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私が悪役令嬢にならないと人間が滅亡するらしいので  作者: 西玉


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3 凶報来たる

 リーゼ・エテスシアは、魔法学園貴族院の学生だった。

 魔王大国ゴルシカで、最も高明で優遇されているのが魔法学園であり、魔法学園の中でも貴族と一部強力な魔力の持ち主だけが入ることを許されるのが、貴族院だった。


 公爵家に産まれ、第1王子と婚約しているリーゼにとって、魔法学園の生活は勉学や鍛錬の場ではない。堅苦しい貴族の生活に入る前の最後の息抜きであると、周囲の大人たちからも言い含められていた。

 そのため、リーゼには学業に関して誰も口うるさくは言わなかった。ただ、リーゼは公爵家の長女として、恥ずかしくない教養と能力を見につけたいと望んでいた。


 人間は、魔族には負けない。

 その思いは、特に魔法学園に通う生徒たちには強く、戦争に勝利した後の世界を考えて、授業は続けられていた。


 昼休みに、リーゼはいつもの通り、公爵家と懇意になりたい学友たちに囲まれて食事をとっていた。

 幼いころから付き合いのある、将軍を父に持つマーベラが尋ねた。


「リーゼ様は、すでに選定の対象なのでしょうね」

「なんの?」

「当然ですよ。だって、未来のお妃様なのですから」


 リーゼが答えるより前に、リーゼを挟んで反対側に座った、魔導師連を率いる母を持つヌレミアが応じた。


「まあ。いいわねぇ」

「さすがはリーゼ様、私もあやかりたいわぁ」


 リーゼが口を挟む間も無く、女学生たちの会話は進む。

 珍しいことではない。リーゼも慣れていた。

 だが、その話の内容がまるでわからないとなれば話は別だ。


「私の、何にあやかるの?」

「まあ、おとぼけになって……リーゼ様は、入っているのでしょう? 残すべき人間リストに」

「それはなに?」

「ああ……ご存じないのかもしれませんね。だって、初めから入ると決まっているお方に、あえて知らせるものでもないでしょう」


 マーベラがころころと笑う。

 いつもなら好感を持つ笑みだが、どうしたわけか、今日だけは鳥肌が立った。


「知らない。私は……知らないわ。でも、私で何か、皆様のお役に立てるのかしら?」


 リーゼの言葉に、その場にいた全員が、獲物に食らいつく猛禽のような目つきを向けた。


 ※


 学園の授業が終わり、婚約者である第1王子ラテリア・ゴルシカを見かけたリーゼは、いつも穏やかな王子らしからぬ叱責を受けた。


「万が一人間が戦争に負けた時、誰を生き永らえさせるかの優先リストは、宰相たちが慎重に検討しているのです。王族や貴族のコネが効くようなものではない。いや、効かしてはいけないのです。そのことは、リーゼもわかるでしょう?」


 学園の談話室だった。

 ラテリア王子の表情を見て、歓談していた貴族の子弟たちは席を外していた。二人になったところで、ラテリア王子はお付きの侍従に人払いを命じた。

 叱責しながら、ラテリア王子は周囲に耳目がないか確認していた。


「でも……そんなリストがあるなんて存じませんでしたし、そういうものがあると知っていれば……」

「どうしたというのです? リーゼが生存者優先リストの存在を知ったからといって、リーゼの強欲な友達たちに、リストに載せるように頼まれて、断れるのですか?」

「……いえ。ごめんなさい」


「第一、人間が全てをかけた最後の戦いに、負けると想定しての頼みごとでしょう。そんな願いを公爵令嬢にするなんて、不謹慎極まる」

「ごめんなさい」

「この者たちは、粛清しなければなりませんね」

「待って!」


 リーゼは思わず立ち上がっていた。リーゼはラテリア王子に、昼間に食事をした友達たちの名前をメモした紙を見せていた。

 昼休みに頼まれたことを、ラテリア王子に伝えたところで叱責されたのである。

 ラテリアがリーゼのメモを奪い取った。


 ゴルシカ王国の大将軍の肩書を持ち、その戦績から侯爵の位置にある武官の娘マーベラ、宮廷魔術師を母に持ち、卓越した魔力の持ち主を排出する名家であり、伯爵令嬢であるヌレミア、要領よく貴族たちの間を立ち回り、子爵位を持つ両親の令嬢ミディレアといった名前が並んでいる。


「いずれも、有力な貴族の御令嬢たちではないですか」


 リーゼが奪い返そうとするのを見越したかのように、ラテリアはメモ用紙を手の中に握った。


「粛清は冗談です。少しは元気が出ましたか? 昼頃から、ずっと暗い顔をしていると報告を受けていたので、心配したのですよ」

「あの……」


「まあ、リーゼは無条件にリストの最上位に載っています。だから、本人には知らされなかったのも事実です。でも知ってしまったのなら……リスト上位の者の精神的な安定のためであれば、多少の考慮はしてもらえるでしょう。ただし、全員がリストに載るかどうかは断言できませんよ」

「あ、ありがとうございます」


 リーゼが深々と頭を下げた。


「そんなに畏まらないでください。私たちは、婚約者同士じゃありませんか」


 ラテリア王子が微笑んだ。同時に、談話室の扉が開けられた。


「人払いを命じてあったはずですが?」


 扉を開けたのは、リーゼも知っている上級士官だった。名をカイルといったはずだ。

 カイルは頭を下げたまま、視線をリーゼに向けた。


「重要な報告なら構いませんよ。リーゼにも聞いてもらいましょう」

「ただいま、人間族の最終部隊から、魔王軍相手の報告が絶えたらしいとの意見がでました。軍議に、王子も出席されるようにとの王命でございます」


 立ち上がりかけていたリーゼの尻が、椅子に落ちた。

 思い出したのは、今朝の夢だ。

 人間の軍は、負けることを想定していない。以前から、リーゼはそう聞かされていた。


 負けることは人間の絶滅を意味する。ならば、最後の一兵になろうと、降伏してはならない。

 敗北を認めない限り、戦争では負けたことにならない。

 それが、奇妙な戦争の論理だ。だが、その論理を唱えるのは、人間だけなのだ。


 敗北を認めない人間の軍から、報告が途絶えた。それは、人間が負けたことを意味することに他ならない。

 100日後には、人間は一人も生き残れない。

 回避するには、リーゼはならなくてはならない。


『悪役令嬢』と呼ばれる存在に。


 人間の滅亡予告日まで100日

 魔族が滅びるまで110日

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