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私が悪役令嬢にならないと人間が滅亡するらしいので  作者: 西玉


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25 あらぬ噂

 昨日は、ドラゴンの居場所を突き止められないまま寝入ってしまった。

 ドラゴン探知の杖が効かないのはどんな時か知りたかった。だが、ヌレミアの知識を頼りにはできない。

 リーゼはベッドから起きると、いつもより口数が少ないエリザに出発を告げた。


 学園に向かう道は、一人で歩くことに慣れてしまった。

 ほんの数日前まで、待ち合わせたようにラテリア王子と並び、友人たちに囲まれて学園に向かったのだ。


 リーゼは、遠くにまるで数日前のリーゼのように、ラテリア王子と並び、男子学生に囲まれて談笑しながら歩いているカレンを見つけた。

 リーゼは、カレンに学園内の立場を奪われたとは考えなかった。その余裕がなかったのだ。


 カレンを見つけるや、すぐに周囲に視線を向けた。

 カレンの近くにいるはずのドラゴンを探したのだ。

 同時にバックの中のドラゴン探知の杖に手を伸ばした。

 だが、ドラゴンはいない。


「お早うございます、リーゼ様。あいつのことは、お任せください」


 突然かけられた声に驚いてリーゼが振り向くと、マーベラとヌレミアの次にリーゼが親しくしているミディレアが、小さく膝を曲げた。


「……あの子が私のところに来るようにできる?」


 リーゼは、カレンが連れているはずのドラゴンの所在を知りたかった。


「自ら引導を渡すのですね。承知しました」


 ミディレアが何を考えていたかまでは、リーゼは察しなかった。

 ただ、自分の目的のためにミディレアが動くのだという確信だけで、リーゼは頷いていた。


 ※


 リーゼはまだ婚約を解消していないし、解消するつもりもない。

 リーゼ自身に、落ち度があるとも思っていない。

 だが、ラテリア王子が意図してリーゼに近づかないようにしているように感じていた。

 リーゼの周りに、いつもなら呼ばなくても寄って来る貴族の令嬢たちすら、やや距離を取っていた。


 魔法学園の最初の講義に出たリーゼは、遠巻きにされ、まるで自分が腫れものであるかのような疎外感を味わっていた。

 講義は魔法学の実用編で、実際に役立つものとして人気があり、参加している生徒も多かった。

 そんな中、リーゼの隣に、密着するように腰掛けた男がいた。

 リーゼは無視することもできたが、公爵令嬢として育った気概が、無礼を看過できなかった。


「服が汚れるわ。もう少し離れなさい」

「汚れたっていいだろう。あんただって、もう汚れているって評判だぜ」

「なんのこと?」


 リーゼはつい、声を荒げた。

 不躾に隣に座った男を睨み、自分の口を塞いだ。

 見知っていた。王族の一人である。


 現国王の愛人の子として知られ、その出自ために第1王子はラテリアに譲ったが、リーゼとは同学年になる。クレール・ゴルシカ第2王子だ。

 真面目で堅物の印象があるラテリア王子とは違い、あえて居住まいを崩して、遊び慣れた雰囲気を演出している男だ。


 実際のクレールがどんな男かまで、リーゼが知る機会はなかった。年の近い男性は、リーゼにとってはラテリア王子しかいなかった。

 ラテリア王子の取り巻きについては、男性としての勘定にすら入れていない。

 そのリーゼに、立場としても無視できない王族が、気安く話しかけてきたのだ。


「あんたを責めるつもりはないぜ。だって、ラテリアがあの有様だ。やけになるものわかる」

「……ラテリア様が、どうしたというの?」


 リーゼが睨んだ。学園の講義は続いているが、耳を傾けている余裕はなかった。


「どうって……聞いていないのかい?」

「ラテリア様が婚約者の私に、『浮気しています』って言うわけがないじゃないの」


 リーゼは断定して言った。リーゼが『汚れた』とは身に覚えのないことだったが、同列に出されるとすれば、ラテリア王子の浮気が公になったのではないかと推測したのだ。

 クレールは頭を掻いた。金色の髪が印象的なラテリア王子とは違い、クレールの髪は銀色に輝いている。

 無造作に伸ばしているのも、遊び人であることを印象付けようとしているのだと、リーゼは考えていた。


「ああ……俺の言い方が悪かったな。ラテリアは、魔族に引き渡されることが決まった」


 リーゼは、自分の眉がさぞかしきつく寄っているだろとうと推測した。

 それは、リーゼに取って全く寝耳に水の話だった。


「そのことは、口外していいことなのですか?」

「いや。もちろん極秘さ。ラテリアの奴は、人間が魔族に対して行った戦争に対して、謝罪のために行くことになっている。そのまま人質として、魔王軍の捕虜になる。まだ戦争中だと思っている民衆に、知られるわけにはいかない。だが……あんたなら、知っていると思っていたよ」


 クレールは、周囲に聞こえないよう、声を落としていた。冷遇されていても王族であることに違いはなく、最低限の配慮はできる男なのだ。

 ラテリアが王位継承権第1位だが、第2位はクレールなのだ。


「いいえ。知らなかったわ。カレンは知っているの? ラテリア様の取り巻きたちは?」

「知らないだろうな。いや……光の聖女はわからない。ラテリアから聞かされているかもしれない。だが、太鼓持ちみたいな周りの連中にまで言いふらすほど、軽率じゃないだろう。昨日、決定したばかりだしな」


 リーゼは頷いた。昨日決まったことなら、リーゼが知らされる暇がなかっただけなのかもしれない。

 知らなかったこととは別に、リーゼはクレールの言葉に引っかかった。


「謝罪のためと言ったわね。魔族への謝罪って何かしら? 戦争を起こしたことなら、ラテリア様が行ったところで、どうにもならないでしょう?」

「レジィの件だ。これ以上は言えないね」

「いえ。そのことなら知っているわ」


 ただの令嬢なら、魔族との戦争に敗れたことは知っていても、魔族の将軍レジィが王宮に乗り込み、死より苦しい封印をされようとしたところを逃げ出したとは、知るはずがない。

 リーゼが理解したために、クレールも頬を釣り上げた。


「レジィの個人的な恨みであっても、正式な使者を封印しようとしたんだ。向こうで言いふらされるのは間違いない。時期王ぐらいを差し出さないと、釣り合いがとれないってことらしいぜ」

「ラテリア様は、無理やり行かされるの?」


「いや。レジィが逃げ出した後、報復を心配した親父や宰相が頭を悩ませていた。その時、ラテリアが名乗りを上げたってことだ」

「……そう」


 ラテリア王子の思惑はわからない。だが、全てリーゼがドラゴンにレジィの居場所を教えたことが原因となっている。


「ラテリアは……生きて戻らないかもな」

「そうかもしれないわね」


 リーゼは、ラテリア王子は戻れないという確信があった。残り90日と少しで、本来なら人間は一人も残さずに全滅するのだ。

 ラテリア王子が魔族に自ら捕虜として赴いて、生きて帰るとは思えない。


「時期王は……俺かもな」

「そうでしょうね」


 時期の王が必要ならば、という前提でもある。


「あんたも、汚れなき乙女ってわけじゃないんだ。学園の講義なんて、必要ないだろう。抜け出さないか? ラテリアに見切りをつけるなら、乗り換えちゃえよ」


 リーゼはクレールと話しながらも、講義で説明している魔法の実用化のメモを取っていた。

 クレールはリーゼの隣で、前の席が空いているのをいいことに、足を投げ出していた。


「さっきも何か失礼なことを言いましたわね。ラテリア様のことがあったから、聞き流しましたけど……どういうつもりですの?」


 リーゼが声を荒げると、クレールは意外そうに目を見張った。


「寮の自分の部屋に、男を連れ込んだんだよな?」

「はっ? なんのことですの?」

「メイドを追い出して、窓から男を招き入れたんだろう。そういう時は、メイドは抱き込むものだ。特に、身元がしっかりしている専属のメイドならそうするべきだな。朝、血がついたシーツの洗濯を任せれば……夜に何が起きたか、大声で宣伝するようなものだぜ」


 リーゼは理解した。2日前、魔族将軍レジィがリーゼの部屋を訪れ、リーゼは怪我の治療をした。

 シーツには、レジィの血がついたのだろう。


「噂の出どころは……エリザってことね」

「エリザが誰か、俺は知らないぜ。専属メイドかい?」

「ええ……そう。私が迂闊だったわ」

「済んだことだ。まあ、ラテリアが魔族領に行くまで待てっていうのなら、それでもいいぜ」


 リーゼは、クレールの彫刻刀で掘り出したような整った顔に、ペンを投げつけた。


「お生憎様。私は、汚れてなんかいません。ラテリア様が魔族領に行くというのなら、将来の妻として私も行きます」

「汚れていない? それが本当だとしても、噂が広がるのは早いぜ。ラテリアが許すと思うのかい?」

「私は、誰の指図も受けませんわ。それが例え、私の婚約者だとしてもですわね。私は……悪役令嬢ですもの」


 リーゼは言うと、ぽかんと口を開けたクレールを残して、荷物をまとめて席を立った。


 人間の滅亡予告日まで92日

 魔族が滅びるまで102日 

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