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私が悪役令嬢にならないと人間が滅亡するらしいので  作者: 西玉


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28 婚約破棄

 カレンは一枚の羊皮紙を見せた。


「これは、魔法陣に使用された魔法文字の判読表よ。この魔法陣は特殊で、魔力を注ぐ順番により、卵に戻ったドラゴンの成長に影響を与えることができるわ。魔法陣の文字を解読できれば、卵から再びドラゴンが産まれるように魔力を注ぐ順番もわかるでしょう」

「間違えたらどうなるの?」


「ドラゴンとは違うなにかが産まれることになるわね。当のキッシモは、人間か可愛らしい哺乳類に生まれ変わることを希望していたわ。だって、ドラゴンのまま私と一緒にいるのは無理だもの」

「生まれ直し? そんなことが、簡単にできるはずがないわ」

「できないでしょうね。あなたたちには」


 目の前にいるのは、光の聖女カレンだ。

 だが、別の何者かが目覚めている。魔族将軍レジィが言っていた。

 人間族の中に、魔王の娘が転生した魂が入り込んでいる者がいる。


「リーゼ様、まやかしではないでしょうか?」

「そう思う?」


 リーゼの背後から、マーベラが口を挟む。リーゼはマーベラが間違っていることを知りながら、小さく頷きながら問い返した。

 マーベラに語っていないことが、あまりにも多い。マーベラが知っていることだけで判断すれば、全てがカレンのはったりだと考えるのが、もっとも自然なのだ。


「大した魔術ね。カレンにそこまでの能力があるということ?」

「いいえ。これはドラゴン族の秘術だと言ったはずだけど。この魔法陣も、私が書いたものではないわ。キッシモがドラゴン族の秘術で卵帰りをした時、同時に床に現れたのよ。事前に聞いていなければ、私もこの文字を判読することはできないところだったわ」


「でも、キッシモはあなたを信じて、判読表を与えて卵に戻ったのよね。あなたを信頼してくれたドラゴンを裏切るの? あの子は、人型になりたがっていたのでしょう?」

「ええ。でも、キッシモも理解してくれるわ」


 カレンは、魔法文字の判読表をリーゼに見せた。リーゼが受け取ろうと手を伸ばした時、カレンは引き戻した。


「簡単に渡すわけがないでしょう。キッシモは人型になってもドラゴンであることは変わらないわ。ただ形と性質が変わる。ドラゴン族としての高い能力を維持したまま人型となれば、私にとって最高の護衛になるでしょうね。人型になるのを防ぐ理由は私にはないわ」


「ヌレミアの治療には、ドラゴンの血が必要なの」

「なら、人型となったキッシモの血で試してみたら? 効果があるかどうかは、わからないけどね」

「リーゼ様、姿が違えどドラゴン族であれば、ヌレミアさんは助かるかもしれません」


 マーベラが囁く。リーゼは首を振った。


「もし効果がなかったら、ドラゴンの秘術を使って再びドラゴンの姿になれるの?」


 変化したドラゴンの血で、ヌレミアの解毒が出来なければ、別のドラゴンの血か、キッシモを本来のドラゴンに戻すしかない。


「さあ。そう簡単にはいかないと思うけど、少なくとも次の満月の晩までは待たなければならないわね」

「マーベラさん……」

「リーゼ様、今日は満月です」


 リーゼは、月の満ち欠けにまで配慮してこなかった。月の満ち欠けで影響を受ける魔法を使ったことはなかったのだ。

 今日が満月なら、次の満月はおよそ一月後になる。


「ならば間に合わないわ。ヌレミアさんには、時間がないのよ」

「では、ドラゴンの秘術を使用して卵帰りしたドラゴンに、再び同じ姿で孵化させるという暴挙に及ぶしかありませんね」


 カレンは笑みを見せた。秘術を使用したドラゴンを、最も望まない結果に誘導するのだ。それは、暴挙なのだろう。


「ただでは渡せないと言ったわね。カレン、あなたは何を求めるの? 私は何をすればいいの?」

「簡単なことですよ」


 カレンは、懐から別の羊皮紙を取り出した。


「昼間も言いましたよね? ラテリアが魔族領に人質として行くとき、リーゼ様は同行しないこと。それを、文書を持って宣言していただきます」

「ええ。仕方ないわね」


 カレンが差し出した羊皮紙を、リーゼが受け取った。

 リーゼは、渡された羊皮紙に視線を落とし、書かれた内容に眉を寄せた。

 再びカレンに向けた視線が、厳しくなるのを自覚した。


「どうしました? リーゼ様にも読めるでしょう? ごく普通の人間の文字で書いてありますから」

「貴様! リーゼ様に対して……」


 カレンの物言いに、マーベラがいきり立った。マーベラの気持ちは嬉しかったが、リーゼは止めた。


「私に、ラテリア様との婚約を破棄させるつもり?」

「貴様」


 再び口を開くマーベラを制する。カレンが笑みを深めた。


「あらっ。だって、当然でしょう? ラテリアは人間の代表として、人間を殺させないために、魔族に人質として囚われるのです。リーゼ様と婚約していても意味はないでしょう。一緒に、苦労を分かち合える人が必要です。癒しの力を持つ、光の聖女が必要です」


「初めから、狙いはラテリア様か!」

「当然でしょう。人間最後の王国の王子様ですもの」

「嘘ね」


 マーベラは挑発に乗せられた。カレンは動じない。おそらく、最初にリーゼが会った頃のカレンではない。


「嘘とは? どういう意味です? リーゼ様」


 リーゼに対しても、挑発するようにカレンは舌を動かした。

 再びマーベラが口を開こうとするのを察し、リーゼは振り向かずに片手をあげて制した。


「カレン。いえ、元の名前は知らないわ。カレンの中に入り込んだ魔族のプリンセスなのでしょうね。あなたは、なぜ目覚めたのかがわからないのでしょう?」

「……どういう意味? リーゼ様は、何を知っているの?」


 カレンの顔が、はじめて歪んだ。リーゼは、自らが正鵠を射ていたと確信した。


「魔族の秘術で転生したプリンセスは、魔族の危機に目覚めるはずだった。でも、現実に滅びようとしているのは人間で、魔族の危機はどこにもない。どうして、自分が目覚めたのかわからない。この状況下で、魔族に危機が迫っているとすれば……」

「勇者の誕生、もしくは覚醒?」


 マーベラが呟いた。リーゼは、思ってもいなかった。マーベラを振り返ると、目をキラキラと輝かせていた。マーベラの思考では、勇者がどこかで覚醒することこそ、人間の希望なのだ。

 かつて夢の中で、リーゼは魔族が滅びる原因を聴いている。

 だが、まだ話すことはできない。リーゼ自身も、それを語った存在について、味方だとは断言できなかった。


「そこまでわかっているなら、隠す必要もないでしょうね。私がこのタイミングで目覚めた以上、ラテリア王子は勇者として覚醒する。父である魔王を倒せる唯一の存在を、覚醒させないように監禁する。そのためにリーゼ様……あなたが邪魔なのよ。なんの力もない、深窓の令嬢だったはずのあなたが、私の予想できない行動をとり、ラテリアが力つけていく。せっかく勇者候補である王子を監禁できるチャンスなのに、あなたのように予測できない動きをする存在がそばにいられるのは、面倒なのよ」


 リーゼは、再びカレンに渡された羊皮紙を見つめた。

 カレンは、本当のことを言っている。リーゼはそう感じた。

 羊皮紙に目を走らせる。


 リーゼとラテリア王子の婚約を破棄するというものだ。

 すでに、ラテリア王子が署名してあるのがわかった。

 リーゼの目が、涙で曇った。


「これに署名すれば、魔法文字の判読表を渡すのね?」

「ええ。先に、そのことを契約する?」

「私が署名したら、この紙はどうするの?」

「ラテリアに渡すわ。当然でしょう?」


 リーゼとラテリア王子の婚約が破棄されれば、リーゼが魔王領に同行する理由は一切なくなる。


「……いいわ、署名する。ここに、魔法文字の判別表を置いて」

「リーゼ様、よろしいのですか? 将来リーゼ様が王妃になるのは、私たちの夢ではないですか」


 背後から声を震わせるマーベラに、リーゼは首を振った。


「私とマーベラさんだけじゃない。ヌレミアさんも含めて、夢だったわね。でも、ヌレミアさんの命には変えられない。ヌレミアさんが死んでも、3人の夢は叶わない。なら……ヌレミアさんが生きていたほうがいいでしょう?」

「そうは、そうですが……」

「さすがはリーゼ様、公爵令嬢の鏡ですね」


 言いながら、カレンはリーゼの目の前に魔法文字の判読表を置いた。

 リーゼは膝を折り、婚約破棄の文書を起き、横に普段から持ち歩いている羽ペンとインクを置いた。

 カレンは、床に置いた魔法文字の判別表に手を添えたままだ。


「そんなことをしなくとも、約束を違えたりはしないわ。マーベラさんも、わかっているわね?」

「はい」


 背後でマーベラが剣の柄に手をかけているのを感じ、リーゼは釘を刺した。

 リーゼの手が、自分の名を署名する。

 その上には、ラテリア王子の名前があった。


「手を離しなさい」

「結構。聞き分けがよくて助かったわ」


 カレンが、リーゼの署名を持って立ち上がる。

 リーゼは、魔法文字の判読表を手に入れた。


「ごゆっくり。終わった頃には、ラテリアはリーゼ様とは他人になっていますから」

「わかっているわ」


 地下室からカレンが出て行く。


 リーゼは、魔法文字の判読表と床に広がった魔法陣を見比べた。


 人間の滅亡予告日まで92日

 魔族が滅びるまで102日 

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