1 プロローグ 人間の世界の終焉に向かって
悪役令嬢ものに挑戦してみました。悪役令嬢は、どうして悪役令嬢をやっているのだろう。という疑問から始まった物語です。
主人公が自ら悪役令嬢を目指して奮闘します。
16話ぐらいからテンポがよくなる。という評価をもらったことがあります。
お楽しみいただければ幸いです。
宮廷魔術師ヌーレミディアは、主席宮廷魔術師が3日かけて受けた託宣を掲げ、王の前に参上した。
「出たか?」
「はい。主席宮廷魔術師シギリージャス様は、疲労のため立つこともできず、代わりにお持ちしました」
玉座の前に膝をつき、託宣の結果が記された羊皮紙をトレイの上に乗せ、王の前に掲げた。
託宣は神の詔を賜る行為で、本来は神に仕える神官の役目である。
だが、神が人間に直接言葉をかけなくなって、長い時が経過していた。
現在では、強い魔力を持つ者が極限まで神経を研ぎ澄ませ、ようやく声が聞こえるのだと信じられている。
「すでに中身は見たのか?」
「いえ。存じません。託宣を見るのは、国の主人の特権でございます」
「うむ」
ヌーレミディアは、トレイの上に置いた羊皮紙がなくなるのを重さで感じた。
トレイを下げて王を見る。
玉座の王は、羊皮紙を広げて見つめていた。
「……今頃は、戦が始まっていような」
「はい。人間最後の国として、我が国の全軍が戦場に送られております。魔王軍がいかに強力でも、我が軍が負けることはないでしょう」
「宮廷魔術師であるそなたが、心にもないことを言うものではない」
ヌーレミディアは答えなかった。
肯定しても否定しても、王に対する無礼になると感じたために黙っていたのだ。
「魔王軍がそれほど簡単な相手であれば、我が国が人間最後の国となることはなかったはずだ。だが……この戦で破れた場合、人間の滅亡が確定する」
「それが、託宣の内容なのですか?」
今度は王が黙った。ただ口に出さなかっただけだ。
王は静かに首肯した。
「では、私たちはただ祈ることしかできないのですね」
「いや……たとえ戦争で負けても、まだ希望はある。人間の社会は潰えるだろう。だからといって、人間が1人も残さずに死滅するとき限らない。まだ、人間という種を永らえさせる方法がある。シギリージャスは、神の呟きを聞き取ってくれた。願わくば、これが聞き間違いでないことを祈るのみだ」
「その希望とはなんなのですか?」
託宣を読む権利があるのは王のみだ。
だが、王が誰に話すのかは、王の自由である。
もちろん、聞かれたからといって、王がヌーレミディアに話さなければならないということはない。
無視されることも覚悟の上で、ヌーレミディアは尋ねた。
王は、予想に反して静かに口をひらいた。
「悪役令嬢」
「……はっ?」
「聞こえなかったか?」
「いえ。聞こえてはおりました。ただ、どのような意味でしょうか?」
「余に心当たりがある。その者を知っているわけではないが……探すことはできよう。ただし、内密だ。このことは、決して口外してはならぬ」
「はっ。ご心配には及びません。私には、意味がわかりません」
「よいのだ。それで良い」
王は言うと、託宣の記された羊皮紙を丸め、懐に入れた。
ヌーレミディアは立ち上がり、深く礼をしたまま後退する。
まだ時間は早い。
魔法学園に通う娘、ヌレミアに持たせる昼食の献立を考え始めていた。
〜戦場〜
人間族最期の軍を率いるマディソン将軍は、次々にもたらされる深刻な状況にも、撤退を命じなかった。
勝つことができなければ、可能な限り被害を最小にして撤退する。
勝つことができる場合でも、自軍の被害が大きければ、深追いはしない。
そのような判断が、許されない場合もある。
この一戦で敗れれば、もはや人間には未来はなく、人間の文明は滅び去るのだとわかっている場合だ。
託宣などなくても、その覚悟はこの戦場に向かう兵士たち共通のものだった。
「儂が出る。馬を引け」
軍の統率者であるマディソンは、大将軍の地位にある。
自らが剣を握って戦場に立つことは、すっかり少なくなった。
そのマディソンが命じた内容から、もはや玉砕しかないのだと、周囲の部下たちに印象付けた。
「しかし……もはや閣下が出ても、戦況は覆りません」
マディソンに従う参謀の一人が進み出た。マディソンは頷いた。
「ああ。わかっておる。だが、この戦に負けはない。勝つことができぬのであれば、永遠に負けを認めず、戦い続けるしかない」
「そのようなこと……」
「それが、人間の存亡をかけた王の意思なのだ。儂は、それに従うのみ」
マディソンが兜を被り、業物の愛刀を腰に佩いた。それ以外の装備は、初めから身につけている。
目の前に、愛馬が引かれてきた。
「儂が出たら、左側面を集中攻撃せよ。魔王軍の将軍の一人や二人、道連れにできよう」
「承知しました。ご武運を」
部下に片手をあげ、マディソンは馬の腹を蹴立てる。
マディソンが右に馬を走らせると、逆側から鬨の声が上がった。
魔王軍が率いる魔物の軍勢が、マディソンから見て左に向かう。
マディソンは、無人となった戦場で馬を走らせ、魔王軍の陣営の一つを発見した。
人間の軍と同じように、将軍と思われる武装した戦士が、地図を睨んで周囲の戦士と会話を交わしている。
マディソンは、すでに絶望を抱きながらも、嬉しくなった。
自分が戦っているのが、まともな思考すらできないただの暴力の塊ではないと知って、嬉しくなった。
腰の剣を抜く。
雄叫びをあげた。
「儂は人間軍最高指揮官、マディソン将軍である。魔王軍の将軍と、一騎打ちを所望する!」
固まっていた魔王軍の戦士たちの中央にいた、赤い肌の戦士が受けてたった。
「我は魔王軍赤鬼族将軍レジィ! 相手にとって不足なし! その勝負、受けて立つ!」
「将軍、勝手に一騎打ちを受けては、参謀殿にお叱りを受けましょう」
青い肌に金色の髪をした痩身の男が苦言を呈した。レジィと名乗る将軍の部下のようだ。
「黙れ! もう言ってしまったのだ。勝てばいいのだ!」
周囲の魔族兵たちを蹴散らして、赤鬼族と名乗った将軍レジィが背中の剣を解き放った。
赤鬼族の名の通り、真っ赤な肌に鋭い角が印象的だ。
レジィの指示によるものか、周囲の魔族兵が散っていく。
マディソン将軍は、馬に乗ったまま駆け抜けた。
愛刀を振り下ろす。
レジィが地面に転がった。
マディソンの剣は当たっていない。
馬首を返そうとした時、視界が妙にスッキリしていることに気づいた。
マディソンがまたがる千里の名馬の首から上が切断され、真っ赤な血潮が吹き出していた。
マディソンが地面に飛び降りると、同時に馬の体が崩れた。
レジィが目の前にいた。
馬の首を切断した鉈のごとき剣が振り下ろされる。
かろうじて弾き、マディソンは立ち上がった。
「一騎打ちである。儂が勝てば、この戦、引いてもらう」
「いいだろう」
レジィは薄く笑った。唇から、牙が覗く。
「将軍、あんたにそんな権限はないでしょう」
レジィの背後で、再び青い肌の男が言った。
「あたしが負けた場合、あたしは死ぬんだ。あたしがそういう約束をしたと、陛下に伝えな。その結果までは、責任はもてないさ」
レジィの言葉に、マディソン将軍は鼻で笑った。
「ふん。面白いやつだな。儂もそれで構わない。敵であったのが、惜しまれる」
「そうかい? あたしは、あんたが敵で嬉しいね。味方だったら、殺せないだろう」
「味方でも、殺すのが魔族だろう」
「それは、人間も一緒だろ」
その言葉が最後だった。
マディソンとレジィの両将軍は、同時に地面を蹴りつけた。
互いの距離が一気に縮まり、剣が交差する。
剣が折れた。
その感触を手に、マディソンは全ての感覚を刈り取られた。




