18 公爵令嬢、光の聖女を見舞う
現在のリーゼが置かれた状況は、夢の中の女神の目論見通りなのかどうかを聞きたかった。
夢の中に出てくる女神が、ほんとうに存在しているという保証もない。
教会で祈り、リーゼは明け方に夢を見た。
白い世界で、白い女が笑いかけてきた。
ただ、それだけの夢だった。
話をすることもできず、本当にただの夢ではないか。あるいは、リーゼの願望が夢を見せたのではないかと思われた。
朝、目覚めるとリーゼは、魔法学園が休日だったことを思い出した。
魔法学園も、休日がないわけではない。
暦に従って定期的な休日はあるし、学生は講義を離れて活動する好機でもある。
リーゼは、普段なら最初の講義がある時間に、いつもよりやや簡素な服を着て寮を出た。
たまたま、宮廷魔法使いを母に持つヌレミアと出会った。
魔法使いらしいローブを纏い、儀式用と思われる長い杖を持っていた。
魔法を日常的に使用するのは、日常生活に活用できる複数の魔法を使用することができる、ごく一部の人間に限られる。日常で使うには長い杖は邪魔になるため、二の腕ぐらいの長さの比較的短い杖を使う。
ヌレミアはまだ修行中の身ではあったが、魔法学園でも数少ない日常生活で杖を使用する人間だった。
そのため、長い杖を持っていることで逆に目立った。
長い杖を使うのは、ほとんど魔法が使用できないリーゼの友人である下級貴族出身の令嬢たちが、なけなしの魔力で特定の魔法を使用するときであることが多い。
ヌレミアのような万能に近い魔術師が長い杖を持つ場合は、杖の力に頼らざるを得ない、非常に強大な魔法を行使する場合に限られる。
その魔法は、複数人で行うことも多い。
リーゼを見たヌレミアが、驚いたように声を発した。
「リーゼ様、今日はお休みではありませんか。こんなに早く、いかがされました? ああ、それと、昨日はお呼び出しいただいたにもかかわらず、間に合わずに大変申し訳ありませんでした。ミディレアが私を見つけたときには、すでにドラゴンはどこかに行ってしまっていたようでして」
「……そう。マーベラさんがどうしているか、聞いている?」
マーベラは、昨日のうちに寮の自室にリーゼが連れ帰った。かなり錯乱していたため、心配していたのだ。ヌレミアの部屋はマーベラの部屋と近い。仲もいいため、昨晩会っていても不思議はないのだ。
リーゼがマーベラの名前を出した途端、ヌレミアの表情が引き締まった。
「詳しくは存じません。ただ……リーゼ様とマーベラさんが関わったことで、私が母から呼び出しを受けました」
「……そう。ヌレミアさんに迷惑をかけてしまったかしら?」
「いいえ。リーゼ様とマーベラさんはただ、関わったというだけです。最終的に決めたのはゴルシカの権力者たちですし、私が迷惑しているわけでもありません。母から、そろそろ儀式魔法を手伝うようにと申しつかっただけですので。私としては、このように早く実地で魔法の儀式に携われることに感謝しております」
ヌレミアは、長い杖を抱くように胸の前に手を当てた。
「それならよかったけど……儀式魔法でなにをするのか、私には言えないわね?」
「魔族を封印するとか」
極秘の仕事かと思ったが、口止めされているわけでもないらしい。ヌレミアは抵抗するでもなく口にした。
リーゼは、封印される魔族が誰であるのか、容易に想像がついた。
「簡単にできることじゃないのでしょうね」
「はい。生きたまま水晶の中に閉じ込める魔法です。儀式にも長い時間がかかります。リーゼ様も、儀式魔法の見学のために出かけられるわけではないのですよね?」
「ええ。でも、気をつけて。ヌレミアが封印を手伝う相手は、魔族の将軍、赤鬼族のレジィよ。危険がないようにね」
「……さすがはリーゼ様です。関わったとは聞いておりましたが、そこまでご存知なのですね。大丈夫です。儀式には、兵士たちも参加します。魔術師を守る盾がわりですが」
兵士の中には魔法を使用できる者も多いが、リーゼの友達のように、金属器を綺麗に磨く魔法のような、魔法使いとしては使い所が難しい魔法しか使えない場合がほとんどだ。
リーゼは最も大切な親友の1人が、辛い目に会うのを止めることができなかった。ヌレミアまで、同じような目にあって欲しくないと思っていた。
「それでも、気をつけて」
「ありがとうございます。ところで、リーゼ様は結局どちらに行かれるのですか?」
「私が関わって、怪我をしてしまった人がいるの。ちょっとしたお見舞いね」
リーゼが言うと、ヌレミアは心配そうに首を傾げた。
「どんな状況であれ、怪我をするというのは本人の不注意です。公爵令嬢であるリーゼ様がお気にされることはございませんでしょう」
「その言葉、今度あったらラテリア様に言って」
「はい……どんなことか、大凡の検討はつきました。私は母の仕事があってご同行できませんが、よろしければ、これをお持ちください」
ヌレミアは、透明なガラスに入った小瓶を荷物入れから取り出し、リーゼに見せた。
「お薬かしら?」
「いえ。飲むものではありません。むしろ、封を切ると効力がなくなります。危険が迫ったら教えてくれるはずです」
「いいの? ヌレミアを守るために、大魔術師さんがくれたものでしょう?」
リーゼは手の中で、きらきらと輝く小瓶を転がした。その内容から、宮廷魔術師であるヌレミアの母が、ヌレミアに持たせたものだと判断した。
「いえ。それは、機会があればリーゼ様に渡すよう、母に言われたものです。リーゼ様は、最近自ら好んで危機に飛び込んでいくようだからと」
「……そんなつもりはないけどね。ただ、こうして心配してくれる人がいるのは、ありがたいわね」
リーゼは、ガラスの小瓶をしまいながら、教会がある方向に視線を向けた。
※
ヌレミアと別れ、リーゼは光の聖女カレンの元に向かった。
魔法学園は休日ではあったが、魔法だけでなく剣術や戦闘技術を教えることもあり、医務室は入院患者の受け入れも行なっている。
カレンが寮に戻っていないことは昨日のうちに確認済みだったので、医務室に泊まっているのだとリーゼは考えていた。
歩きながら、ヌレミアとの会話を思い出す。
魔族将軍レジィは、戦争に勝利した魔王軍の使者として、敵側の王都に来たのだ。
無事に帰れないことは覚悟していたとしても、大人しく従うとは思えない。
そのレジィを、儀式を伴う大規模魔術によって水晶に封印するという。
つまり、ゴルシカ王国の首脳部であり、人間にとって最後の砦は、魔王軍に徹底抗戦することを選んだのだ。
リーゼは、果たすべき役割を務めたのだろうか。
リーゼが淑女のままだったら、人間は滅び、一人も生き残らないという。リーゼが悪役令嬢になることで、人間の全滅は免れると女神は告げた。
だが、リーゼが悪役令嬢を演じてきたことで、魔族将軍レジィが封印されることになったのだろうか。
リーゼには、そうは思えなかった。レジィはマーベラの仇であり、憎い敵だ。
だが、快活に笑う赤鬼族の女を、リーゼは嫌いにはなれなかった。
自分の役目は、まだ終わっていないのでないか。
そう思いながら、リーゼは医務室を訪れた。
「これはエクステシア公爵令嬢、学園は休講の日ですのに、体調が優れないのですか?」
医務室でリーゼを迎えたのは、更年期を迎えた厳しい顔付きの女だった。
リーゼは面識がなかったが、公爵令嬢であるリーゼを知らない教員はいない。
「いえ。昨日運ばれてきたカレンのお見舞いにきたのですが」
「カレンというと……光の聖女と呼ばれるあの子ですか。行き違いですね。今朝早くラテリア王子が迎えに来て、帰りましたよ」
「……そう。ありがとう」
ラテリア王子がリーゼの婚約者であることも、広く知れ渡っている。
医務室の女性は、自ら発言した後、口をつぐんだ。
リーゼは、穏やかな表情を崩さないまま医務室を退出し、誰もいない廊下で、拳を握りしめた。
人間の滅亡予告日まで94日
魔族が滅びるまで104日




