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一章⑧

8

「……さっ、行きましょうエミリー」

 ようやく落ち着いたのか、ブリジットがこちらを振り返る。その顔に浮かんでいるのは『王女たるべき』穏やかな微笑み。

 彼女が訓練を経て身に付けた偽りの表情だ。

「は、はい。あ、でもそれは、食堂に戻るということでしょうか?」

「そんなわけないでしょ。いまから戻るなんて、恥の上塗りで死ぬわ」

 表情とは裏腹に、ブリジットの口調は砕けたもの。二人きりのときだけに見せる彼女のその口調が、エミリーは好きだった。

「さっさと寮に行って休みましょう。いちいち視線が集まってきて、疲れちゃったわ」

「姫様のご身分を考えれば、それは仕方ないかと……」

「身分ね」

 ブリジットが呟く。影のあるその響きに、エミリーは自らの失言に気付いた。

 が、

「そうよね。私、この国の王女様だものね!」

 ひと際朗らかに言い放ち、ブリジットは正門へ向かって歩き出した。慌ててその後を追いかける。

「でも姫様、私たちお昼をまだ食べてません。寮は食事の提供はしていないらしいですし……」

「ご飯なんて寮への道すがら適当に屋台かなんかで買って食べ歩きすればいいじゃない」

「だ、ダメですそんなはしたない!」

 侍女としてさすがにそのような振る舞いは看過できずエミリーが釘を刺すと、ブリジットは「ダメかぁ」と困ったように笑う。彼女自身それは百も承知なのだろう。

 そう。ブリジットは自らの置かれた立場を誰よりも理解している。

 王女に求められる立ち居振る舞い、礼儀作法、品格。それらを遵守し、だれよりも『王女らしく』在ることをなによりも重要視しているのだ。

 生まれついての王女ではないがゆえに。

「それじゃあ一度寮に帰って、着替えてからどこかちゃんとしたお店に食べに行きましょう。それならいいでしょ?」

「ま、まあそれでしたら……」

 渋々といったふうに答えながら、エミリーは胸のなかで小躍りする。監視の目がない中ブリジットと一緒に食事をできる、それだけで彼女の心は歓喜に沸き立ってしまう。

 なにを食べよう。気分としてはお魚がいいけれど、姫様は魚の小骨を取るのが苦手だから代わりに取って差し上げないと。そんな手間すら、想像すると楽しい気持ちになった。

 そうして歩を進めていくと、学院の側に建てられた学生寮にはすぐ着いた。煉瓦造り、四階建てのこの寮は『白雪寮』といい、入居しているのは当然ながら女子生徒のみだ。大まかな構造としては中央に寮監たちの住まう棟があり、そこから四方へ棟が伸びて十字を象っている。

 部屋は各生徒に個室があてがわれ、ブリジットとエミリーの部屋は学院側の配慮のもと隣り合わせとなっていた。

「それじゃあ着替えがすんだらそっちに行くから、部屋で待っててちょうだい」

 東棟最上階の角部屋までブリジットを送った後、その隣の部屋へエミリーも入り、すぐに着替えを始めた。

 どんなお洋服にしようかしら、と思ったのも一瞬のこと、下級貴族の末っ子として産まれた彼女に両親からの金銭的な愛情は乏しく、王女の付き添いとして相応しい服装など限られたものしかなかった。

 諦観に満ちた逡巡の末に選んだ萌黄色のワンピースを身に着け、しばしブリジットを待つ。が、いつまでたってもドアをノックする音は聞こえない。ひょっとしてブリジットも、エミリーがそうしたように服装選びを迷ってるのだろうかと思うと少しだけ心が踊った。

 しかしいつまでたってもブリジットは現れず、嫌な予感を覚えつつエミリーは角部屋のドアをノックする。

「あの、姫様……?」

 部屋の中から反応は返ってこない。躊躇なくドアを開ける。

 開け放たれた窓から吹き込んでくる風が顔を襲った。目を細めながら室内を窺うと、そこには予想していた通りの光景が広がっていた。

 すなわち、ブリジットの影すらない無人の部屋が。

「ひ、め、さ、ま~……!」

 ぷるぷると肩を振るわせたエミリーの叫びが、白雪寮に響いた。

ご愛読ありがとうございます。

これからも本作品をよろしくお願いします。


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