22 魔族が去った翌日の学園で
魔族将軍レジィが去った翌日、リーゼは休日明けの魔法学園に行き、講義を受けていた。
ラテリア王子にもカレンにも会わなかった。意図して会おうとしなくとも、ラテリア王子とは会う可能性が高いだろうと思っていたが、この日は姿を見なかった。
午前中の講義を受けている間に、リーゼの最も親しい友人であるマーベラとヌレミアが休んでいることを知った。
魔法学園の長い昼休みに入り、リーゼの周りには、ミディレアと数人の貴族の子女たちが集まっていた。
ただ普通に食事をしている。
この平和な食事会が、果たしていつまで続けられるだろうと思いながらも、リーゼは友人達の話し声に耳を傾けていた。
「そういえば、昨日はお城が大変だったみたいですね」
ミディレアが、リーゼに問いかける。ミディレアは、あまり身分の高い貴族ではない。今日集まっていた少女達も、同じようなものだ。
「そうなのですか? 私は、直接は存じませんわね。何か聞いていらっしゃるの?」
情報伝達の手段が限られているため、ゴシップの流通は口伝えがほとんどだ。
だが、それがある時は、非常に効率的であることもある。
「王城にドラゴンが出現したとか……ラテリア王子は無事でしょうか? 今日は休んでいらっしゃるし……」
「そう。ラテリア様は休んでいらっしゃるの。でも心配はいらないわ。昨日、ラテリア様はほとんどお城にはいなかったはずよ」
「そうなのですか? 昨日、魔法学園はお休みでしたから……ひょっとして、リーゼ様と?」
ミディレアの推測に、貴族の令嬢達が黄色い声を発した。リーゼが指先で強くテーブルを叩くと、皆慌てて口を塞いだ。
「ラテリア様がお城の外で会っていた人がいるのは事実だけど……残念ながら、それは私ではないわ」
「リーゼ様、それでは……」
黄色い声をあげたのを、恥じ入るように少女が尋ねた。銀色のつややかな髪を長く伸ばした少女は、金属器を綺麗に磨く魔法が得意だと語ったことがある。名は、フォリアといったはずだ。
「そういえば、ドラゴンに不用意に近づいて、怪我をした子がいたわね」
あえて、リーゼは言った。実際には不用意に近づいたのではなく、リーゼがドラゴン避けを渡したのを忘れて、ドラゴンに近づくよう指示したのだ。だが、ドラゴン避けのことは、渡したリーゼ以外には知らないのだ。
「ああ……今朝、体調を崩して医務室に行った友達から聞きましたが、ベッドには誰もいなかったそうです。昨日のうちに退院したのではないでしょうか」
以前、絵を綺麗に額に飾る魔法が得意だと語ったことのある令嬢が言いかけ、口を手で覆った。名をイリアスといい、鮮やかな赤い髪が特徴的だ。
「ええ。昨日は元気そうだったものね」
「リーゼ様、まさか……お見舞いにいらっしゃったのですか?」
ミディレアが尋ねた。リーゼは、ティーカップを持ち上げながら頷く。
「なんとお優しい。リーゼ様は、たまたま近くにいただけで、あの子が勝手に近づいたというのに」
黒髪の令嬢サノールが、リーゼの優しさに感極まったように目元を拭った。実際に泣いているのかはわからない。以前、猫を寝かせる魔法が得意だと語ったことがある。
「ええ。まあね」
リーゼは曖昧に頷いた。どう返事をするべきか迷っていた。ミディレアが大いに感動しながら言った。
「さすがはリーゼ様、あのような庶民の小娘にすらお優しいのですね。あのような小娘、魔法学園に通うことすらおこがましいというのに」
「ミディレア、そんな言い方はいけないわ。何しろ、光の聖女様なのよ。たとえ……ラテリア様と……」
リーゼは、言いかけた言葉を飲み込んだ。だが、口走ってしまったことは取り消せなかった。
「まさか、ラテリア王子が昨日王城にいらっしゃらなかったというのは……」
「まあ、ね……」
フォリアの言葉に、リーゼは曖昧に返す。否定すれば嘘になる。だが、公爵令嬢であるリーゼが、婚約者である第1王子の不貞を口にすることは憚られた。
それは、リーゼに魅力がないと認めているのも同然だからである。
「魔法学園にいたのですね? しかも、医務室に……」
「ええ」
激昂するイリアスの声に答えなくても済むように、リーゼは短く声だけを発すると、カップで口を塞いだ。
「リーゼ様……見てしまったということですか?」
ついに、リーゼは答えることすら控えた。
「許せませんわ。こんなお優しいリーゼ様から、婚約者を奪うだなんて……」
「皆さま、落ち着いて」
リーゼは言いながら、自分の目元を拭った。ゴミが入ったような気がしたのだ。
だが、友人達はそうは理解しなかった。
「リーゼ様、お任せください。光の聖女の化けの皮を、すぐにでもはいでご覧に入れます」
ミディレアの言葉に、リーゼは友人達を見回した。
全員が憤っている。リーゼの味方だ。
リーゼは、誤解した。
魔族将軍レジィの言ったことを思い出していた。
魔族の姫が、魂だけを転生している。リーゼは、魂が入り込んだのが、カレンに違いないと考えていた。そうでなければ、学園の地下で見た姿は理解できない。
そのことは、リーゼだけが知っていると思っていた。
だが、友人たちはカレンの化けの皮を剥ぐと言ったのだ。
「ミディレアさん……知っていたの?」
「はい。あの女狐、ギャフンと言わせて見せますわ」
ミディレアは拳を握った。
「では、あの子のことは任せます。私は……午後の講義はお休みして、マーベラさんとヌレミアさんを見舞うことにします。二人とも、今日はお休みしているようだし、怪我をしているかもしれませんもの」
「はい。リーゼ様、お二人によろしくお伝えください」
「ええ。わかったわ」
貴族令嬢達による苛烈ないじめが始まろうとしているとは考えず、リーゼは席を立った。
人間の滅亡予告日まで93日
魔族が滅びるまで103日




