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私が悪役令嬢にならないと人間が滅亡するらしいので  作者: 西玉


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14 魔族将軍レジィ

 現在、運動場は誰も使用していない時間帯だった。

 リーゼがドラゴン探知の杖に導かれるままに駆けつけると、既に運動場の中央に巨大なドラゴンが降り立っていた。

 ドラゴンの背には鞍があり、真っ赤な肌をした人型の存在が乗っているのが見えた。


 運動場は誰も使用していない。だが、リーゼの前にいたのは、剣術の講義中だったはずのラテリア王子と光の聖女カレンたちだった。

 剣術の講義を行う道場は、運動場のすぐそばだ。

 巨大なドラゴンであれば、接近の時に物音も立てたのだろう。


 リーゼがたどり着く前に、ラテリア王子がドラゴンに向かって手を広げていた。

 周囲の生徒たちに手を出させないよう、いさめているように見える。

 リーゼはラテリア王子とカレンの背を見ながら、歩調を緩めた。すぐに危険な状況には見えなかったからである。


「ここは、ゴルシカ王国の城ではないのか?」


 ドラゴンの背に乗っていた人型の何かが、声を張り上げながら鞍から飛び降りた。

 人型の呼び声に反応する、ラテリア王子の声が聞こえてきた。


「ここは、魔法学園です。古代魔法文明の遺跡を利用した場所ですから、魔法についてはゴルシカの王城より価値があるでしょう。しかし、王城ではありません」

「そうか。それで、貴様は何者だ?」

「ゴルシカ王国第一王子、ラテリア・ゴルシカです」

「そうか。では、まんざら無駄足でもなかったということか」


 真っ赤な人型は言うと、腰の剣を引き抜いた。これも真っ赤に塗られた剣を、ラテリア王子に突きつける。


「待って! あなた一人で、ゴルシカ城に攻め込もうと言うの? 無謀なことだとわかっているでしょう! ラテリア王子を人質にしても同じことよ。ラテリア王子はお優しい方だわ。敗残兵だからといって、殺したりはしない! 投降しなさい! 悪いようには、王子がなさらないわ」


 光の聖女カレンが前に出た。

 リーゼは耳を疑ったが、すぐに理解した。

 人間の軍隊が、魔族との最終決戦として挑んだ戦争に敗北した。そのことは、まだ人々に知らされていない。


 ラテリア王子は知っているはずだし、リーゼはラテリア王子から聞いていた。

 だが、大将軍の娘であるマーベラは知らなかったし、母に宮廷魔術師を持つヌレミアも、母から聞いていないようだ。

 カレンが知っていて、知らない振りを通しているのか、本当にまだ知らないのか、リーゼにはわからない。


 昨晩のカレンを知る限り、人間側の敗北を知らないとは思えない。だが、カレンがそれを知っていることを周りの人々に思われるのは、得策ではないと判断しているのだろう。


「ふざけるな! 私は正式な使者として来たのだ! 人質などとるか!」


 赤い人型が叫んだ。少なくとも人間ではなく、明らかに戦場からきた装備をしている。互いの認識がずれているのだ。


「カレン、ありがとう。大丈夫だ」


 光の聖女の肩を叩き、ラテリア王子が下がらせた。リーゼは、ゆっくりと近づいていく。ラテリア王子の顔色が悪いことに気が付いた。

 ラテリア王子は悩んでいるはずだ。真っ赤な肌をした人型のドラゴンライダーは、魔族で間違いないだろう。


 人間の軍隊が敗北した今、魔族の使者をないがしろにはできない。かといって、人間側が敗北したことを、まだ人々に知らせるわけにはいかない。

 重大な責任を感じている。

 リーゼは、ラテリア王子を支えなければならないのだと感じた。


「お待ちなさい。あなたが正式な使者だというのであれば、身分も名も明かした王国の跡取りに、剣を向けたのは行き過ぎではありませんの?」


 リーゼは、自分でも驚くほど大きな声が出た。大きな声は良く通った。その場にいた多くの人間が、全てリーゼに注目していた。

 人目には慣れていた。だが、リーゼは重責を担ったことはない。ラテリア王子を支えたい一心で口を出してしまった。


 足元が震えたが、もはや止めるわけにいかない。

 リーゼは歩き続けた。


「貴様の言う通りだな。失礼した。戦場から直接参ったので、少々気が立ってしまったようだ。この非礼は詫びるとしよう」


 真っ赤な魔族は、リーゼに対してうなずくと、剣を腰に戻した。

 リーゼを振り返ったラテリア王子はあからさまに安堵の表情を見せ、光の聖女カレンが唇を噛んでいるのにリーゼは気づいた。


「私は、エクステシア公爵令嬢リーゼ、このラテリア王子の婚約者です。使者殿、御名乗り下さい」


 ゆっくりと歩いていたつもりだったが、リーゼはラテリア王子に並んでしまった。真っ赤な魔族が口を開く。


「赤鬼族のレジィ。魔王軍では将軍職を賜っている」

「承知いたしました。先ほど無駄足ではなかったと仰ったのは、その通りでございましょう。王城まで、ラテリア王子がご案内いたします。こちらのドラゴンは……こちらにも、ドラゴンを従えるに力を持つ者がおります。休憩できるよう、ご案内できるでしょう」

「人間にドラゴンを扱える者がいるのか?」


 魔族の将軍を名乗ったレジィが、あざけるように笑った。


「こちらは、光の聖女カレン。ドラゴンを御す者でございます」


 リーゼが、前に出ていたカレンの背を押した。


「……ふむ。王城まで、ドラゴンで乗り付けるつもりだったのだ。その方が、話が早かろう」

「人間も無防備ではおりません。攻撃を受けることになるでしょう」

「わかった。案内しろ」


 魔族の将軍レジィは、ラテリア王子を睨みつけた。


「カレン、ドラゴンを頼む」

「はい……キャアアァァァァ!」


 カレンが一歩近づいたところで、巨大なドラゴンが前脚で空を掻いた。ドラゴンにとってはハエを払ったようなものだろうが、カレンはその巨大な前足に弾き飛ばされたのだ。


「カレン!」

「どうした? ドラゴンの扱いに長けているのだろう?」

「……ぁっ……忘れていました」


 リーゼは、最初の講義で、カレンにドラゴン避けの入った臭い袋を渡したところだったのだ。

 小さなドラゴンを従えて、地下室に篭もっていたカレンへの、ほんの意趣返しではあったが、ドラゴン避けの匂いは、人間には解らない。ただの芳香なのだ。忌避する効果は、ドラゴンしか解らないのだ。

 リーゼの狼狽も、人間たちのどよめきも、レジィにとってはどうでもいいのだろう。舌打ちをしてドラゴンを振り返った。


「仕方ない。擬態しろ」


 レジィが命じると、巨大なドラゴンは、真っ赤な鱗の色を残して急速にしぼみ、立派な馬に姿を変えた。ただし、皮膚の色は赤銅色で、鱗のような模様が全身を覆っている。


「一緒に来い」


 レジィが、リーゼの手を取った。


「お、お待ちください。私が同行したところで、王城には入れません。連れて行くなら、ラテリア王子でしょう」

「私は女だ。男を抱えて馬に乗れというのか?」


 リーゼは再び目を疑った。レジィは、たくましい体つきをしていても、やはり女性なのだろう。体には丸みがあり、部分的に華奢なのがわかった。

 だが、男だと思っていたとは、相手が魔族であっても、貴族の令嬢であるリーゼには言えなかった。


「将軍たるお方が、性別をお気になさるのですか?」

「私はすぐに、別の馬を用意します。抱えていただく心配はありません」


 ラテリア王子が進み出た。レジィは頷く。ラテリア王子の言葉と同時に、何人かの男達が走り出していた。馬を用意しに行ったのだろう。


「魔族の使者とはいえ、敗北した敗残兵であることに変わりはないはずです。ラテリア様がお連れする必要があるのですか?」


 別の生徒に体を支えられながら、カレンが口を挟んだ。

 ドラゴンに弾き飛ばされたが、意識を失わなかったのだ。

 カレンが人間の敗北を知らないはずはない。リーゼはそう思っていたが、本当に知らないのかもしれない。

 だが、リーゼがそれを口に出せるはずもない。


「……使者様、身分を明かすものをお持ちですか?」


 リーゼが言うと、レジィは腰に結わえ付けていた革袋を持ち上げた。

 赤鬼族の将軍レジィは、革袋をリーゼに投げ渡した。

 受け取ったリーゼは、支えきれずに革袋を落としてしまった。


「おい、あたしの戦利品だ。丁重に扱え」

「も、申し訳ありません」


 レジィの身分を明かす戦利品だと言う。リーゼは、地面に落してしまった革袋の口を解こうとした。

 結び目が湿っており、固く結ばれている。


「リーゼ様、私にお任せを」

「あっ……お願い、マーベラ」


 将軍の娘マーベラが駆けつけてくれたのだ。マーベラ自身は、剣術の講義を受けていない。マーベラは様々な武器を使いこなすが、剣術の師については身内以外からは教わらないことにしているのだと語ったことがあった。

 リーゼは、マーベラに場所を譲った。


「紐を斬ってもよろしいですか?」


 マーベラに尋ねられ、リーゼは赤い鱗のある馬にまたがったままのレジィに視線を向けた。

 レジィは肩を竦める。リーゼは、それを承諾の合図と理解した。


「いいわ。斬って」

「はい」


 腰から短刀を抜き、マーベラが革袋の口紐を斬る。

 縛り口が緩み、革袋の中から転がり出たのは、人間の生首だった。


「パパ!」


 マーベラが絶叫した。血まみれで、目を見開き、鼻が削げ落ちていた。

 それでも、マーベラは見た瞬間に理解した。


「そうか……お前の父か。良い将軍で、強い戦士だった」


 レジィは馬上から言った。

 マーベラは転がる父の生首を抱き、震えていた。


「さあ、これで私の身分は明かされたであろう。ただの雑兵が、人間の大将軍の首を持ち帰れるはずがあるまい」


 周囲で人垣を作っている生徒たちのざわめきが、リーゼにも聞こえた。


「まさか……でも、人間が勝ったんじゃないの?」

「いや、人間が勝ったけど……将軍は殺されたんじゃないか……」


 リーゼからは、何も言えなかった。


「ええ。レジィ閣下の身分は明かされました。ラテリア王子、レジィ閣下の案内をお願いします」

「ああ」


 ラテリア王子の声が震えていた。王子は戦士として訓練も受けているはずだが、実際の戦場に立ったことはないはずだ。


「待て」


 マーベラが、抱いていた父の首を地面に落して立ち上がった。

 腰に佩いていた剣を抜き、振り返った。


「魔将軍レジィ、一騎打ちを申し出る」

「いいのか?」


 馬上のレジィが、笑いながら赤い剣を抜こうとした。リーゼは動いた。マーベラの前に、両手を広げて立ちふさがった。


「リーゼ様! 止めないで! 父の敵なんだ!」


 絶叫するマーベラの頬を、リーゼは張り飛ばした。

 興奮状態でなければ、マーベラの頬をリーゼが打つことなど、できるはずがない。止められて撃ち返されるのが当然だ。


 だが、マーベラは頬を撃たれ、リーゼに忌々し気な視線を向けた。

 マーベラに睨まれることなど、初めてだった。それでも、リーゼは引かなかった。

 レジィに切りかからんばかりの親友を、リーゼは必死に抱きとめた。


「離せ!」

「マーベラさん、人間は負けたのよ」


 マーベラの耳元で、リーゼが囁く。


「……なに? リーゼ様……何を言って……」


 マーベラの動きが止まった。リーゼは続けた。


「人間は負けたの。でも……まだ滅びてはいない。これから……一人でも多く、人間を生かさなくてはならないわ。マーベラさん、ここで死んでは駄目よ。お願い。堪えて」

「なんだ……やらないのか。まあ、よかろう。そこのリーゼという人間に免じて、私に一騎打ちを持ちかけたことは水に流してやる。王子とやら、案内しろ」

「はっ」


 ラテリア王子がまるで従僕のように頷いた。その態度は、見ている者たちの大部分の疑念を掻き立てた。


 リーゼは解っていた。人間の滅びの時が、刻一刻と近づいてきているのだ。


 人間の滅亡予告日まで95日

 魔族が滅びるまで106日 

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