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私が悪役令嬢にならないと人間が滅亡するらしいので  作者: 西玉


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29 魔法文字の判別

 リーゼは、魔法文字の判読表と魔法陣を見比べた。


「リーゼ様、私は悔しいです。あんな平民の女に……将来の王妃の立場を奪われて……」


 マーベラは剣の柄を握りしめていた。抜いてはいない。まだ鞘に収まっている。

 リーゼは、マーベラがカレンとの会話のごく一部しか理解していないのだと思い知った。


「それよりマーベラさん、魔法文字の解読を手伝ってくれない? 文字そのものは何を意味しているのかわかっても、組み立て方次第で……いえ、この場合は魔力の流し方次第で意味が変わってしまうのでしょうね」


「残念ですがリーゼ様、私……座学は苦手です」

「私だって得意じゃないわ。いえ……得意な科目なんてない。でも、やらなくちゃいけないわ。ヌレミアさんがいればよかったのだけれど……」


 そのヌレミアを助けるためにここにいるのだ。頼れるはずがない。


「リーゼ様の成績がそれほどよくないのは、ラテリア様よりも上の成績を収めることがないようにとの配慮でしょう。ラテリア様は、実技でも座学でも、どんなに頑張っても平均以下の成績しか収めることができないのですから」


 リーゼは、手元の羊皮紙から顔をあげた。


「マーベラさん、どうしてそんなことを知っているの?」

「ラテリア様の愚鈍さは、名のある貴族の間では有名なことです。物心ついてからは噂には出なくなりましたが、ラテリア様が物心ついたのは、そもそも10歳ごろだというではありませんか」


 物心がつく年齢としては、遅いと言われても仕方がない。何より、王位継承権第1位の王子なのだ。常に注目され、能力そのものが話題にのぼる。


「ラテリア様を支えるために、周囲に優秀な人材を配置したのだもの。ラテリア様は、ある意味では役目を果たしているともいえるわ」

「ラテリア様を支えるもっとも重要な立場になるはずのお方がリーゼ様だったのです。座学が嫌いでも、苦手なはずがありません。それなのに、婚約破棄までして……たとえラテリア様が望んだとしても、王が許すはずがありません」


「そうかしら。王も、一度は私とラテリア様の縁談を破棄させようとしたみたいよ。ほんの……一週間前だったかしら」

「本当ですか?」

「ええ。女子寮に国王が自分でやってきて……」

「それで、どうしたのですか?」

「手伝ってくれないなら、お茶が欲しいわ」


 リーゼは、広い地下室の片隅の、小さなテーブルの上にお茶のセットがあるのを視界に入れていた。

 以前来た時は気づかなかった。その後で持ち込んだか、初めからあったのかもしれない。


「わかりました。お茶の支度をしますから、王とどんなことを話したのか、教えてください」


 マーベラがテーブルに近づきながら尋ねる。

 リーゼは諦めた。お茶会でも、興味がある話題になると、なかなか引き下がらないのはマーベラだった。座学が苦手だといっても、頭が悪いという印象はない。ただ、興味がないことには徹底して興味を示さないのだ。

 話してやるまで、何度でも催促するだろう。


「大したことは言っていないわ。王も、寮に来た目的を私には告げなかった。まだ朝早い時間だったから……つい、王の名を呼び捨てにして、女子寮に侵入した無礼を非難したのよ。そうしたら……逆に嬉しそうに笑って、帰ったわ。私とラテリア様の婚約を破棄させようとしたというのは、メイドのエリザから聞いたことよ」


「では……王はリーゼ様に、ラテリア様をしっかりと操縦する役目を期待したのでしょう。リーゼ様、まだ望みはあるかもしれません。リーゼ様が婚約破棄に応じたのが、リーゼ様の意図ではなく、カレンに脅かされたのだと訴えれば、ラテリア様の意思など、藻屑のように崩れ去るはずです」

「かもしれないわね。『二つの牙』『炎と水』『はびこるもの』」


 熱心に語るマーベラの相手をしながら、リーゼは徐々に魔法文字を読み解き始めた。


「リーゼ様、魔族が100日後ぐらいに全滅するっておっしゃいましたよね」

「ええ。でも、そのことは誰にも言わないで」

「はい。だから、さっきも言わなかったのです。カレンは、魔族なのでしょうか? そうでなければ、魔王領に行きたがるはずがありませんし」

「違うみたいね。少なくとも、肉体は。カレンが魔王領に行きたがるのは、ラテリア様と一緒に居たいからでしょう」


 リーゼはマーベラの間違いも正しながら推測を述べたが、マーベラはリーゼの言うことは半分ぐらいしか理解しないのだ。


「肉体は魔族ではないのなら……精神だけ魔族などということがあるのですか?」

「魂が……いえ、そう言えばそうね。魂だけが覚醒したのなら、今まで人間として生活して来たカレンの人格はどうなってしまったのかしら。まだ、カレンの中にいるのかしら。ああ……これが『金色』ね」


 リーゼは言いながら、魔法陣の判読を進めた。魔法陣のとなりにペンで印をつけ、解読した文字に読み仮名を普段の文字で書き入れる。


「リーゼ様、お茶の準備ができました。安い茶葉ですが、休憩になさってください」

「ありがとう」


 リーゼはマーベラが勧めた椅子に腰掛けた。


「どれぐらい経ったかしら」

「もう真夜中です」


 リーゼもマーベラも、時計は持っていない。

 マーベラは、鍛えられた独自の感覚でおおよその時刻を知ることができるようだ。戦いだけでなく、生き残るための技術も身につけているのだ。


 地下室に来たのは、夜ではあったがまだ早い時間帯だ。

 すでに真夜中だということは、かなり長時間に渡り、リーゼは魔法文字に集中していたことになる。


「……時間がないわ。日付が変わっているとしたら、遅くとも今日中にはドラゴンの血を手に入れないと、ヌレミアさんの治療に間に合わない」

「しかし、休憩しないで続けるのは、むしろ効率が悪いのではないでしょうか」

「マーベラさんは寝ていて。私は……ヌレミアさんのことを思えば、寝ていられないわ」

「わかりました」


 マーベラが部屋の隅に寝具を見つけていたことは、リーゼは知らなかった。

 お茶をいただき、再び魔法文字の判読に取り掛かる。


「しかし、あのカレンという女は許せません。ミディレアを中心に、カレンをいじめる計画を立てているようですが、私も参加したくなりました」

「ええ。でも、派手にはやらないでね。マーベラさんまでカレンを虐めているとなれば、責任は必ず私にくるから」

「……なるほど」

「それから、マーベラさんは寝ていて。あなたがいつ起きるかで、私も時間を測れるわ」


 正確に言うと、マーベラのおしゃべりに付き合っていたくなかった。

 魔法陣の解読に集中したかったのだ。

 だが、そうは言わず、リーゼは諭した。

 諭されたマーベラは、リーゼに申し訳ないと言いながら、さほど時間を待たず、寝息を立て始めた。


 ※


 リーゼは、魔法学園で魔法文字学の講義をとってはいなかった。

 魔法文字や魔法陣を使用するのは魔力に乏しい者だという、貴族ならではの偏見があった。

 そのため、ドラゴンの秘術により自然発生的に魔法陣と魔法文字が床に現れたという、カレンの言葉は衝撃だった。


 カレンと取引した魔法文字の判別表がなければお手上げだった。

 初めは、判別表の見方すら理解できなかった。

 だが、夜を徹して床に広がる魔法陣と見比べているうちに、だんだん理解できるようになってきた。


 魔法陣に魔力を注ぐ順番により、卵に戻ったドラゴンの孵化後の姿が決まるという。

 中途半端な解読で、魔力を注いではいけない。

 リーゼの失敗は、すなわちヌレミアの死である。


 姿は変わっても、ドラゴンはドラゴンだと断言できるなら、ドラゴン探知の杖が反応しなくなった理由が説明つかない。

 リーゼは、暑くもなく、動いてもいないのに、全身に汗をかいていた。


 部屋の隅で、マーベラが伸びをした。

 寝て起きたようだ。

 兵士としての訓練を始めたマーベラは決まった時間に起きる習慣があり、その時間は早朝である。


 魔法陣の解析は、進んでいなかった。

 一度は理解できたはずの文字が、解釈違いなのではないかと何度も見直した。

 結果として、一晩かけてリーゼは、ただ混乱しただけだった。


「リーゼ様、カレンの奴、ここに住んでいるのでしょうか。お菓子がありますよ」

「マーベラさん、ありがとう。学園が始まる時間になったら、講義に出ていいわ。私は……終わるまで出るわけにはいかないから」


 マーベラののんびりとした物言いに少しだけ苛つきながら、リーゼは言った。


「いいえ。リーゼ様を一人にはできません。いつ敵がくるかしれません。私がお守りします」


 マーベラはお菓子の破片を口から拭いながら、腰に剣を装着した。


「ありがとう。でも……こんな場所に、敵なんて出るかしら」


 言いながら、リーゼは思い出した。

 リーゼは、危険が近づけば教えてくれる魔道具を持っていた。

 初めて反応した時、リーゼはラテリア王子の浮気を知った。


 文字通りの意味での危険を教えてくれるものではないかもしれない。

 だが、その方がいい。

 リーゼが間違った選択をしようとした時に警告してくれるのであれば、単純に敵を知らせるよりはるかに役に立つ。


「マーベラさん、よくやったわ」

「お任せください、リーゼ様。ところで、私は何を『やった』のでしょうか?」



 首を傾げるマーベラを他所に、リーゼは懐から色鮮やかな小瓶を出した。

「最後には、頼らせて貰うわ。お願い、助けて。ヌレミアさん」


 切り札を手に入れた。そう思ったリーゼは、助けを求める言葉を発しながら、再び魔法文字の解読にとりかかった。


 ※


 地下室の温度は変わらず、室内は薄暗いままだった。

 時間の経過は、主にマーベラの腹時計に頼った。


「リーゼ様、お腹が空きました」

「死にそう?」

「はい」

「そう。では、もう昼過ぎなのね」


 リーゼは大きく息を吐いた。

 床に広がった魔法文字の解析が終わった。

 ドラゴンを孵化させるために、どの順番で魔力を注ぐべきか、リーゼは理解したと感じた。


 リーゼは、自分の手の中に収まったままの小瓶を見つめた。

 ずっと反応はない。

 自分は間違っていない。


 リーゼは、自分の指先に魔力が収束するイメージを描いた。

 魔力が指先に満ちる。

 指先を下に向けた。


 魔法陣に描かれた無数の魔法文字から、一つを指で押さえた。


 人間の滅亡予告日まで91日

 魔族が滅びるまで101日 

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