四章⑭
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アリアドネ。メディアからそう呼ばれた人物ーー姿形はアリスター以外の誰でもないーーは「くふふっ」と愉快そうに笑った。
「褒めてくれて嬉しいわ、お姉様。まあ誰かさんのおかげであたし様はずーーーっと寝てたわけだから、変わりっこないのだけど」
アリアドネが一歩、階段を降りる。その道中に横たわるレイリーの亡骸を躊躇なく踏みつけるその所作に、ミアは本能的恐怖を覚えた。
そんなミアなど眼中にないようにアリアドネはメディアに語り掛ける。
「ね、お姉様? あたし様がなんに怒ってるか分かってるんでしょう。お姉様に約束を破られて、すごく悲しかったわ」
「怒ってるのか悲しんでるのか、はっきりしなさいよ。そもそも約束なんてあたしはした覚えないわ」
「そうね。そういえばあれは約束じゃなくて命令だったわね」
ついにミアの目の前まで降りてきたアリアドネが言い放った。身長差に段差が加わり、大きく見上げなくてはその顔を見ることすら叶わない。
言い知れない違和感。顔の造形そのものは間違いなくアリスターのそれと完全に同一だ。にもかかわらずその雰囲気には確かな女性らしさが漂っている。
表情や口調だけではない。その存在感ごと元のアリスターとは全くの別人だった。
「そう、あたし様はお姉様に命令したの。この器が十分に成長したらあたし様を起こすようにって。それなのにお姉様ったら命令に背くどころか、妙な指輪まで作っちゃって」
「あたしがあんたの命令に従わなくちゃいけない理由はないわ」
毅然と言い返すメディアにアリアドネはころころと鈴を転がすように笑った。
「理由ならあるじゃない。だってお姉様にとってあたし様は命の恩人なんだもの。不治の病に冒されたお姉様を救ってあげたのは、このあたし様」
「救った? 玩具にしたの間違いでしょ。こんな"人形"にしてくれだなんて一言でもあたしがあんたに頼んだ?」
腕が震える。腕の中のメディアの震えが伝播したものだ。恐怖ではない。抑えきれない怒りの感情が彼女の小さな身体を震わせていた。
「価値観の違いね。いいじゃない人形で。そのお陰でパンを食べなくても生きていけるし、足が千切れても死なないんだから」
「っ……!」
ミアに抱えられたままメディアが腕を伸ばした。彼女の短い手足ではどれほど伸ばしたところでアリアドネに届くはずはない。
が、本来ならば中空で止まるはずの腕は床へと落下していた。
「ひっ……!」
声にならない悲鳴が漏れる。メディアの膝から先の腕が、不可視の斬撃によって切り落とされたーー少なくともミアにはそうとしか思えなかったーーからだ。
「くふっ」
一方でアリアドネの口から漏れたのは、愉悦に満ちた哄笑だった。
「あはははっ! ほら良かったじゃない。人形であるお陰で腕が落ちても痛くも痒くもないんだから。うふふっ!」
聞くに耐えない笑い声。それを止めたのは、その発生源であるアリアドネの首を締める手だ。
「……あら、もう起きたの」
自らの首を絞める自身の手に、初めてアリアドネは驚きを露わにした。
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