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第10話 ただの門番、真犯人に気づかない⑤

 というわけで牢屋を出て、自分たちの足で調べることにした。


 さすがに容疑者の俺たちが出歩くのは他の人がビックリすると思う。なので自分たちの手で嫌疑を晴らすことを伝えるべく、応接間に向かう。


 くたびれた男がソファから転げ落ちそうになるぐらい、めっちゃ驚いた。


「お、お前ら⁉ どうやって牢屋から出たんだ⁉」

「手刀で風圧を飛ばして斬った」


 簡易版ハミィだ。剣がないので威力は落ちていたが。

 俺がそう答えるとドヨメキが起きる。少し乱暴すぎたかな。


 大人しく待っていてもよかったのだが、時間は有限だ。どう取りなすべきか悩んでいると、応接間にいたメメナが朗らかに告げる。


「兄様たちが本気になれば、ここにいる者が束になっても勝てんぞー」


 そんな冗談が脅しに聞こえたのか、全員黙ってしまう。

 くたびれた男は困ったように両腕を組み、しばし悩んでいたが。


「……オレたちのために大人しく捕まってくれたのはわかったよ。自分の手で調べたいんだな? 好きにしな。館から出るにはアンタに頼るしかなさそうだしな」


 他の誰かがジャンプすればいいのに……。

 まだミステリー気分を味わいたいのか。あるいは面倒くさいのか。


 とにかく、みんなに安心してもらうために疑いを完全に晴らそう。


 メメナとハミィには、他の人たちを見守るようにお願いしておく。それから俺とサクラノは装備を持ち、館中を調べに行った。


 クオンはもういない。

 俺に戦う意志がぜんぜんないとわかると、影に溶けるよう消えていった。

 ああしていると本当に魔王っぽいな。分身体しかしらんが。


「――師匠、あのあたりですね」


 館のコレクション部屋で、サクラノがまっすぐに指さした。

 部屋には古今東西の武器が飾られている。ミステリーマニアの主人らしく、武器というより凶器っぽいのばかりだ。


 俺は全身鎧の前に立つ。鎧は両手に斧を持っていた。


「……たしかに、ほんのり悪意の気配がするな」

「鎧から血の匂い……殺意を感じます」


 サクラノは自信満々に言いきった。


 血の匂いとは具体的だが、感覚的なものらしい。悪人センサーとはまたちがうようで、サクラノは人の殺意に敏感なようだ。


「……見た目はなんの変哲もない全身鎧だが」


 そのときだ。

 鎧の瞳がぎらーんと妖しく輝いて、両手の斧をふりかぶってきた。


「師匠⁉」

「てーい」


 俺は全身鎧を縦真っ二つに両断する。

 メキメキと音を立てて全身鎧はひしゃげたが、中身はなにもない。空っぽだ。


 いきなりはちょっとびっくりしたなー。


「さすが師匠! 見事な鎧断ちですね!」

「たいしたもんじゃないさ。王都の下水道でもこの手の罠は湧いたしね」


 宝箱近くに全身鎧があったときが一番危なかった。

 ウキウキで宝箱あけたら、いきなり斧をふりかぶってきたんだよな……。しばらく全身鎧を見るのも嫌になったぐらいだ。


「師匠……今の罠は誰かを狙ったものでしょうか? もしや館で殺し合いになるのを見越して武器を探しにきたものを殺すため、とか」

「うーん……にしては罠がゆるいんだよな。ちがうと思う」


 下水道の罠に比べたら殺意が足りすぎる。


 俺の答えに、サクラノは「……ですか!」と間をあけてうなずいた。

 俺の完璧な推論を彼女なりに反芻したのだと思う。


「まあ、この様子だと他にも仕掛けられていそうだな」


 というわけで血の匂いをたどり、次の部屋に向かう。


 お次は調理場だ。

 調理場は食堂の扉をあけた先に隣接していて、館の主人はグルメだったのか器具が豊富だ。とりあえず気になる箇所を調べていく。


「師匠ー、食材がたくさんありますねー」

「俺たちが館にこもるのを見越していたのかな? ……おっと?」


 手で探っていて妙な手ごたえを感じた。

 瞬間、大きなカマドからぷしゅーーーーとケバケバしい色の煙が噴きでる。その異臭に、俺はすぐに察した。


「毒か⁉」

「師匠! 扉がひらきません!」

「せーい」


 慌てず騒がず落ち着いて、カマドごと毒の噴射機構を破壊した。


 あ、あぶなかったー……。

 毒を食らうとキツイんだよな。胃腸の調子がおかしくなる。


「さすが師匠! 落ち着いていますね!」

「王都の下水道でも毒の罠はちょいちょいあったからなー」


 部屋に閉じこめられたときは高確率で毒部屋だ。

 宝箱にも毒煙の罠が仕掛けられていたりと、ホント慣れるまでが辛かった。何度か地面で陸揚げされた魚のごとくビタンビタンと跳ねていたものだ。


 と、サクラノが壊れたカマドを注意深く見つめる。


「今の罠……。調理場に籠城しようとした人を殺す罠でしょうか……」

「ちがうんじゃないかな。扉は壊せるし、壊せなくても20分ぐらい息を止めておけば毒の罠はだいたい解除されるよ」


 サクラノは「……20分は無理です!」と固い笑顔で言った。


 言いたい気持ちはわかるが、意外といけるものだぞ。20分。

 俺もそうだったし、人によっては十分避けられる罠だ。


 しかしサクラノ、なにかと物騒に考えがちだな。東の国はそこまで生きるのが大変なのだろうか。まあ今にはじまったわけじゃないし、次に向かおう。


 お次は石畳の地下廊下だ。


「師匠! 床から回転ノコギリが!」

「そーい」


 ギューインと迫りくる回転ノコギリを粉砕しておく、

 罠、多いなあ。


「師匠……。この館……悪意に満ちあふれていますね……」

「でもなあ、全方向から回転ノコギリが向かってこないだけマシだよ。横に避けられるだけ、すごい楽だよ」


 危ないちゃ危ないのだが余裕はある。

 下水道では全方位回転ノコギリ部屋とかあったりしたし。


 サクラノは「さすがです!」と尊敬のまなざしを送りつつも、そうじゃないと言いたげな表情でいた。ひっかかることがあるのか?


 とまあ次に次にと、血の匂いがするポイントを探っていく。


「師匠! 水責めです!」

「おりゃー」

「壁が! 壁が両側から迫ってきます!」

「てーや」

「ああっ、巨大鉄球が!」

「そいっとー」


 サクラノの導かれるまま怪しい箇所を回っていき、仕掛けられていた罠を全部ぶっ壊しておいた。


 そうして俺に割り当てられた自室。

 余裕ができたので、テーブルで向かい合わせになって二人でお茶をしていた。


「師匠、血の匂いがするところは全部回りました」

「うん、お疲れさま。こうやって罠を潰しながら回っていると、下水道でがんばっていた日々を思い出すなー」


 俺はお茶を呑みつつ、まったりする。

 一仕事を終えたあとのお茶は格別だ。


 サクラノは俺をまじまじと見つめながら感心したように言う。


「師匠はまだまだ余裕がありますね。やはり下水道よりマシですか?」

「そりゃね。王都の罠はちがうよ。ここはそれに比べたら全然マシさ」

「…………たまに思うのですが、師匠よく生き残れましたよね」

「はは、自分でもそう思うよ。ホントがんばったからなー」


 新人だったし、当時はがむしゃらにがんばったものだ。

 社会の荒波をどうにかして耐えきり、一社会人として生き残ることができた。


 しかし罠らしい罠は潰して回ったが、どれも半端だったな。殺意はあるのだろうが、ぬるぬるもいいところ。素人が作った罠みたいだ。


 危ないのは危ないが……うーん……。


「……わからないな」

「罠を仕掛けた犯人が、ですか?」

「それもあるけれど……どうしてこんな罠を仕掛けたかだよ」

「館に集めた人を殺すためでは?」

「それにしては半端なんだ。人によっては十分対処できるものが多いし、笑い話になりそうな罠もあったしさ」

「……それは師匠だからできた芸当です。普通の人は対処できません」


 サクラノは苦笑しながら言った。


 ささいな違和感。

 俺は知性の泉から直感が湧いてくるのを感じる。


「…………サクラノ、今なんて?」

「師匠だからできた芸当です」

「そこじゃない!」

「普通の人は対処できません、のところですか?」


 助手兼弟子は目を真ん丸としながら言った。

 違和感に気づいていないようだな。


 館の主人。血の匂い。ミステリーマニア。素人が作ったような罠。殺意は感じるがゆるめの罠。ジャンプで脱出できるクローズド・サークル。

 点と点が繋がっていき、閃光のようにはじけた。


 そうか、そういうことだったのか!


「俺は、ずっと勘違いをしていたのか……!」

「どれのことかわかりませんが、そうだと思います」 


 興奮している俺とはちがい、サクラノは落ち着いていた。俺が答えを導くことを、もしかしたら信じていてくれたのかな。


 俺は椅子からゆっくりと立ちあがり、キリリと微笑む。


「謎は……すべて理解できた」

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