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第15話 ただの門番、ホラーだと気づかない②

 次の日の朝。俺はベッドで目覚める。


 個室の窓には水蒸気がはりついていた。うすい霧はまだ晴れてないようだ。

 這いずるように起きながら、俺は大きく背伸びする。


「ふああ……さて、身支度を整えるか」


 俺たちは、あのまま町の宿に泊まっていた。


 奇妙な町は清掃が行き届いているのかどこも状態がよく、せっかくなので通りの大きめの宿を利用していた。


 オンボロ鎧と剣を装備して、腰カバンを身に着ける。

 それから洗面台で顔を洗おうとした。


「水道が使えるなんて……誰が整備しているんだろ」


 インフラ専任の魔術師がいたりするが、町を管理するほどになると組織がかりで大所帯になる。

 魔術師の集団なんて見ていない。やはり古代遺産の町なのだろうか。


 と、蛇口の水が血みたいに赤く染まる。


 排水管が錆びていたのか?

 仕方ないので髪だけ整えようとしたが、鏡の中の俺がニマーと笑って見せた。


「すっげー、鏡の中の俺が笑ってるよ。どんな技術なんだ?」


 感心していると、鏡の中の俺が『ちがうちがう!』と言いたげに首をふった。


「うーん、俺の言葉に反応しているみたいだが……王都でもこんなサービスないぞ。昔の人はすごいなー」


 鏡の中の俺は歯を食いしばって、バンバンと鏡を叩いてきた。


「ははっ、ちゃんと楽しめてるよ。ありがとう」


 こんなふうに、宿は客を楽しませるための仕掛けでいっぱいだった。


 ハミィとも相談したが、ここはやはり古代遺産の町に間違いないと思う。

 古代の技術がふんだんに使われているのならば、今みたいな未知の現象がいっぱい起きてもおかしくない。

 妙なモンスターが居ついていたみたいだが、今はもう倒したな。安心安全の町だ。


 ひとまず、みんなと合流すべく廊下にでる。

 ゾンビっぽい人が歩いてきたので挨拶した。


「おはようございます」

「あーうー……」


 ゾンビっぽい人は足をひきずりながら、俺の側を通りすぎていった。


 不思議な人たちだ。

 なにかしらの古代遺産のせいで、ぼんやりした性格になっているのだと思う。


「あ。先輩、おはよう」


 ハミィが部屋の扉をあけて、俺に挨拶してきた。


「おはおう、ハミィ。昨晩はよく眠れた?」

「う、うん……。寝ているとき、誰かが乗っているような重さを感じたけど……逆にちょうどよくて。朝もバンバンと窓を叩く音のおかげで快適に目覚めたわ」

「へー、俺の部屋とはちがう仕掛けだなあ」

「古代遺産をもちいたサービスなのかしら?」

「ああ、まだ機能が生きているみたいだな」


 古代の人たちすごいねー、と俺たちはほんわかした。


「先輩、やっぱり古代遺産の解明が最優先かしら?」

「だな。町に閉じこめられた原因は、やっぱり古代遺産が関係していると思う」


 俺たちは、この町から脱出できなくなっていた。


 町の境目に向かうと途端に霧が濃くなり、歩けど歩けど町の入り口に戻ってしまう。

 似たような現象は以前にもあったが、今回は魔術の類いではない。


 そう、古代遺産のせいだ。


 ここは古代遺産の町で間違いない。ヴィゼオールというモンスターが死がどーのこーの言っていたが、魔王分身体より弱いモンスターが大掛かりな術を使えるわけがない。古代技術を自分の魔術に見せかけていた雑魚モンスターだろう。


「今までみたいに力任せじゃ解決できない。ここからは頭を使った戦いになるぞ」

「う、うん……。仲間を知識で支えるのが魔術師の役目。ハミィがんばるね……!」


 ハミィは魔術(物理)だが、知識がないわけではない。

 魔術的なアプローチでわかることもあるだろう。


 俺も俺で小説で学んだエンタメ知識で、この謎に対処するつもりだ。


「ああ! 学術的に解明していこう!」


 ひとまずゾンビっぽい人が歩いてきたので、二人して「おはようございますー」と挨拶はしておいた。

 挨拶はとても大事だ。



 食堂にやってくると、サクラノとメメナがすでにテーブルに着席していた。

 あまり眠れなかったのか、二人共なんだか難しい表情のままだ。


 俺もテーブルに座る。

 するとウェイトレスさんが気だるそうに歩いてきたので、軽く手をあげた。


「すいません、水をお願いしていいですか?」

「うー……」


 ウェイトレスさんは俺たちを無視して、食堂の奥に引っこんでしまった。

 俺は手をゆっくりと下ろす。


「反応なしか……もしかしてセルフサービスだったのかな……」

「師匠、屍人(ゾンビ)だからでは?」


 サクラノが『では?』『では?』と瞳で訴えてきた。

 そんなサクラノに、俺は小声でやんわりと告げる。


「っぽいだけで、ゾンビではないぞ」

「ゾンビなのでは?」

「今は国際色豊かな時代なんだ。っぽい人もいるかもしれない。自分とは違うからといって簡単に決めつけるのは控えよう」


 王都で養われた感性だ。

 王都は他種族との交流をかねた都でもあるからか、ときたま他種族を見かけることがある。容姿・考え方のちがう相手には最初驚かされて、そうして学ばされたものだ。


 世の中には色んな人がいるもんだなあ、と。


「それにさ。なにかしらの古代遺産が機能しているみたいだしさ」


 人間に影響を与えるものだろう。ただちに影響はなさそうだが。

 サクラノはなにか言いたげにしたが、ハミィが笑顔で告げた。


「サクラノちゃん。ゾンビはね、想像上のモンスターなんだよ」


 サクラノはむぐぐーと難しい顔をしたあと、メメナにごにょごにょと相談しはじめる。


「メメナ……ゾンビですよね?」

「ゾンビじゃな……」

「訂正しないんです……? 怪奇現象もつづいていますし……」

「うーむ、町全体にかけられた術は人の陰気に働くものみたいじゃしのう……。能天気でいたほうが都合がいい……。町を支配していた魔性は倒したみたいじゃが……」

「わかりました……。では、しばらくこのままで……」


 二人の相談は終わったようだ。

 サクラノは一切合切まるっと呑みこむような表情で言う。


「……師匠、ゾンビっぽい人たちです!」

「うん、あくまでゾンビっぽい人たちだ」


 食堂の窓からは町の通りが見える。

 ゾンビっぽい人たちが「うー……あー……」とのんびりお散歩していた。うつろな表情なのは、なにかしらの古代遺産によって意識があいまいなのかも。


 と、なにを思いついたのかメメナがニマニマしながら言う。


「兄様、サクラノはなー。一人で寝るのが怖いんじゃよー」

「し、師匠! ち、ちがいます! ちがいますからね⁉」


 サクラノは頬を染めながら首を横にぶんぶん振っていた。

 宿は楽しませる仕掛けいっぱいだったのに、寝るのが怖いってなんだろう。町から出られなくて不安なのかな。


 ちょっと冗談で和ませておこう。


「……寝るまで手を繋いでおこうか?」

「そこまで子供じゃありません!」


 サクラノは真っ赤になって怒っていたが、そこまでイヤじゃなさそうだった。


 ひとまず町の異変を探るためにも腹ごしらえだな。

 腰カバンから携帯食料をとりだそうとしたのだが。


 クスクス、クスクス、クスクスと、気味の悪い笑い声が聞こえてきた。


「誰だ⁉」


 俺が視線を隣に向けると、少女がいつのまにか隣のテーブルに座っていた。

 長い黒髪の真っ黒なワンピースを着た少女は、ねっとり微笑む。


「――クスクス。可哀そうに、貴方たちもう死んでいますわよ?」

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