Sideザマァ:発覚
王都グレンディーアの裏通り。
他人の目を避けるように、剣士がコソコソと歩いている。
ケビンだ。
父親の力を笠に着て、さんざん好き勝手に暴れていた男は、屈辱感と劣等感に苛まされていた。
今の彼には、主婦の井戸端会議も自分への嘲笑に聞こえる。
子供の無邪気な視線すら、自分を馬鹿にするものだと感じていた。
しょんべん漏らしのケビン。
命乞いのケビン。
エルフとの外交をぶち壊して、王都の貴族からにらまれたケビン。
父親の権力で抑えていた彼の悪評は、決壊した川のように流れに流れていた。
「オレは……オレは……。お前らとは……ちがうんだ……」
言い返すこともやり返すこともできず、ケビンは下唇を噛む。
いつも尊大だった表情はすっかり自信を失い、常に他人の目を気にする情けない顔つきになっていた。
傲慢な性格なケビンが、人相が変わるほど堕ちたのにも理由がある。
父親、シャール公爵の言葉が決定打になったのだ。
『才がない分、甘やかしていたが……。私の間違いだったようだ』
息子の件で発言力を削がれたシャール公爵は、責めるのではなく謝罪した。
『私が育て方を間違ったようだ。すまない、ケビン』
叱責ではなく、謝罪。
ケビンには、それが一番堪えた。
それでも貴族の権力は失われないだろうと高を括っていたのだが。
『当主の座? ……ケビン、お前に継がせるものはなにもない。
だから私はお前が冒険者になると言っても咎めなかっただろう』
受け継がれてきた血はどうするのかとケビンは吠えた。
『遠縁の優秀な者を養子にもらいうける。
……あるいはザキに継がせるか。ザキも私たちの血を引いているからな。
寡黙で命令に忠実すぎるところはあるが、兵から慕われる相だ。実の息子よりかは……鍛えがいがある』
自分のお目付け役のでくの坊が跡継ぎ候補。
シャール公爵は、実の父親は、真顔でそう言ったのだ。
お前にはなんの期待もしていなかったと面と向かって告げられてしまい、ケビンの根底が崩れ去る。
最初からなにもなかったのだ。
持たざる者が親の威光をふりかざし、力があると立ち居振る舞っていただけ。
すべてを剝がされたあとは、なにもない。
なにも、のこらなかった。
「ふざけんなバカども……オレはお前らとは違うんだ……。
見ていろ……これからオレが進む栄光の道を……」
ケビンは虚勢をはるので精一杯だった。
自分にはなにもないと一番知っていたからこそ、彼は己の未熟さを認めることはできなかった。
そうして他人の目を避けながら、冒険者ギルド前までやってくる。
魔法使いの少女グーネルと、大盾の男ザキが待っていた。
グーネルはケビンを見ると、慌てて近づいてくる。
「ちょ、ちょっと遅いじゃないの! 今日はクエストに向かうんでしょ⁉」
グーネルは周りの目を気にしながら言った。
「……なんだお前。まだいたのか」
「ゆ、悠久の翼の一員なんだから当たり前でしょ!」
グーネルは媚びたように笑うが、ケビンは少女の腹積もりを察していた。
グーネルも、ケビンの影に隠れて弱者をいたぶってきた。
恨まれていないわけがない。
他のパーティーにこっそり移ろうとして、手酷く追い返されたのも知っている。
あまりに恨まれすぎているグーネルは、ケビンの側にいればとりあえず自分に批難が集中しないと踏んだのだ。
(ふん……オレの周りのやつらはクソカスばかりだ)
ケビンは舌打ちし、そして冒険者ギルドに入る。
そんな彼に待っていたのは、新たな屈辱だった。
「――オ、オレに、下水道の掃除をしろだああ⁉」
ケビンは怒鳴り散らすが、受付嬢は涼しげに受けながした。
「はい、下水道でモンスターの発生率が高くなっているようです。モンスターの一掃をお願いします」
「オレがなんでそんな臭い場所に……!
兵士どもにやらせりゃいいだろうが!」
ケビンは睨みつけるが、受付嬢は無表情でいた。
彼女の汚物を見るような瞳に『黙れ。しょんべん漏らし野郎』と暗に言われているようで、ケビンは押し黙る。
「この依頼は、貴方が以前とりなした約束と伺っております」
「あん?」
「下水道でモンスターが湧いたとき、兵士の代わりに討伐するのですよね?」
ケビンは言われて思い出した。
門番野郎を侮辱するための口約束だったが、まさか本当に依頼されるとは思わなかった。
「誰がそんな依頼をするかバカ!」
「……『そんな依頼』もこなせない貴方に、他の依頼を回すとお思いですか?」
親の威光を失ったバカ息子が。
受付嬢のそんな見下した瞳に、ケビンの頭に血がのぼるが、グーネルが止めた。
「ケ、ケビン……やめときなって……」
「んだよ⁉」
ケビンはそう叫んでから、気づいた。
冒険者たちがケビンを見つめている。
ここで問題を起こせば叩きだすだけじゃすまないぞと、強い瞳で睨んできていた。
ケビンは内心で怯えたが、虚勢をはる。
「……チッ、依頼書をよこしやがれ!」
どーせあの門番がやっていた仕事だ。
さっさと終わらせてやると、ケビンはまだ他人を認めることができなかった。
〇
王都の下水道。
暗い暗ーい深淵に届きそうな広間。
ザキは大盾が半壊しながらも懸命に立っていた。
グーネルは泣きながら腰を抜かし、必死に杖をふっていた。
「ひいいいいい⁉ こ、こないで! こないでよう⁉」
見たこともないモンスターがいたるところに湧いている。
狂暴で、凶悪で、自分たちが逆立ちしてもかないっこないモンスターばかりだ。
ケビンの剣はとっくに折れている。
心なんて、黄金蜘蛛に無様に負けたときから、折れていた。
ケビンは頭を抱えながら地面にうずくまっている。
どうやったら許してもらえるのか、強敵相手には考えるようになっていたのだ。
「……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
彼は、冒険者としても完全に終わっていた。




