 ロマンス小説とは、男女の関係を中心に描かれたさまざまな物語だとリーゼは理解していた。

 庶民を中心に読者を集め、識字率の向上と印刷技術の発展に貢献したとも言われる。

 紙の製造技術が低く、10年で虫食いだけらで読めなくなるが、ゴルシカ王国の市民の娯楽として親しまれている。


「経典や歴史文書ではない空想の物語が、そこまで優れたものなの?」

「お嬢様、経典や歴史文書には、悪役令嬢が出てまいりませんよ」

「そうね。仮に聖母と呼ばれる女性が、本当は悪役令嬢であったとしても、そう書いてあるはずがないものね」

「さすがお嬢様、ご慧眼です」

「……マスクは、これでいいのかしら?」


 リーゼは、仮面舞踏会で使用する目元だけを隠すマスクを見せた。


「午後2時、一緒に参りましょう」

「ええ。楽しみにしているわ」


 リーゼは、心から言った。


 人間の滅亡予告日まで87日

 魔族が滅びるまで97日 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ